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第34話 必殺技はここぞの時と知る
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ギリギリと締め上がるステファンの手首。シルヴァモンドは力を緩めなかった。
「殿下、いや義兄上。私の妻に何をしようと?」
――ほへっ?‥‥あ。間違いではないわね――
反論しようと思ったが、間違いではないので放っておこうと思った。
ミネルヴァーナつくづく思う。
――早く帰ってくれないかなぁ。他人ん家ですること?――
今日はマリーと湯殿でアワアワ遊びをして疲れを癒したいのに、折角沸かした湯もこのままでは冷めてしまう。もう一度温めるにも追い炊きするには外に出て薪をくべねばならないし、薪だってタダではない。
――薪割りすると手の平の豆がまた固くなっちゃうのよね――
溜息を吐きながら手のひらを眺めるミネルヴァーナなのに、シルヴァモンドはそこに違う思いを寄せる。
==大丈夫だ。ここは私が何とかする。安心してくれ==
微妙にすれ違う夫婦の思い。神様は非情である。
「くっ…シルヴァ…離せ」
「離しませんよ。妻に危害を加えようとしている暴漢の手を離すほど馬鹿ではありません」
「よく言う。エルレアと…うがっ!」
「過去にエルレアに思いがあった事、朝、目が覚め時にエルレアが隣で寝ている事。否定はしません。ですが誓って何もない。誰がなんと言おうと、私自身が知っている事実です。いいですか?真実ではありません。事実です」
シルヴァモンドは事実を認めた言葉をミネルヴァーナに聞いて欲しくはなかった。毎朝、起きた時に隣で寝ている女性がいるとなれば何を言っても勘違いをされてしまう。
しかし、何もしていないのは本当。
夫婦の在り方を1から見直す。そしてやり直す。
きっとそれが正しい唯一の方法だと信じて疑わない。
何よりシルヴァモンドは気付いてしまった。
公爵家から籍を抜けている今、5年後に2億パレは用意出来ない。
第3王子に国から支給される金はあるけれど、一切使わずにいたとしても王弟となった時に家を興さねばならず、無駄に使う金は1パレもないことに。
あの日は最後に行き違いがあったが、この家に無意識に向かってしまった事、そして家の中に入ると癒しに包まれた事は紛れもない事実だ。
つまり…約束が履行出来る見込みがない事もあるがミネルヴァーナに惹かれているのも事実。
――この婚姻を続ける事こそが、自分の幸せになる唯一の方法だ――
シルヴァモンドにしてみれば伸るか反るか。
意地でもステファンの手をミネルヴァーナに触れさせることは出来なかった。
「シルヴァ、何を勘違いしてるか知らないが、彼女は私の物だ」
「お戯れを。ミネルヴァーナは私の妻です。貴方のものではない。私の物だ!」
ピキっとこめかみが不気味な音を立てたのはマリーだけではない。
ミネルヴァーナもいい加減にキレまくったこめかみに親指を強めに当ててみる。
――ダメだわ。キレた血管は繋がりそうにないわ――
盛り上がっているステファンの手首を掴むシルヴァモンドの手に思い切り振り被った勢いをつけて手刀を叩きつけた。
――くぅっ!足の小指だけじゃなく手の側面も痛いっ!なんなのこの硬さ!タングステン?!――
想像以上に力を込めていたシルヴァモンドの手は固かった。
が、ここで怯んではならない。
「あのですね。人の事をモノ扱いしないで下さる!だいたいね!人の事をコソコソ!こそこそ!ゴキブリのように這いまわるなら叩き潰しますけども探り回って。女性に対して失礼でしょう?なのに私のモノですって?冗談はね、寝てから言うものよっ!」
