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第09話♠ 家族水入らず
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正教会に2人の密約書を預けた日から驚く事が起きた。
折角私が食事に誘ってやったのにファリティはあっさりと断り、馬車に乗ってどこかに行ってしまった。
「なんて失礼な」
憤慨しつつ、ホートベル侯爵家に行くと様子がおかしい。
業者が来て家財道具を運び出しているのだ。
イサミア氏がいたので挨拶がてらに声を掛けてみた。
「これは殿下…こんなところに何故?」
「こんな所とは。謙遜召さるな、で?何をしているんだ?」
「模様替え…と申しますかリティも家を出ましたので不要なものを処分しようと思いまして」
「そうなのか?使えるのなら使えばいいのに」
暑くもないのに汗を拭きながらイサミア氏が答えてくれたが、ルシェルの姿が見えない。
聞けば街に母親のエマリアと買い物に行っているのだという。
ルシェルの帰りを待ちながら茶でも飲もうかと思えば使用人も全員が出払っているとイサミア氏は言う。
「全員?1人も残らずに?」
「え、えぇ。まぁ。この通り埃も出ますし一通り片付くまではと思いましてね。茶もお出ししたいのですが茶器をどこに片付けたかも判らずでして」
「そうなのか。ふーん」
茶も出ないと解ると暇をつぶせない。庭に出てみれば庭木も造園商会の人間が全て掘り起こしていた。
「模様替えにしては大掛かりだな」
「え、えぇ…そうですね。庭木は手入れも大変なので…はい」
「そんなものか。宮の庭に手を入れる際には参考にしよう」
何故かイサミア氏は隣でモジモジとして何かを言いたそうにしている。
何だろうと思い、義理でも親子になったのだからと言葉を急かしてみた。
「も、申し上げにくいのですが、殿下。良ければ数日、殿下の宮に滞在…なぁんて無理でしょうか?」
「何かあるのか?」
「いえ、何もないんですけどもこの通り模様替えをしておりますので、片付くまでの間…無理かなぁなぁんて思いまして」
「宿を取ればいいんじゃないのか?」
「そ、そうなのですが…あ、ほら!リティも嫁いで直ぐですし近くに私たちがいた方が環境の変化などにもゆっくりと順応できる‥‥んじゃないかなぁーっと‥ハハハ。いえ、無理ですよね」
「そんな事か。構わんぞ。部屋なら空いているし客間を用意させよう」
「本当ですか?!助かります」
「いや、ホートベル侯爵家には後ろ盾にもなって貰っているしな。困っている時はお互い様だろう」
ほどなくしてルシェルとその母エマリアが帰宅した。
驚く事に馬車がなく、辻馬車を乗り継いだから帰宅が遅くなったのだという。
イサミア氏は家だけではなく馬車もメンテナンスに出したので暫く足もないと言い出した。
一度に色々とやり過ぎだろう。
これまでのホートベル侯爵家は何事も綿密に計画を立てて不測の事態まで考慮をしてきたのに、やはりリティが嫁いでイサミア氏も動揺してしまったのだろうかと考えた。
「もぅ…これだけにしかならなかったわ」
不貞腐れて頬を膨らませるルシェルが愛おしくて堪らない。抱きしめたい感情が沸き上がるが流石に親の前では憚られる。なんせ今、私はルシェルではなくファリティの夫なのだ。
――3年経てば堂々と抱きしめられる――
そう思い感情に蓋をした。
何がこれだけなのかと覗いてみればテーブルに無造作に広げられているのは金だった。
何枚かの紙幣は10枚ごとに紐で輪にされていて全部で30ほど。残りは銀貨と銅貨だった。
金貨だけは金貨1枚と紙幣1枚が同価値だが、偽札が出回り銀貨対応の紙幣は廃止したのだ。
