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第44話♠ レアンドロ、パパになる
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あれから使用人がいないと生活も出来ないので、苦渋の決断をした。
兄上に頭を下げて使用人を回してもらったのだ。
ルシェルはお気に入りの取り巻きを即日解雇されてその辺にある物を手当たり次第に投げて壊し、部屋が1つ使えなくなった。
「すまないが片付けておいてくれないか」
そう頼んだだけなのに…。
「躾の出来ていないペットの不始末は飼い主が行うべきです」
一蹴されてしまった。
今度の使用人たちはルシェルの現状を知っているため、ルシェルを一切甘やかすことはない。
最初からこうするべきだったのかも知れない。
私の優しさがルシェルを付けあがらせてしまったのだ。
だが、私にも言い分はある。妊婦などどう扱えばいいのか判らなかった。
産婆は「太り過ぎです。食事についても改善が必要です」と何度も言ってきたが、人によりある日突然終わりを告げる悪阻、ルシェルは食べ悪阻だったが、全く収まる気配がない。
どう対応していいかなんて判る筈がない。満腹になれば食べるのをやめるんだからそれでいいだろうと放っておいた。
おそらく捕縛時の体重は40kg前半だったと思われるが、現在は80kgはゆうに超えているはずだ。
多く見て半分は子供だとしても残りの半分は贅肉だ。
「足が浮腫んで戻らないの。殿下何とかして」
そう言うが、私には何もしてやれない。
手も足も少し押したら凹んで元に戻るのに時間がかかる。
だから面倒なので食事を野菜中心で量を減らすと「お腹が空いて気分が悪い」とその辺に嘔吐してしまう。
吐いてしまったら余計に腹が減るんじゃないのか?
そんな日々を送っていたが遂にその日を迎えた。
ルシェルが産気づいたのだ。
黙っていてくれればいいのに使用人は兄上や父上、母上に知らせてしまった。
これではすり替える赤ん坊の亡骸を探しに行く事も出来ないし、部屋は「男性は立ち入り禁止」と言われ締め出されてしまったので、生まれたばかりの赤ん坊を連れ出すことも出来ない。
機会を伺っていたのだが、ルシェルが定期的に獣のような雄叫びを上げるだけで何の進展もない。
常に誰かがルシェルの傍にいるようで、部屋に入る事も出来なかった。
私は廊下を右に左に歩く。じっとしていられないのだ。
「へぇ。父親になるって大変だな」
「あ、兄上…」
「聞くところによると陣痛は長いらしいよ。座って待ったらどうだ?」
「いや…」
「落ち着いて座っても居られない。そういう夫もいるようだけどね」
「夫?!私はルシェルの夫じゃない!」
「そうかな?一応お前の宮で働いていた使用人に解雇の際聴取はしたが、アレが妃だと全員思っていたようだけど?彼らだけじゃない。文官にもお前が妃が妊娠していると言われたと証言するものだっている」
「あれは!…あれは…咄嗟の事で、書類が間に合わなくて」
「人間、追いつめられたり、あれやこれやと考える余裕がない時は本当の事しか言えないものさ。間もなく産声を上げる赤子がお前の子供だと言うのも事実だしな」
「解らないじゃないですか!他の男と寝たかも知れない!」
「かも。だろう?推定ではなくお前は寝た。何度も抱いた。揺るぎない事実だ。それに間諜の報告でアレが他の男と2人きりなんてのはイサミアしかいない。小遣いを強請っていたそうで服はちゃんと着てたそうだ」
「私は王子なのに!こっそりと間諜を付けてるなんて卑怯です!」
「馬鹿か?今この時も私とお前、それぞれに間諜は付いている。勿論、教会にただ礼拝に行く母上にもな。周囲をコテコテに従者に囲まれても、それとは別に陰で見ている目があるんだ。確か…7歳の時に諄く言われたと思うがな」
兄上はいつもそうだ。正論ばかりで私の言い訳を聞いてはくれない。
だが、ここに何をしにやってきたんだ?
まさか公に出来ない子供の誕生を祝いに来た…ないない。あり得ない。
兄上が私の代わりに赤子を始末してくれるんだろうか。
だとすればありがたい話なんだが…。
夜も更け、空が白み始めてもルシェルの雄叫びの間隔が短くなるだけ。
睡魔も襲ってきて、ハッと目が覚める。そんな事の繰り返しなので、もう寝台で寝ようかと思った時だった。
「生まれたな」
兄上の声と扉の向こうから聞こえてくる赤子の鳴き声に眠気が吹き飛んだ。
ガチャリと扉が開き、産婆の助手は何故か私ではなく兄上に顔を向けた。
「男の子です」
「状態は?」
「母子ともに健康…と言ったところでしょうか」
「あんな不摂生をしても、丈夫なものだな。良かったなレアンドロ」
何が良かっただ!
生れてしまったら…そんな報告を兄上が聞いたら!