マリーがブンブンと首を横に振る。
――ミーちゃん違う!それを言うなら冗談じゃなく寝言!――
お騒がせ3人とミネルヴァーナ達の思いは次元の違うところを駆け巡る。
しばらく大人しかったフェルディナンドはステファンとシルヴァモンドの間に体を滑りこませた。
「殿下、兄上、帰りましょう。これ以上はヴァーナを困らせるだけだ」
――コイツ!まだ判ってないの!?ヴァーナって!!――
馬鹿につける薬はないと聞いた事があったが、まさにその通りだとミネルヴァーナも後ろではらはら成り行きを見守りつつ、モップや包丁、バールを手にした3人。
そして何時だってミーちゃん♡なマリーも同じ思いを感じる。
固い絆で結ばれたからこその以心伝心である。
「取り敢えず、お引き取り頂けます?」
サッとミネルヴァーナは何度目かになる玄関を手で示した。
「チッ!フェル…帰るぞ。だがな!後悔するぞ!私に靡かなかった事を後悔する日が来るぞ!いいのか?!」
「結構ですよ。その日を楽しみにいたしますわ」
「なにをっ!」
「殿下!ダメです。帰りましょう。ごめんね。ヴァーナ」
この場合はステファンとフェルディナンドが退場すると思えば微笑すら安いもの。ミネルヴァーナは「あちらよ」と笑顔をフェルディナンドに向けた。
最後に残ったのは面倒臭い「夫」という肩書をもつ男。
「お帰りはあちらよ」
「怒ってる…怒ってるよな」
「いいえ。全く」
「嘘だ。怒らないはずがない」
「決めつけないで頂ける?怒ってなどいません。呆れてはいますけど」
「呆れ、そうだよな。でも信じて欲しい。私は本当に反省している。君が妻になってくれた事に感謝しているんだ。ありがとう。また来るよ」
――もう来なくて結構!コケッコー!――
後ろから飛び蹴りをしたいのだが、痛めた小指に踏ん張りが効かない。
迂闊に椅子を蹴り上げるものじゃない。
蹴りはここぞの時の為に取っておくべきものだとミネルヴァーナはジンジンと痛む小指にちょっとだけ反省したのだった。
「殿下、いや義兄上。私の妻に何をしようと?」
――ほへっ?‥‥あ。間違いではないわね――
反論しようと思ったが、間違いではないので放っておこうと思った。
ミネルヴァーナつくづく思う。
――早く帰ってくれないかなぁ。他人ん家ですること?――
今日はマリーと湯殿でアワアワ遊びをして疲れを癒したいのに、折角沸かした湯もこのままでは冷めてしまう。もう一度温めるにも追い炊きするには外に出て薪をくべねばならないし、薪だってタダではない。
――薪割りすると手の平の豆がまた固くなっちゃうのよね――
溜息を吐きながら手のひらを眺めるミネルヴァーナなのに、シルヴァモンドはそこに違う思いを寄せる。
==大丈夫だ。ここは私が何とかする。安心してくれ==
微妙にすれ違う夫婦の思い。神様は非情である。
「くっ…シルヴァ…離せ」
「離しませんよ。妻に危害を加えようとしている暴漢の手を離すほど馬鹿ではありません」
「よく言う。エルレアと…うがっ!」
「過去にエルレアに思いがあった事、朝、目が覚め時にエルレアが隣で寝ている事。否定はしません。ですが誓って何もない。誰がなんと言おうと、私自身が知っている事実です。いいですか?真実ではありません。事実です」
シルヴァモンドは事実を認めた言葉をミネルヴァーナに聞いて欲しくはなかった。毎朝、起きた時に隣で寝ている女性がいるとなれば何を言っても勘違いをされてしまう。
しかし、何もしていないのは本当。
夫婦の在り方を1から見直す。そしてやり直す。
きっとそれが正しい唯一の方法だと信じて疑わない。
何よりシルヴァモンドは気付いてしまった。
公爵家から籍を抜けている今、5年後に2億パレは用意出来ない。
