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第28話 鏡の中のマリー
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「参ったな…足らないぞ」
「どうされました?」
「ミーちゃん。すまない。板は届いてるんだがうっかりしてた。この面に使う板の巾が10.5cmだから他の面よりも1枚分くらい高さが足らない」
安い板材。と言っても販売している定価の半値八掛け。つまり90%OFFで売って貰っているので文句も言えない。
てっきり枚数が足らないと思ったのだが、確かに枚数は足らないと言えば足らないが残った板、横遣いをするので荷台で言えば高さ、板で言えば幅が足らないのだ。
最後部になる部分なので板の長さは必要がない。
「取り外した板で長さは足りるのがあるかも知れないわ」
ミネルヴァーナはそう言ってみたものの、「ダメだ」直ぐに気が付いた。
荷台が製造されたのが30年ほど前だった事もあって元々荷台を囲っていた板は厚さがあり、既に虫に食われたり、朽ちている板は屋台付近で食事ができるように手先の器用なクーリンが木製のトレーを皿状に加工するため端切れのような大きさにしてしまっていたのだ。
「後ろだけ高さが足らないけど…仕方ないか」
「そうね、ないよりマシだわ」
「よし、じゃぁそうするか。板が終わったらあとはテント用の金具を取り付けて出来上がりだ」
荷台を利用しているが、ショーケースなどがあるわけではない。
当面は荷台の上に階段状に木箱を並べて、蓋つきでガラス製の器にマーナイタが作った総菜を入れて量り売り。
庭で育った野菜も含めてマーナイタは色々な料理を試作し、そこにクーリンの娘やチョアンの奥さんもやって来て手伝う。オーソドックスな料理からちょっと変わった料理まで18種類。
どの品も150gを300パレで販売する。家で作ろうと思えば材料費だけで1000パレを超える品ばかり。激安に見えるけれど自炊をするにはキャベツも大根も丸ごとで売っている。
キュウリやトマトなど丸ごとで問題ない品もあるけれど、大抵自炊の場合は余る野菜が出てくるが、既に調理をされているので一度に20人分くらいを作る。
他にも利点はあった。屋台と言えど客は見栄えの良い野菜を買う。
曲がったキュウリ、歪なトマト、二股になった大根などは売り物にならないのだ。
しかし調理をしてしまえば元の形は解らない。マーナイタの味付けは侯爵家から裕福な男爵家まで渡り歩いてきて来ているので問題ない。
「ミーちゃん。試食用のトレー。ちょっと見てくれる?」
試食用のトレーは紙製。隣国で売り出されている紙製トレーはあまりル・サブレン王国では売れていない。製品には全く問題がないけれど、ル・サブレン王国で売られている紙、貼り紙にするような紙だったり手紙を書く時に使う紙は粗悪品が多くて水分を含むと酷い香りがする。
しかし隣国の紙製トレーは4、5回なら洗って干して使える。香りは全くしない。厚さもあるので「紙」と言われなければ気が付く事もない。
「いいわね。底も引っ掛かりがあるから持ちやすいわ」
「でもね、底をやすりで擦ったからちょっと薄くなっちゃったのよ。洗浄して使うのは2回が限界かも」
「2回…いいわ。ずっと試食品を提供するわけじゃないもの」
馴染みのない味を一気に家族の人数分買ってしまうのは客にも冒険になる。
一口分だけ試食をしてもらって良ければ量り売りをする。
その場で食べる物には木製のトレーに盛る。その時に「貸出代」として200パレを上乗せして先に払ってもらうがトレーを返却してくれれば200パレも返金する。
「やっと形になって来たわね。でもいいの?19時頃までならお孫さん…困るんじゃない?」
「娘婿が暫くいますからね。復帰したらその時はまた相談しますよ」
クーリンはドーンと任せて!と胸を叩く。
気忙しくする事で「上手く行くかな」とちょっと不安もあったミネルヴァーナは一気に不安も吹き飛んだ。
実はミネルヴァーナは店頭には立たないのだ。
姿を知っている者がいれば「贅沢姫だ」とバレてしまう。戦をしていた事もあってル・サブレン王国の民衆はメレ・グレン王国に良い印象を持っていない。
屋台の設営と撤去の時に髪は1つに纏め、頬かむりをしてコソコソと手伝いをする程度。
人の思いは一朝一夕では変わらない。接する時間が長いクーリン達ですら「おや?」と思うのに日数は必要だった。それをその時だけ、時間にして長くて4、5分の客にミネルヴァーナの人となりを知れというのは無理難題である。
「いつかは、大声でお客さんを呼びたいわ」
「直ぐにそうなりますよ」
クーリンとチョアンに励まされるミネルヴァーナだが、その日の夜マリーから贈り物を受け取った。
「マ、マリりん‥‥これは何?!」
「ミーちゃん用の売り子衣装よ!お揃いよ!」
「作った?!これを?!」
「ごめん。誇大表現だったわ。部分的改良!」
着るのにかなり勇気の必要な「セクシーキャット」な衣装がそこにあった。原型はバニーガールの衣装だったと思われる。
「ウサミミをネコミミ?」
「うんっ」
「モフ尻尾を長めの尻尾?」
「うん」
ミネルヴァーナはマリーの両肩に手を置いた。
「マリりん。だとしても網タイツの猫はいないわ」
「大丈夫!いないから1号になれるわ!私は2号でいいから!ミーちゃんが2号だと色々他に問題が起きそうだし!」
――問題はそこじゃないのよ。マリりん――
そこまで自身のボディに自信はなかったミネルヴァーナ。
試しにマリーに着用してもらった。
「あ…肉体改造しなきゃ」