もう子供を入れ替えることも捨てて来る事も出来ないじゃないか。
「子供は直ぐに王宮へ。そうだな。母体にもまだ用がある。全ての処置を終えたら母体も王宮に搬送してくれ」
「え?…兄上。ルシェルは直ぐに刑を執行するんじゃないんですか?」
兄上はニヤリと笑い、私の両肩に手を置くとポンポン。
2回軽く肩を叩いて、クルリ背を向け去って行ってしまった。
「あ、子供…子供は…」
「殿下はこちらでお待ちください」
産婆の助手もそれだけ言うと扉の向こうに消えた。
扉が閉じると同時に施錠する音も聞こえる。
自由に動けるのに私は幽閉された気分になった。
兄上に頭を下げて使用人を回してもらったのだ。
ルシェルはお気に入りの取り巻きを即日解雇されてその辺にある物を手当たり次第に投げて壊し、部屋が1つ使えなくなった。
「すまないが片付けておいてくれないか」
そう頼んだだけなのに…。
「躾の出来ていないペットの不始末は飼い主が行うべきです」
一蹴されてしまった。
今度の使用人たちはルシェルの現状を知っているため、ルシェルを一切甘やかすことはない。
最初からこうするべきだったのかも知れない。
私の優しさがルシェルを付けあがらせてしまったのだ。
だが、私にも言い分はある。妊婦などどう扱えばいいのか判らなかった。
産婆は「太り過ぎです。食事についても改善が必要です」と何度も言ってきたが、人によりある日突然終わりを告げる悪阻、ルシェルは食べ悪阻だったが、全く収まる気配がない。
どう対応していいかなんて判る筈がない。満腹になれば食べるのをやめるんだからそれでいいだろうと放っておいた。
おそらく捕縛時の体重は40kg前半だったと思われるが、現在は80kgはゆうに超えているはずだ。
多く見て半分は子供だとしても残りの半分は贅肉だ。
「足が浮腫んで戻らないの。殿下何とかして」
そう言うが、私には何もしてやれない。
手も足も少し押したら凹んで元に戻るのに時間がかかる。
だから面倒なので食事を野菜中心で量を減らすと「お腹が空いて気分が悪い」とその辺に嘔吐してしまう。
吐いてしまったら余計に腹が減るんじゃないのか?
そんな日々を送っていたが遂にその日を迎えた。
ルシェルが産気づいたのだ。
黙っていてくれればいいのに使用人は兄上や父上、母上に知らせてしまった。
これではすり替える赤ん坊の亡骸を探しに行く事も出来ないし、部屋は「男性は立ち入り禁止」と言われ締め出されてしまったので、生まれたばかりの赤ん坊を連れ出すことも出来ない。
機会を伺っていたのだが、ルシェルが定期的に獣のような雄叫びを上げるだけで何の進展もない。
常に誰かがルシェルの傍にいるようで、部屋に入る事も出来なかった。
私は廊下を右に左に歩く。じっとしていられないのだ。
「へぇ。父親になるって大変だな」
「あ、兄上…」
「聞くところによると陣痛は長いらしいよ。座って待ったらどうだ?」
「いや…」
「落ち着いて座っても居られない。そういう夫もいるようだけどね」
「夫?!私はルシェルの夫じゃない!」
「そうかな?一応お前の宮で働いていた使用人に解雇の際聴取はしたが、アレが妃だと全員思っていたようだけど?彼らだけじゃない。文官にもお前が妃が妊娠していると言われたと証言するものだっている」
「あれは!…あれは…咄嗟の事で、書類が間に合わなくて」
「人間、追いつめられたり、あれやこれやと考える余裕がない時は本当の事しか言えないものさ。間もなく産声を上げる赤子がお前の子供だと言うのも事実だしな」
「解らないじゃないですか!他の男と寝たかも知れない!」
「かも。だろう?推定ではなくお前は寝た。何度も抱いた。揺るぎない事実だ。それに間諜の報告でアレが他の男と2人きりなんてのはイサミアしかいない。小遣いを強請っていたそうで服はちゃんと着てたそうだ」
「私は王子なのに!こっそりと間諜を付けてるなんて卑怯です!」
「馬鹿か?今この時も私とお前、それぞれに間諜は付いている。勿論、教会にただ礼拝に行く母上にもな。周囲をコテコテに従者に囲まれても、それとは別に陰で見ている目があるんだ。確か…7歳の時に諄く言われたと思うがな」
兄上はいつもそうだ。正論ばかりで私の言い訳を聞いてはくれない。
だが、ここに何をしにやってきたんだ?
まさか公に出来ない子供の誕生を祝いに来た…ないない。あり得ない。
兄上が私の代わりに赤子を始末してくれるんだろうか。
だとすればありがたい話なんだが…。
夜も更け、空が白み始めてもルシェルの雄叫びの間隔が短くなるだけ。
睡魔も襲ってきて、ハッと目が覚める。そんな事の繰り返しなので、もう寝台で寝ようかと思った時だった。
「生まれたな」
兄上の声と扉の向こうから聞こえてくる赤子の鳴き声に眠気が吹き飛んだ。
ガチャリと扉が開き、産婆の助手は何故か私ではなく兄上に顔を向けた。
「男の子です」
「状態は?」
「母子ともに健康…と言ったところでしょうか」
「あんな不摂生をしても、丈夫なものだな。良かったなレアンドロ」
何が良かっただ!
生れてしまったら…そんな報告を兄上が聞いたら!
もう子供を入れ替えることも捨てて来る事も出来ないじゃないか。
「子供は直ぐに王宮へ。そうだな。母体にもまだ用がある。全ての処置を終えたら母体も王宮に搬送してくれ」
「え?…兄上。ルシェルは直ぐに刑を執行するんじゃないんですか?」
兄上はニヤリと笑い、私の両肩に手を置くとポンポン。
2回軽く肩を叩いて、クルリ背を向け去って行ってしまった。
「あ、子供…子供は…」
「殿下はこちらでお待ちください」
産婆の助手もそれだけ言うと扉の向こうに消えた。
扉が閉じると同時に施錠する音も聞こえる。
自由に動けるのに私は幽閉された気分になった。
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