第3王子に国から支給される金はあるけれど、一切使わずにいたとしても王弟となった時に家を興さねばならず、無駄に使う金は1パレもないことに。
あの日は最後に行き違いがあったが、この家に無意識に向かってしまった事、そして家の中に入ると癒しに包まれた事は紛れもない事実だ。
つまり…約束が履行出来る見込みがない事もあるがミネルヴァーナに惹かれているのも事実。
――この婚姻を続ける事こそが、自分の幸せになる唯一の方法だ――
シルヴァモンドにしてみれば伸るか反るか。
意地でもステファンの手をミネルヴァーナに触れさせることは出来なかった。
「シルヴァ、何を勘違いしてるか知らないが、彼女は私の物だ」
「お戯れを。ミネルヴァーナは私の妻です。貴方のものではない。私の物だ!」
ピキっとこめかみが不気味な音を立てたのはマリーだけではない。
ミネルヴァーナもいい加減にキレまくったこめかみに親指を強めに当ててみる。
――ダメだわ。キレた血管は繋がりそうにないわ――
盛り上がっているステファンの手首を掴むシルヴァモンドの手に思い切り振り被った勢いをつけて手刀を叩きつけた。
――くぅっ!足の小指だけじゃなく手の側面も痛いっ!なんなのこの硬さ!タングステン?!――
想像以上に力を込めていたシルヴァモンドの手は固かった。
が、ここで怯んではならない。
「あのですね。人の事をモノ扱いしないで下さる!だいたいね!人の事をコソコソ!こそこそ!ゴキブリのように這いまわるなら叩き潰しますけども探り回って。女性に対して失礼でしょう?なのに私のモノですって?冗談はね、寝てから言うものよっ!」
マリーがブンブンと首を横に振る。
――ミーちゃん違う!それを言うなら冗談じゃなく寝言!――
お騒がせ3人とミネルヴァーナ達の思いは次元の違うところを駆け巡る。
しばらく大人しかったフェルディナンドはステファンとシルヴァモンドの間に体を滑りこませた。
「殿下、兄上、帰りましょう。これ以上はヴァーナを困らせるだけだ」
――コイツ!まだ判ってないの!?ヴァーナって!!――
馬鹿につける薬はないと聞いた事があったが、まさにその通りだとミネルヴァーナも後ろではらはら成り行きを見守りつつ、モップや包丁、バールを手にした3人。
そして何時だってミーちゃん♡なマリーも同じ思いを感じる。
固い絆で結ばれたからこその以心伝心である。
「取り敢えず、お引き取り頂けます?」
サッとミネルヴァーナは何度目かになる玄関を手で示した。
「チッ!フェル…帰るぞ。だがな!後悔するぞ!私に靡かなかった事を後悔する日が来るぞ!いいのか?!」
「結構ですよ。その日を楽しみにいたしますわ」
「なにをっ!」
「殿下!ダメです。帰りましょう。ごめんね。ヴァーナ」
この場合はステファンとフェルディナンドが退場すると思えば微笑すら安いもの。ミネルヴァーナは「あちらよ」と笑顔をフェルディナンドに向けた。
最後に残ったのは面倒臭い「夫」という肩書をもつ男。
「お帰りはあちらよ」
「怒ってる…怒ってるよな」
「いいえ。全く」
「嘘だ。怒らないはずがない」
「決めつけないで頂ける?怒ってなどいません。呆れてはいますけど」
「呆れ、そうだよな。でも信じて欲しい。私は本当に反省している。君が妻になってくれた事に感謝しているんだ。ありがとう。また来るよ」
――もう来なくて結構!コケッコー!――
後ろから飛び蹴りをしたいのだが、痛めた小指に踏ん張りが効かない。
迂闊に椅子を蹴り上げるものじゃない。
蹴りはここぞの時の為に取っておくべきものだとミネルヴァーナはジンジンと痛む小指にちょっとだけ反省したのだった。
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