衣装を改良する前に必要だったのは肉体改造。
マリーは鏡に映る自分に目を背けたい現実を見た。
「どうされました?」
「ミーちゃん。すまない。板は届いてるんだがうっかりしてた。この面に使う板の巾が10.5cmだから他の面よりも1枚分くらい高さが足らない」
安い板材。と言っても販売している定価の半値八掛け。つまり90%OFFで売って貰っているので文句も言えない。
てっきり枚数が足らないと思ったのだが、確かに枚数は足らないと言えば足らないが残った板、横遣いをするので荷台で言えば高さ、板で言えば幅が足らないのだ。
最後部になる部分なので板の長さは必要がない。
「取り外した板で長さは足りるのがあるかも知れないわ」
ミネルヴァーナはそう言ってみたものの、「ダメだ」直ぐに気が付いた。
荷台が製造されたのが30年ほど前だった事もあって元々荷台を囲っていた板は厚さがあり、既に虫に食われたり、朽ちている板は屋台付近で食事ができるように手先の器用なクーリンが木製のトレーを皿状に加工するため端切れのような大きさにしてしまっていたのだ。
「後ろだけ高さが足らないけど…仕方ないか」
「そうね、ないよりマシだわ」
「よし、じゃぁそうするか。板が終わったらあとはテント用の金具を取り付けて出来上がりだ」
荷台を利用しているが、ショーケースなどがあるわけではない。
当面は荷台の上に階段状に木箱を並べて、蓋つきでガラス製の器にマーナイタが作った総菜を入れて量り売り。
庭で育った野菜も含めてマーナイタは色々な料理を試作し、そこにクーリンの娘やチョアンの奥さんもやって来て手伝う。オーソドックスな料理からちょっと変わった料理まで18種類。
どの品も150gを300パレで販売する。家で作ろうと思えば材料費だけで1000パレを超える品ばかり。激安に見えるけれど自炊をするにはキャベツも大根も丸ごとで売っている。
キュウリやトマトなど丸ごとで問題ない品もあるけれど、大抵自炊の場合は余る野菜が出てくるが、既に調理をされているので一度に20人分くらいを作る。
他にも利点はあった。屋台と言えど客は見栄えの良い野菜を買う。
曲がったキュウリ、歪なトマト、二股になった大根などは売り物にならないのだ。
しかし調理をしてしまえば元の形は解らない。マーナイタの味付けは侯爵家から裕福な男爵家まで渡り歩いてきて来ているので問題ない。
「ミーちゃん。試食用のトレー。ちょっと見てくれる?」
試食用のトレーは紙製。隣国で売り出されている紙製トレーはあまりル・サブレン王国では売れていない。製品には全く問題がないけれど、ル・サブレン王国で売られている紙、貼り紙にするような紙だったり手紙を書く時に使う紙は粗悪品が多くて水分を含むと酷い香りがする。
しかし隣国の紙製トレーは4、5回なら洗って干して使える。香りは全くしない。厚さもあるので「紙」と言われなければ気が付く事もない。
「いいわね。底も引っ掛かりがあるから持ちやすいわ」
「でもね、底をやすりで擦ったからちょっと薄くなっちゃったのよ。洗浄して使うのは2回が限界かも」
「2回…いいわ。ずっと試食品を提供するわけじゃないもの」
馴染みのない味を一気に家族の人数分買ってしまうのは客にも冒険になる。
一口分だけ試食をしてもらって良ければ量り売りをする。
その場で食べる物には木製のトレーに盛る。その時に「貸出代」として200パレを上乗せして先に払ってもらうがトレーを返却してくれれば200パレも返金する。
「やっと形になって来たわね。でもいいの?19時頃までならお孫さん…困るんじゃない?」
「娘婿が暫くいますからね。復帰したらその時はまた相談しますよ」
クーリンはドーンと任せて!と胸を叩く。
気忙しくする事で「上手く行くかな」とちょっと不安もあったミネルヴァーナは一気に不安も吹き飛んだ。
実はミネルヴァーナは店頭には立たないのだ。
姿を知っている者がいれば「贅沢姫だ」とバレてしまう。戦をしていた事もあってル・サブレン王国の民衆はメレ・グレン王国に良い印象を持っていない。
屋台の設営と撤去の時に髪は1つに纏め、頬かむりをしてコソコソと手伝いをする程度。
人の思いは一朝一夕では変わらない。接する時間が長いクーリン達ですら「おや?」と思うのに日数は必要だった。それをその時だけ、時間にして長くて4、5分の客にミネルヴァーナの人となりを知れというのは無理難題である。
「いつかは、大声でお客さんを呼びたいわ」
「直ぐにそうなりますよ」
クーリンとチョアンに励まされるミネルヴァーナだが、その日の夜マリーから贈り物を受け取った。
「マ、マリりん‥‥これは何?!」
「ミーちゃん用の売り子衣装よ!お揃いよ!」
「作った?!これを?!」
「ごめん。誇大表現だったわ。部分的改良!」
着るのにかなり勇気の必要な「セクシーキャット」な衣装がそこにあった。原型はバニーガールの衣装だったと思われる。
「ウサミミをネコミミ?」
「うんっ」
「モフ尻尾を長めの尻尾?」
「うん」
ミネルヴァーナはマリーの両肩に手を置いた。
「マリりん。だとしても網タイツの猫はいないわ」
「大丈夫!いないから1号になれるわ!私は2号でいいから!ミーちゃんが2号だと色々他に問題が起きそうだし!」
――問題はそこじゃないのよ。マリりん――
そこまで自身のボディに自信はなかったミネルヴァーナ。
試しにマリーに着用してもらった。
「あ…肉体改造しなきゃ」
衣装を改良する前に必要だったのは肉体改造。
マリーは鏡に映る自分に目を背けたい現実を見た。
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