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最終話 愛さなくていい
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ファティーナがシルヴェリオの寝かされている処置台の脇に立つと魔導士が先に、そして医師が一歩引いた。
処置で抜いた剣。その傷痕からは噴き出た血ももう垂れるほどになっていた。
ゆっくりとシルヴェリオの胸に手を当てて、目を閉じ詠唱を唱える。
周囲に溢れてしまった血液を血管内に戻すイメージをして滑らかに縫合する事を想像する。
――良かった…皆の気持ちが有難いわね――
魔導士は自然界にある色々なものを変換させて利用する。それはその場に漂う人の気持ちも同じ。誰かを応援する時に周囲も熱気にあふれ、思いを1つにする。そんな気持ちである。
この場にいるもの全てがシルヴェリオを助けよう、助かって欲しいと強く願っている。その気持ちを変換させてファティーナはシルヴェリオに治癒の力を使った。
「あ、顔色が…戻って来た!」
しかし、ほぼ死者と言ってよい状態の治癒は相当の力を使う。
内部が終わり、皮膚の深層も終わった。徐々に外側に向かって治癒をしていくが最後の最後。通常で目に見える一番外側にある皮膚に到達した時、ファティーナの魔力が尽きてしまった。
「いつもならもう少し出来るのに…」
「仕方ありませんよ。あれだけ心が乱れた後ですから」
立ち眩みを起こしたファティーナを支えたのは背を押してくれた魔導士だった。
「奥さんに怒られちゃうわね」
「レディを支えなかったら拳を叩きこまれますから」
残りはその場にいた医師に任せ、ファティーナは「出来なかった」という思いと共にその場を退くしかなかった。
医療室を出た後、ファティーナに従者が「国王陛下の元にお願いします」と言われ、つい思ってしまった。
――今じゃないとダメなの?!待ては出来ないの!――
どうせ1泊する予定だったのだからとその日は「無理!」と断り、翌日の帰国前に国王の元に出向く事をファティーナは約束し、その日は泥のようになって眠った。
魔力切れに近い状態まで力を使ったのは本当に久しぶりで翌朝起きた時もまだボーっとしていた。
★~★
翌日、国王の元を訪れたファティーナは増量した既視感を覚えた。
またもや目の前で国王と王妃が頭を下げていて、増量しているのは第1王子サミュエルと第2王子それぞれの御一家も一緒に頭を下げているからである。
「え?シード領って行かなきゃいけないんですか?」
「そうなんだ。なんとか対策を考えてみるがまず復興するのには君が行くのが最適だと思われる」
「(えぇーっ?面倒なんだけど) うーん…」
「こちらもずっと頼りっ放しというのが良くないのは解っている。しかしどうも魔力で弾かれていると思われるんだ」
だからずっと昔からシード家が管理をしてきたんだろうかと考えてみるが、父も兄もこの世にはいない。さらに面倒なのは魔力で弾かれているという事は、転移ではいけない可能性がある。
近くまで転移をして、そこから歩いて領地に入らねばならないので日帰りはまず無理。3泊4日でも怪しいところ。
家でのんびりと過ごしたいファティーナとしては面倒この上なかった。
しかし可能性があるならやってみなければならない。
シード領で採取されていた薬草はリーディス王国だけでなく待ち望んでいる人は大陸に多くいるのだ。
「判りました。一旦帰国して領地に向かう日を連絡します」
「有難い。あと…事後報告になるんだが」
「なんでしょう?」
サミュエルは言い難そうだったが、ネブルグ公爵家とケネル子爵家の廃家をファティーナに告げた。
「そうですか」
「それだけ?えぇーっと…他に何かないかな?」
「別にありません。ご愁傷様とでも言えばいいのでしょうか?」
廃家としか伝えられなくても、どんな処罰が下ったのかは考えるまでもない。
外交問題になるかまたもや王族暗殺未遂となるかの2択で、ファティーナの時と違ったのは証拠云々の前に現行犯だからである。
