中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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敗戦と貢物

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何も食べす、何も飲まないセレティアを一人にしてはおけずエイレル侯爵は恥を忍んでシーガル侯爵家にセレティアを預けた。

晴れた日も雨の日もセレティアはゆっくりと歩いて侯爵家の墓地に行き、日暮れまでただ泣いてそれをジャスティンが迎えに来るという毎日を過ごした。

日に日に痩せて行くセレティアと同様にシーガル侯爵夫人の容態も悪くなっていく。
ここに父まで戦死の報告が来れば母は儚くなってしまいそうだとジャスティンは危惧していたが、父は出兵した時よりもかなり痩せてはいたが生還をした。

ただ息子クラウドの戦死報告には一人で静かに執務室で涙を流した。
そして、血のつながった家族よりも悲しみの中にいるセレティアを温かく囲んだ。
だが、生きる気力もなくただ墓地に日参するだけが生きているという証と言ってよいセレティアの精神状態は危ういと誰もが感じた。

シーガル侯爵はエイレル侯爵が敗戦となってしまったが終戦への立役者だと聞くと礼を言った。
誰もが終わらせたかった戦争である。負け戦ばかりで多くの部下を失ない、騎士団長という役職であっても王家の命令には逆らう事は許されず、心を痛める日々が続いた。

エイレル侯爵は数週間後の正式な終戦の調印が終われば責任を取って王族と共に断頭台に上がる事は間違いないだろう。そうなった時、残るのはセレティアである。心から愛した我が息子を失い、そして近い将来父親も失うかと思うとそれは22歳の令嬢に課すべき贖罪なのかと悩んだ。

大臣であったエイレル侯爵の断罪は逃れられない。だが騎士団長だった自分はこれで良いのかと悩む。
窓の外を見ると庭の花を庭師に束ねてもらい、また息子の墓に行くセレティアが見える。

「お前はこんなにも愛されていたのだな」

家族の肖像画に書かれたクラウドに向かって呟いた。




終戦の調印式はハンザ王国の国王たちを乗せた馬車が隣国ギスティール王国に到着するとその翌日行われた。
身に纏った服は国王らしいものだったがその扱いは犯罪者と同じで調印が終わると麻縄で後ろ手に国王は縛り上げられてハンザ王国までは馬車は馬車でも幌のない荷馬車に乗せられた。
逃げ出さないように両足に歩くのも苦労をするような錘を付けられ、王都に入った時にはその荷馬車に向けて石礫が投げ入れられた。

王宮まで戻った時、国王の顔は血まみれで話をする事もままならないが数日のうちに処刑をされる事からそのまま罪人たちのいる牢の中に放り込まれた。

エイレル侯爵はともに処刑をされると思っていたが、ギスティール国王から戦勝国への貢物を選定する責任者となるように命を受けた。
荷馬車数台分の小麦や野菜、軍馬として使えそうな馬を100頭、食肉用の牛や豚、鳥、ウサギ、クマ。
衣料品の絹や綿、麻などもだが一番頭を悩ませたのは王女だった。

ハンザ王国の王女を召し上げるとの事だったが、それを伝えると王女は怒り狂いその辺りにあるものを手当たり次第に投げつけた。だが連れて来いと言われている以上暴れたところでどうしようもない。
まして王女なのだ。平時であっても隣国に嫁ぐ事はままある事である。
しかし、王女は甘やかされて育ち贅沢と我儘は自分の特権だと思い込んでいる女だった。

あの贅沢で散財好きな後妻たちよりも遥かに豪華な食事を毎日提供させて、戦争に負けた今でさえ手に入りにくい砂糖やバターをふんだんに使った菓子をまた作ればよいからと投げつけてくる。

「これは王女としての役割でございます。国王は数日のうちに断頭台で処刑をされます。断れば‥‥あなた様も同じように断頭台に上がって頂く事になるのです。隣国に行けば人質では御座いますが生活や身の回りの世話をする者など最低限はあてがわれます。飢える事もなく、民よりも安定した生活は送れるのですよ」

そう言っても王女は首を縦には振らなかった。
最後は脱走をして、気が付いた兵士に斬り殺されてしまったのである。
斬り殺したのは衛兵だが、この衛兵は隣国との紛争地に家がありこの戦争で家は焼かれ両親も祖父母もそして弟妹も犠牲になっていた。その恨みもあっただろうし、自分さえ良ければという王女に腹も立てていたのだろう。

エイレル侯爵は王女は自死として衛兵に罪を問わない事にした。
しかし、そうなると差し出さねばならない王女の代わりを探さねばならなかった。
未婚の王女を希望したのである。王女がそうだったのかはもう誰にも判らないが純潔を守っている者でなければならない事は確かである。

高位貴族にその話をしたが、月のものも始まっていない幼女は除いてどの家も娘を早々に婚約者に抱かせたり、急遽婚約をしてその日のうちに純潔を散らせるという事を起こしてしまった。
ハンザ王国の高位貴族の娘で純潔を守り残っているのは公爵家の三女エミリエとセレティアだけとなってしまった。
公爵家のエミリエは幼い頃の落馬が原因で首から下は全く動かずに寝た切りである。
手慣れたものが介護をしなければ食事すらままならない上に、長時間の馬車での移動は先ず無理である。
そうなれば残っているのはセレティアただ一人。

神は何処までセレティアを傷つければその心が休まるのだろうかとエイレル侯爵は嘆いた。

「ティア、いやセレティア」
「なんでございましょう。お父様」
「すまない‥‥ギスティールに‥‥行ってくれるか…」
「ギスティール王国‥‥でございますか」
「あぁ。もう残っているのがセレティア、お前しかいない」

ギスティール王国の国王の噂は遠くの国まで聞こえてくる。大変な好色で何十人という側妃や妾妃を侍らせ毎日数名にその精を注ぎ生まれた子は気に入らねばその場で母子ともに殺してしまう。
その上、見た目が気に入らない令嬢にはあえて毒見役をさせ、毒に苦しむ姿を宴の余興にする。
血に飢えた王は反逆者は生き埋めにするか錘をつけて湖に生きたまま投げ込むという。
噂の域は出ないけれどどれも22歳の令嬢には聞かせたくもない話である事は間違いない。

エイレル侯爵は苦渋の決断だった。自身は断頭台だろうと牛車での引裂きだろうと何でも受けようと心に決めてはいるが何の咎もない娘をその貢物にするのは気が狂いそうだった。

「お父様、いえエイレル侯爵。わたくしでその役が務まるのであれば行かせて頂きます」

真っ直ぐに目を見てハッキリとセレティアは告げた。

セレティアにはクラウドのいないこの世界などどうでもよかった。
むしろ、この体を愉しみたいというのであれば刺し違える覚悟で閨に乗り込んでやると。

期限ギリギリであったが、翌日セレティアはクラウドの墓に山茶花の花を供えた。
自死しないよう護衛をつけていたが、スっと立ち上がると自らの足で馬車に乗り込みギスティール王国に旅立った。
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