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第20話♠  至福のひと時

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役に立たなくてもイサミアを執事とすると言った以上、交代要員はいない。

私はイサミアの尻を叩きながら何度も同じことを説明し、執務を手伝わせたのだが正直言って自分1人でした方がずっと早い。

書庫から書類を持ってきてくれと頼めば1、2時間戻ってこないのは当たり前で、探しに行くとエマリア、ルシェルとドレスのカタログなどを見て家族で話に花を咲かせている。

そんな中、不思議な事が起きた。

「殿下、また殿下と面会の時間を取って欲しいという貴族からの書簡です」

3日前、いや4日前だったか。
あの38家とは別の貴族から私と面会をしたいとの書簡が次々に届き始めたのだ。

――何かしたかな?――

考えてみても判らない。
執務室にある書類はファリティと結婚する前から各種申請書のチェックをする役割を担っていたので行っている事。なんの代わり映えもないし、申請書の数が増減したり、内容が変わったという事もない。


「殿下、また届きました。どうされますか?」

「何通ある?」

「全部で…50程でしょうか。今日だけでも15ですよ。そろそろ返事をしないと」


返事をせねばならないのは解っているのだが、突然こんなに面会希望者が増えると気味が悪い。

しかし、まだ戻らないイサミアを待つよりも仕事を片付けねばと書類を手に取るとこちらもまだ未決済が多く残る請求書が目に入った。

第2王子なので2か月に1度国庫から金が支給される。婚姻をしたのに増額になっていない所を見ると、増額ではなく単に妃の分が合算になるという事だったんだろう。

ファリティは兄上に差し止めしてもらうと言っていたので1回目の支給日は2週間前だったが金額はいつもと変わらずだった。

「参ったな…全然足らないじゃないか」

請求書の金額と、宮への支給金の額をみてつい声が漏れてしまった。
何でもないと言おうと思い、扉の前に立つ従者を見ればこちらを見ていなかった。

宮への支給金で食料や消耗品のほかに宮の維持費であったり執事はイサミアだけだが使用人はいるので、使用人の給料も払わねばならない。

イサミア達の使った金の支払いの方が支給金額よりも多く、他に回らない。ホートベル侯爵家からは規定額以上に引っ張れそうもなかった。

ルシェルだけはまだ買い物を続けているので何とかしてやらねばならないし…。


――あ、そうか――

やはり私は冴えている。
面会希望者全員と会い、後ろ盾となってくれる家を募ればいいのだ。


「はぁ‥これでなんとか収支もプラスに持って行けるな」

50の家から面会希望が届いているのだから伯爵家は月に1億、子爵、男爵家は5千万を出させれば…。

――え?毎月25億?――

なんだ。こんな金額になるんだったらホートベル侯爵家からの金が全て貯蓄に回せるじゃないか。

金の事を考えなくて良いとなればなんて身が軽くなるんだろう。


「おい!」

「はい、何でしょう?」

「ルシェルを呼んできてくれないか。ルシェルの淹れた茶が飲みたい」

「は、はぁ…」

「なんだ?聞こえているんだろう?早く呼んで来い。ルシェルが来たら暫く2人きりにしてくれ」


従者が面倒そうに部屋を出て行く。
人が足りていればあんなやる気のない奴は解雇するのだが、今は手一杯の様で掃除も宮の隅々まで行き届いていな状態だ。

そういえば今朝の朝食も昨夜の残りパンのように硬かった。
バレないと思っているのか竈で温めました感があり、外側は熱く焦げもあるのに中は冷えていたのだ。

――調理人まで手を抜かねばならないくらい人が足りてないのか――

しかしそんな問題も直ぐに解決する。
ルシェルと執務室で愉しんだ後、届いている書簡に返事を書こう。


「レアンドロ様ぁ。なんか呼んでるって言われたんですけど」

「あぁルシェル。こっちへ」

「何かあるんですか?」

届いたばかりのドレスはまだ着慣れていないようで足元がおぼつかないルシェル。

あぁ、何をしても可愛いな。

抱きしめるとルシェルの香りがする。双璧の間に顔を埋めているとルシェルが髪を撫でてくれる。全ての嫌なことを忘れられる至福のひと時だ。

ルシェルは汚い言葉を浴びせながら乱暴にするのが好きなのだ。
散々に啼かせて愛を確かめあい、まだ火照りの収まらないルシェルをソファに寝かせているとノックの音がした。

「なんだ」

「申し訳ございません。どうしても殿下に会いたいとゴーネル男爵が来ておりまして」

「はぁ…10分前なら追い返してたが…判った。会おう。応接室に通してくれ。直ぐに行く」

可愛いルシェルでイったばかりなのに今度は応接室に行かねばならんとは。
人気者は辛いな。

私はルシェルにキスをして応接室に向かうべくトラウザーズを穿いた。



「待たせたな。して面会の用件はなんだ?」

「これは殿下!突然に申し訳ございません。本日失礼を承知でお伺いしたのは是非!私の商会を事業に推薦して頂きたいのです」

「事業?私は事業などしておらんが?」

「あ、そうでしたね。まだ公的には発表されておりませんので。声が大きかったですかな?」

「声の大きさではなく、其方の言う事業に心当たりがないのだ」

「解ります。解ります。私どものような小規模の商会に何が出来る。そう言われるのも承知の上です。しかし水面下だからこそ、今なら殿下のお声1つでどうとでもなるのではありませんか?」

ゴーネル男爵の言っている意味が全く解らない。
王族は事業の許可はするが、携わる商会を口利きしたりは贈収賄が疑われるので禁止されているのだ。

勿論王族が発注者となり事業をすることはある。その時は大事業になるので私の耳にも入ってきて当然だったがそんな話は聞いていなかった。

しかし、このゴーネル男爵から驚くべき言葉が発せられた。

「頼みますよ~。この通り!妃殿下が執り行う事業に参入したいんですよ」

は?どういうことだ?聞いていないんだが?

私はゴーネル男爵に「用を思い出した」と話を打ち切り、父上の元に向かった。
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