かつて愛していたアロンツォと言えど何の感傷もないし、マリアが従妹と言っても血の繋がりもない。
しいて言えば3親等なのでシルヴェリオが罰を受けるとなれば、「またか」と思い、そういう一族郎党な考えをどうにかしてほしいくらい。
前回は3歳の右も左も判らない子供。今回は身を挺した上に死の淵を彷徨ったのだから。
そのシルヴェリオは「色々と手続きをしている」との事なので刑の執行が遅れるのだろうかと思いながらファティーナは冷たいようだが長居する必要もないので転移で帰国をした。
家の玄関を開けるとそれまで「姉様、おかえり!」と出迎えてくれた声はない。
「これが寂しいってことなのかしらね」
そんな事を思いつつ、トランクを開けて「いやぁぁー!!」叫び声が響いた。
トランクの中から王妃殿下に借りたドレスを手に取り、「どうしよう!どうしよう!」と部屋の中を行ったり来たり。ドレスにシルヴェリオの血液が飛んでしまってシミを作っていた。
「血抜き!血抜きしなきゃ!!お湯沸かさないと!」
ガチャリと玄関が開き、「お湯はダメだよ。血を抜く時は水!」1人の青年がファティーナに声を掛けた。
「シルヴェリオ!!」
「全く。ファティ。いい?血は水洗い。その後大根を摩り下ろして完璧に抜くんだよ」
「え。えぇ…」
「僕がやるから貸して。ファティは座ってて、お茶でも淹れるよ」
――待って?なんで姉様じゃなくファティ?――
――それよりもなんでここにいる?!――
ファティーナの考えている事などお見通しなのだろうか。
シルヴェリオは王妃殿下のドレスを腋に抱えると近寄って来てそっと耳元で囁いた。
「僕のことは愛さなくていい。その分僕が愛してみせる。他の女の所に行くかどうか。生涯を通してみてくれればいいよ」
「えぇーっ?!!」
まだ何かを言わなきゃ!と座らされた椅子から立ち上がったファティーナにシルヴェリオは笑って言った。
「晩御飯、何食べたい?」
Fin
お付き合い頂きありがとうございました。<(_ _)>
この後、話数の番号が1つ繰り上がります。何故かって言うと文字数が少なかったアノ回が次の話回に吸収されて妄想閑話に生まれ変わるからでーす(*´ω`*)
コメントの返信も少しお待ちくださいね♡
処置で抜いた剣。その傷痕からは噴き出た血ももう垂れるほどになっていた。
ゆっくりとシルヴェリオの胸に手を当てて、目を閉じ詠唱を唱える。
周囲に溢れてしまった血液を血管内に戻すイメージをして滑らかに縫合する事を想像する。
――良かった…皆の気持ちが有難いわね――
魔導士は自然界にある色々なものを変換させて利用する。それはその場に漂う人の気持ちも同じ。誰かを応援する時に周囲も熱気にあふれ、思いを1つにする。そんな気持ちである。
この場にいるもの全てがシルヴェリオを助けよう、助かって欲しいと強く願っている。その気持ちを変換させてファティーナはシルヴェリオに治癒の力を使った。
「あ、顔色が…戻って来た!」
しかし、ほぼ死者と言ってよい状態の治癒は相当の力を使う。
内部が終わり、皮膚の深層も終わった。徐々に外側に向かって治癒をしていくが最後の最後。通常で目に見える一番外側にある皮膚に到達した時、ファティーナの魔力が尽きてしまった。
「いつもならもう少し出来るのに…」
「仕方ありませんよ。あれだけ心が乱れた後ですから」
立ち眩みを起こしたファティーナを支えたのは背を押してくれた魔導士だった。
「奥さんに怒られちゃうわね」
「レディを支えなかったら拳を叩きこまれますから」
残りはその場にいた医師に任せ、ファティーナは「出来なかった」という思いと共にその場を退くしかなかった。
医療室を出た後、ファティーナに従者が「国王陛下の元にお願いします」と言われ、つい思ってしまった。
――今じゃないとダメなの?!待ては出来ないの!――
どうせ1泊する予定だったのだからとその日は「無理!」と断り、翌日の帰国前に国王の元に出向く事をファティーナは約束し、その日は泥のようになって眠った。