「この金はどうしたんだ?」
「このお金はっ!!むぐっ・・むぐぐぐ」
ルシェルが答えようとしているのに何故イサミア氏がルシェルの口を塞ぐのか。
親子のスキンシップは今、この場でしなくてもいいだろうに。
模様替えでバタバタしていて茶器も何処にあるか判らないと言ったのにイサミア氏はルシェルと夫人に「茶を頼む」と言い出す。
夫人に二言三言イサミア氏が何かを告げると夫人は目を丸くし「まぁ!殿下の宮に?!」と驚いた。
「もう家族じゃないか。模様替えが片付くまで宮でゆっくりすればいい」
「ありがとうございます!!」
「わぁ!殿下と一緒に住めるの?嬉しいっ!」
弾けるようなルシェルの笑顔が見られるのならずっと居てもいいと言いそうになってしまった。我慢だ。我慢。
どうせ3年経てば一緒に住むのだ。
どうせなら色々と用意させよう。その旨を伝えるとルシェルが言った。
「なんだぁ。もっと早く言ってくれれば良かったのに!」
「ごめん。ごめん。私も模様替えだとさっき聞いたんだよ」
「朝から来てくれれば良かったのに~。パパの前の奥さんとお義姉様の宝飾品を急ぎで売っちゃったのよ?3か月後に社交が始まるから待ったらもうちょっといい金額で買い取れるって言われたのにぃ」
「え?宝飾品を売ったのか?」
ハッとしてイサミア氏を見ると何故か慌ててルシェルに「宮に持って行く荷を纏めなさい」と言い出す。
茶を頼んだり忙しいなと思いつつも、ルシェルの部屋は模様替えをしていないのだろうかと気になった。
「ほ、宝飾品はリティが、そう!リティが頼んできたんです。新しい妻を迎えた私に言い出せなかったんでしょう。先妻の分とリティももう使わないので処分してくれと言うので」
「そうだったのか。確かに細君にすれば先妻の持ち物が残されているのはいい気はしないだろうな」
「そ、そ、そうなんです」
その後はまだ商会の人間が片付けているのに見ていても仕方がないとイサミア氏を急かさせ、私は彼らと宮に戻ったのだった。
折角私が食事に誘ってやったのにファリティはあっさりと断り、馬車に乗ってどこかに行ってしまった。
「なんて失礼な」
憤慨しつつ、ホートベル侯爵家に行くと様子がおかしい。
業者が来て家財道具を運び出しているのだ。
イサミア氏がいたので挨拶がてらに声を掛けてみた。
「これは殿下…こんなところに何故?」
「こんな所とは。謙遜召さるな、で?何をしているんだ?」
「模様替え…と申しますかリティも家を出ましたので不要なものを処分しようと思いまして」
「そうなのか?使えるのなら使えばいいのに」
暑くもないのに汗を拭きながらイサミア氏が答えてくれたが、ルシェルの姿が見えない。
聞けば街に母親のエマリアと買い物に行っているのだという。
ルシェルの帰りを待ちながら茶でも飲もうかと思えば使用人も全員が出払っているとイサミア氏は言う。
「全員?1人も残らずに?」
「え、えぇ。まぁ。この通り埃も出ますし一通り片付くまではと思いましてね。茶もお出ししたいのですが茶器をどこに片付けたかも判らずでして」
「そうなのか。ふーん」
茶も出ないと解ると暇をつぶせない。庭に出てみれば庭木も造園商会の人間が全て掘り起こしていた。
「模様替えにしては大掛かりだな」
「え、えぇ…そうですね。庭木は手入れも大変なので…はい」
「そんなものか。宮の庭に手を入れる際には参考にしよう」
何故かイサミア氏は隣でモジモジとして何かを言いたそうにしている。
何だろうと思い、義理でも親子になったのだからと言葉を急かしてみた。
「も、申し上げにくいのですが、殿下。良ければ数日、殿下の宮に滞在…なぁんて無理でしょうか?」
「何かあるのか?」
「いえ、何もないんですけどもこの通り模様替えをしておりますので、片付くまでの間…無理かなぁなぁんて思いまして」
