中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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クラウドの出兵

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屋敷に帰ったセレティアは通いのメイドと共に夕食の支度を始める。

義母と義妹は使用人のような事は出来ないとこんな時世でも容姿の手入れには余念がない。
エイレル侯爵家ではもう以前の様に住み込みでの使用人を雇う余裕はなくなっていた。
父親は王宮に行ったまま滅多に帰れないが、給金は以前より少なくなった。

父親が何かに使っているのではなく、どこの家も給金は減っていた。
まだもらえるだけ良い方で、騎士団では既に2か月に1回。それも満額ではなく3分の1ほどは据え置かれた状況での支給になっていると聞く。

王宮務めや騎士でもそうなのだから市井でも金は回らず、皆が買い控えをする事から物も売れなくなり使用人を解雇する商会も増えてきた。
あまり市井には出かけないが通いのメイドの話では荷物を持つ、靴を磨く、馬車を止めるなどして子供たちも日銭を稼いでいると言っていた。

「ですけど、絶対に話を聞いてはいけませんよ」
「どうして?」
「一人を助ければ次々に子供たちに囲まれて動けなくなります」
「そうなのね」

食料品の高騰もだが、医療品は先ず手に入らない。前線への支給が第一だからである。
この頃は使っていた小麦も粗悪品が混じるようになり、焼きたてでないと食べられない程固くなる。
そんな困窮した中でも、香水や新しいドレス、化粧品、小物を買い漁る義母と義妹。
勝手に屋敷の中にある絵画や壺を換金している事も周知の事実であった。
しかし、それを咎めても「父親の妻」「娘」だという事で全てが許されるのだと2人は口を揃えて言うのであるから始末に負えない。

母が亡くなる時にセレティア名義にしてくれていた土地、建物は祖父母のところに権利書を置き、現金や宝飾品などは母の墓の中に隠してある。
見つかれば湯水のごとく使われてしまうのは目に見えているからである。

もしかすると父が滅多に帰ってこないのはこの二度目の結婚が失敗だったからではないかとセレティアは感じるところがあった。忙しくても以前はとんぼ返りになったとて屋敷には帰っていたのだ。

「お父様は逃げ場があるからいいわよね」

ポツリと呟くセレティアの嘆きは通いの使用人にも聞こえない。
クラウドはこんな状況を鑑みて、侯爵家に婿入りを諦めて伯爵家を継ぐことにしてくれたのである。
セレティアも冷たいと言われようが、伯爵家に嫁入りした際はもう侯爵家とは縁を切ろうと思っていた。
優しい父との思い出はあるが、クラウドにまで色目を使う義母や義妹は気持ち悪かったし、これ以上この2人に振り回されるのはごめんだと思っているのだ。

「ねぇ。まだなの?」

義母が夕食はまだかと急かす声を上げる。しかしパンはまだ焼きあがらない。あと半刻はかかりそうだと告げると外で食べてくると言って義妹と共に出かけてしまった。
爪の手入れなどをしていた事から、きちんとした夕食を家でとるつもりはなく軽食程度の考えだったのだろう。
また深夜に帰ってきて、小腹が空いただのと騒ぐのかと思うと逃げ出したくなる。

通いの侍女が「どうせ何を食べても文句を言うのだから」とまだ焼きあがらないパンを1つ取り、一口サイズにすると無造作にオーブンに放り込む。
小さいサイズは焼き上がりが早いので10分ほどでトングで取り出して籠の中に入れ、テーブルにワインと置いておく。

「これで夜中に騒ぐ事もないでしょう」
「朝の片づけが大変だけど」
「ホントに。今じゃパンくずだって貴重なのにあの2人と来たら、ネズミの方がもっと上品に食べるっての」

通いのメイドが腰に手を当てて、2人を詰りながらセレティアとの食事を準備する。
以前は家に戻っていたが、夫が出兵し今はセレティアと食事をして帰る様になった。
遠慮をしていたが、義母も義妹も食べなければ傷んで捨ててしまう食材があるからとセレティアは頼み込む形で食事を持ち帰って貰ったりしたものだった。

「早くこんな戦争終わればいいんですけどね」
「そうね‥‥いつも大勝利だったって言うけど本当かしら」
「それ…噂ですけど嘘らしいですよ」

そんな気はしていたが、発表を信じたい気持ちが強かった。危険しかない戦地で生きて帰るには戦況が有利であったほうが良いのは当たり前であるからだ。

食事を終えて通いのメイドが帰ると、湯あみをする気力もなくベッドに倒れ込む。
微かにクラウドに抱きしめられた時に移ったのだろうか。クラウドの残り香がした。
そのまま眠りに落ちてしまい、翌朝起きると既に日が昇っていた。
時間としてはまだ朝の8時であるがクラウドの屋敷までは馬車でも20分はかかってしまう。

慌てて用意をして朝食も取らずに飛び出し、馬車を走らせた。
年老いた門番が不思議そうな顔をして鉄柵門を開けると、何か胸に嫌な感じを覚える。

「嫌な気がする…なんだろうこのモヤモヤ…」

シーガル侯爵家もエイレル侯爵家ほどではないが使用人は少なくなっている。
残っているのは人手が足らないのと、困窮したからと再雇用した高齢の家令や庭師、調理人などである。

「セレティア様、どうなさいました?」
「いえ、クラウドを見送りにと思いまして」
「クラウド様は昨夜のうちに発たれましたよ?」
「えっ‥‥」

思わぬ家令の言葉に次の声が出ない。クラウドは午後だと言っていたはずなのに。
戸惑うセレティアにクラウドの母が声をかけた。

「どうしたの?こんな朝早くに…」
「おば様、クラウドはもう‥‥行ってしまったって本当なのですか?」
「聞いていなかったの?」
「昨日…午後に発つからと‥‥」
「あぁ…セレティア‥‥きっと見送られると決心が鈍ると考えたのでしょう」
「そんな‥‥そんな…あぁぁぁっ…うわぁぁぁ」

その場にしゃがみ込み、涙が止まらないセレティアの背を夫人は優しく撫でる。
2人がどれほどに思いあっていたかを知る故に、息子の思いも、セレティアの涙も理解をするのである。

ふいに髪飾りがポトリと落ちた。

「あら?何か挟まっているわね」

夫人が髪飾りを拾い上げ、挟まっているものが紙だと解るとセレティアに差し出した。
震える手で小さく畳まれた紙を広げる。クラウドの字で何かが書かれていた。

『君の幸せだけをずっと祈っている』

一言だけ書かれた短い手紙。セレティアは胸に抱きしめ、声を上げて泣いた。
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