魔力切れに近い状態まで力を使ったのは本当に久しぶりで翌朝起きた時もまだボーっとしていた。
★~★
翌日、国王の元を訪れたファティーナは増量した既視感を覚えた。
またもや目の前で国王と王妃が頭を下げていて、増量しているのは第1王子サミュエルと第2王子それぞれの御一家も一緒に頭を下げているからである。
「え?シード領って行かなきゃいけないんですか?」
「そうなんだ。なんとか対策を考えてみるがまず復興するのには君が行くのが最適だと思われる」
「(えぇーっ?面倒なんだけど) うーん…」
「こちらもずっと頼りっ放しというのが良くないのは解っている。しかしどうも魔力で弾かれていると思われるんだ」
だからずっと昔からシード家が管理をしてきたんだろうかと考えてみるが、父も兄もこの世にはいない。さらに面倒なのは魔力で弾かれているという事は、転移ではいけない可能性がある。
近くまで転移をして、そこから歩いて領地に入らねばならないので日帰りはまず無理。3泊4日でも怪しいところ。
家でのんびりと過ごしたいファティーナとしては面倒この上なかった。
しかし可能性があるならやってみなければならない。
シード領で採取されていた薬草はリーディス王国だけでなく待ち望んでいる人は大陸に多くいるのだ。
「判りました。一旦帰国して領地に向かう日を連絡します」
「有難い。あと…事後報告になるんだが」
「なんでしょう?」
サミュエルは言い難そうだったが、ネブルグ公爵家とケネル子爵家の廃家をファティーナに告げた。
「そうですか」
「それだけ?えぇーっと…他に何かないかな?」
「別にありません。ご愁傷様とでも言えばいいのでしょうか?」
廃家としか伝えられなくても、どんな処罰が下ったのかは考えるまでもない。
外交問題になるかまたもや王族暗殺未遂となるかの2択で、ファティーナの時と違ったのは証拠云々の前に現行犯だからである。
かつて愛していたアロンツォと言えど何の感傷もないし、マリアが従妹と言っても血の繋がりもない。
しいて言えば3親等なのでシルヴェリオが罰を受けるとなれば、「またか」と思い、そういう一族郎党な考えをどうにかしてほしいくらい。
前回は3歳の右も左も判らない子供。今回は身を挺した上に死の淵を彷徨ったのだから。
そのシルヴェリオは「色々と手続きをしている」との事なので刑の執行が遅れるのだろうかと思いながらファティーナは冷たいようだが長居する必要もないので転移で帰国をした。
家の玄関を開けるとそれまで「姉様、おかえり!」と出迎えてくれた声はない。
「これが寂しいってことなのかしらね」
そんな事を思いつつ、トランクを開けて「いやぁぁー!!」叫び声が響いた。
トランクの中から王妃殿下に借りたドレスを手に取り、「どうしよう!どうしよう!」と部屋の中を行ったり来たり。ドレスにシルヴェリオの血液が飛んでしまってシミを作っていた。
「血抜き!血抜きしなきゃ!!お湯沸かさないと!」
ガチャリと玄関が開き、「お湯はダメだよ。血を抜く時は水!」1人の青年がファティーナに声を掛けた。
「シルヴェリオ!!」
「全く。ファティ。いい?血は水洗い。その後大根を摩り下ろして完璧に抜くんだよ」
「え。えぇ…」
「僕がやるから貸して。ファティは座ってて、お茶でも淹れるよ」
――待って?なんで姉様じゃなくファティ?――
――それよりもなんでここにいる?!――
ファティーナの考えている事などお見通しなのだろうか。
シルヴェリオは王妃殿下のドレスを腋に抱えると近寄って来てそっと耳元で囁いた。
「僕のことは愛さなくていい。その分僕が愛してみせる。他の女の所に行くかどうか。生涯を通してみてくれればいいよ」
「えぇーっ?!!」
まだ何かを言わなきゃ!と座らされた椅子から立ち上がったファティーナにシルヴェリオは笑って言った。
「晩御飯、何食べたい?」
Fin
お付き合い頂きありがとうございました。<(_ _)>
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