あなたは愛さなくていい

cyaru

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第34話  夜会の惨劇

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「早くして、何してるの!」
「申し訳ございません!」

ネブルグ公爵家に戻ったマリアは使用人達にキツくあたる。

そんなマリアをアロンツォは見てみぬふりをして好き勝手にさせていた。どうせ使用人達は夜逃げしたファルソ男爵家に雇われた者達。
給料は払うと言ったが、その時になれば「雇い主に言え」と突き放すつもりでいた。

以前は可愛くて仕方がなかったマリアだが、騙そうと近づいてきたとはいえファルソ男爵令嬢と別の女性の味も知ったアロンツォはもうマリアにはなんの魅力も感じていなかった。

アロンツォは夜会が終われば国から救済金も支払われる。金の方がマリアよりも何倍も魅力的だし金があれば女はより取り見取り。わざわざマリアに執着する必要もない。

ただ、今回は仕方がない。救済金を国に願い出なければならないが不貞行為があったとマリアに暴露されてしまうのは不味い。

好き勝手している間の出費は確かに痛い。貸してくれる商会はなく非合法なヤカラから借りるしかなかったけれどこれも必要経費と思えばいい。

マリアもまだ「女」としては使い道があるのだから、娼館に売り飛ばせば夜会が終わり救済金が給付されるまで数日分の利息にはなるだろう。

大事の中に小事なし。
今更どうこう言っても仕方がないし救済金という大事を考えれば、黙らせておく事を優先にせねばならなかった。


わたわたしている所にシルヴェリオまで戻って来てしまったので忙しさは更に倍増。床に臥せる夫人は不参加で仕方がないが、先代公爵と当主夫妻であるアロンツォとマリア、そして公爵家なのでシルヴェリオも参加せねばならなかった。

シルヴェリオはこの1カ月間、何処に行っていたとも聞かれなかった事と、開口一番が「給料は持ってこなかったのか?」に家族への見切りが付いた。

そんなシルヴェリオをマリアが舐めるように見つめていた事に全身にナメクジが這ったかのような嫌悪感を覚えた。


★~★

リーディス王国に転移をしたファティーナ達。
シルヴェリオは言うべきことは伝えたからか、ファティーナを真っ直ぐに見て騎士の行う最敬礼を静かに取ると何も言わずに去って行った。

「宜しいんですか?」

いつも薬と引き換えに食料などを持ってきてくれていた魔導士がファティーナに問うた。

「何が?」
「いやぁ、私から見てなんですがあの僕ちゃんは結構本気だったと思うんですよ」
「気のせいよ。追い出されたくなければ誰だって必死になるわ」
「そうですかね。色々あると思いますが、切り離して考えてもいいと思いますよ」
「お節介が過ぎるとウッそうはもう手に入らないわよ」

ファティーナの心が乱れている事は魔導士も知っている。この魔導士がファティーナの心に大きな乱れがあった時に「異物」を飛ばす魔導士だからである。

ただ、人は常に平穏穏かとも限らない。実際に状況を確認するために週に1度物資交換で訪れていた。シルヴェリオとも直接にらみ合いもしたので気持ちが移ったのだろうとファティーナはやり過ごした。


慌ただしいが到着した日が夜会。
日程を削って削って極力滞在時間を短くしたのはファティーナの意向でもある。

元シード家の領地はもう王家の管轄下に入ったし、復興させる資金も13年前に託してある。金の使い道にファティーナは口を出す気は全く無かったし、もう1つの約束、僻地にいる民衆も救済して欲しいという頼みは王家が責任をもって果たしてくれている事に満足していた。


今回のファティーナは国外追放をされたのに国賓の扱い。開催時間になり、ファティーナを迎えにやって来たのは第1王子サミュエルの息子だった。
もしかするとサミュエルを飛ばして次代の国王とも言われている王子。王子妃は臨月の為大事を取って不参加の為エスコート役に抜擢された。

扉が開いた時、王子の姿が見えてファティーナの隣でまた魔導士が一言。

「がっかりしたでしょ?」

ファティーナは「ふふっ」と笑って魔導士の足の小指を狙って思い切り踏みつけた。


★~★

会場では家名と来場者の名前が呼ばれ、次々に貴族達が入場してくる。
楽団による音楽が流れ、王族が登場するまでは歓談の時。

哀しいかなネブルグ公爵家の者達に話しかけてくる者はおらず、先代侯爵やアロンツォから声を掛けると挨拶と二言三言交わせば「申し訳ございません。妻が1人になっているので」など言い訳を付けて去って行く。

他の公爵家は人が切れる事がなく「休憩させてくれ」と開始早々なのに嬉しい悲鳴をあげている。そんな姿を横目で見てアロンツォとマリアは楽団の音楽がテンポを変えた事に王族が入場してくる扉を見た。

「え‥‥」
「どうして?!」

王族でも入場する順番があり、先ずは第2王子の子供たち、そして第2王子夫妻。続いて第1王子の息子にエスコートされて入場してきたのは他国の正装をしたファティーナだった。

数歩進んだアロンツォの腕をマリアが引いた。
もうアロンツォの事はどうでもいいと見切りをつけたマリアだったが、アロンツォが熱の籠った目でファティーナの姿を追う事に激しい嫉妬を覚えた。

13年も経ち、事件は風化。シード家の家名も「そう言えばあった」と薄れた記憶の貴族達。幼さの抜けたファティーナをあのファティーナだと気が付く者はアロンツォとマリアだけ。先代公爵ですら「他国の王女を側妃に迎えるのか?」と抜けた事を呟いていた。

ずらりと並んだ王族は逐一名前を呼ばれる訳でもない。
知らない方がおかしいからである。

国王と王妃が最後に入場し、大方の予想通り「第1王子の立太子」が発表をされた。
あぁ、その為の夜会だったかと誰もが納得をし、歓談とダンスの時間が訪れた。

自由時間とも言える時間となり、アロンツォはマリアの手を振り解くとマリアの方を一切見ず、何かに憑りつかれたように真っ直ぐにファティーナと第1王子の息子の元に突進していった。

アロンツォには恥をかかされた格好になったが、マリアとしては僥倖。
この機会にシルヴェリオを控室に連れ込もうと思い、振り返るとシルヴェリオもファティーナを愛おし気に、優しい目で見つめていた。

「なんなの…いったい…お姉様、どういうつもりなの」

マリアは誰も手を付けないが食事が並べられたテーブルに向かうと肉を切り分ける用のナイフを握った。アロンツォを追いかけるふりをして後を追う。

シルヴェリオはそんなマリアがドレスの膨らみにキラっと光る刃物を持っている事を察し、駆けだした。

「ティナ。久しぶりだね」

アロンツォはファティーナに話しかけたが、ファティーナが返事を返す前にアロンツォの背からまるで飛び出たかのようにマリアがナイフを振りかぶってファティーナに襲い掛かって来た。

ほんの一瞬の出来事。アロンツォは横に突き飛ばされる格好で他家の夫人を巻き込んで盛大に転んだ。

ファティーナと第1王子の息子の前にはその側近が盾になる様にして身を滑りこませてきた。

不気味な音と同時にマリアが悲鳴を上げた。

「ちっ…違うっ!!私はお姉様をっ…」

マリアの前には振り被った肉切り用のナイフをまともに受けたシルヴェリオがガクンと膝から崩れ落ちた。
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