「宿を取ればいいんじゃないのか?」
「そ、そうなのですが…あ、ほら!リティも嫁いで直ぐですし近くに私たちがいた方が環境の変化などにもゆっくりと順応できる‥‥んじゃないかなぁーっと‥ハハハ。いえ、無理ですよね」
「そんな事か。構わんぞ。部屋なら空いているし客間を用意させよう」
「本当ですか?!助かります」
「いや、ホートベル侯爵家には後ろ盾にもなって貰っているしな。困っている時はお互い様だろう」
ほどなくしてルシェルとその母エマリアが帰宅した。
驚く事に馬車がなく、辻馬車を乗り継いだから帰宅が遅くなったのだという。
イサミア氏は家だけではなく馬車もメンテナンスに出したので暫く足もないと言い出した。
一度に色々とやり過ぎだろう。
これまでのホートベル侯爵家は何事も綿密に計画を立てて不測の事態まで考慮をしてきたのに、やはりリティが嫁いでイサミア氏も動揺してしまったのだろうかと考えた。
「もぅ…これだけにしかならなかったわ」
不貞腐れて頬を膨らませるルシェルが愛おしくて堪らない。抱きしめたい感情が沸き上がるが流石に親の前では憚られる。なんせ今、私はルシェルではなくファリティの夫なのだ。
――3年経てば堂々と抱きしめられる――
そう思い感情に蓋をした。
何がこれだけなのかと覗いてみればテーブルに無造作に広げられているのは金だった。
何枚かの紙幣は10枚ごとに紐で輪にされていて全部で30ほど。残りは銀貨と銅貨だった。
金貨だけは金貨1枚と紙幣1枚が同価値だが、偽札が出回り銀貨対応の紙幣は廃止したのだ。
「この金はどうしたんだ?」
「このお金はっ!!むぐっ・・むぐぐぐ」
ルシェルが答えようとしているのに何故イサミア氏がルシェルの口を塞ぐのか。
親子のスキンシップは今、この場でしなくてもいいだろうに。
模様替えでバタバタしていて茶器も何処にあるか判らないと言ったのにイサミア氏はルシェルと夫人に「茶を頼む」と言い出す。
夫人に二言三言イサミア氏が何かを告げると夫人は目を丸くし「まぁ!殿下の宮に?!」と驚いた。
「もう家族じゃないか。模様替えが片付くまで宮でゆっくりすればいい」
「ありがとうございます!!」
「わぁ!殿下と一緒に住めるの?嬉しいっ!」
弾けるようなルシェルの笑顔が見られるのならずっと居てもいいと言いそうになってしまった。我慢だ。我慢。
どうせ3年経てば一緒に住むのだ。
どうせなら色々と用意させよう。その旨を伝えるとルシェルが言った。
「なんだぁ。もっと早く言ってくれれば良かったのに!」
「ごめん。ごめん。私も模様替えだとさっき聞いたんだよ」
「朝から来てくれれば良かったのに~。パパの前の奥さんとお義姉様の宝飾品を急ぎで売っちゃったのよ?3か月後に社交が始まるから待ったらもうちょっといい金額で買い取れるって言われたのにぃ」
「え?宝飾品を売ったのか?」
ハッとしてイサミア氏を見ると何故か慌ててルシェルに「宮に持って行く荷を纏めなさい」と言い出す。
茶を頼んだり忙しいなと思いつつも、ルシェルの部屋は模様替えをしていないのだろうかと気になった。
「ほ、宝飾品はリティが、そう!リティが頼んできたんです。新しい妻を迎えた私に言い出せなかったんでしょう。先妻の分とリティももう使わないので処分してくれと言うので」
「そうだったのか。確かに細君にすれば先妻の持ち物が残されているのはいい気はしないだろうな」
「そ、そ、そうなんです」
その後はまだ商会の人間が片付けているのに見ていても仕方がないとイサミア氏を急かさせ、私は彼らと宮に戻ったのだった。
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