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第19話 経験者の言葉
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「兄ちゃん、何処まで行くんだ?グリーンラクーン村の分かれ道までなら乗せて行ってやるよ」
「ありがとうございます。助かります」
シルヴェリオは昼も夜も歩き、時に走り、眠くなれば沢の水で顔を洗ったり沢がないときは自分で自分の頬を思いっきり叩いて眠気を飛ばし、街道の端っこを行き交う商人の乗る荷馬車の邪魔にならないように歩いていた。
「旅は道連れ世は情けって言うだろ。どうせ向かう方向が同じなら話し相手がいた方がいいからなっ」
気さくな男の名前はエリオナル。
年齢はもう50歳を超えたそうだが「結婚してるけど、奥さんとは訳アリなんだ。えへっ」と笑う。
今は亡国となった国で近衛騎士をしていたようで、仕事、仕事で家族を蔑ろにしてしまったと悔いている。
「大好きな奥さんが出て行っちゃったんだ。男の独り身は寂しいぞ?兄ちゃんも奥さん迎えたら何を置いても大事にしないといけないぞ。これ、経験者のアドバイス」
「でも結婚してるんですよね?」
「書面上はね。ずーっと…契約になっちゃってさ。更新してたんだけどここ10年はその更新もできなくなっちゃってさ」
気さくな男、エリオナルの妻は9年前に神に召されたのだという。辺境で受付事務をしていて完全別居。たった一言で全てが壊れ、終ぞ許して貰う事は出来ないままとなった。
今はその辺境に期間傭兵として出稼ぎに来て任期を終えた農夫たちを農村まで送り届ける仕事をしているという。「まだ繋がってるかなって思えるから。自己満足だけど。えへっ♡」と笑う。
失礼かと思ったがエリオナルが「伯爵家当主だった」というのでシルヴェリオは聞いてみた。
「爵位を剥奪されるってどうなんでしょう」
「うーん。私は国そのものが無くなったからなぁ‥だけど領民とか使用人の事は心配だったかな」
「奥さんのことは心配じゃなかったんですか?」
「心配だったさ。だけどもう別居してたからね。ルナは…爵位なんか関係なく…うぅっ」
結婚はまだ16歳のシルヴェリオにはピンと来なかった。
安易に父親に言われて誰でもいいから結婚しようと思ってしまった事が悔やまれてならない。
そんな間柄ならエリオナルのように愛妻が天に召されても繋がりを求めるくらいに生きる支えにもならないだろうと思うのだ。
だから余計に思ってしまう。シルヴェリオから見たアロンツォとマリアは相思相愛の夫婦だった。仲が良くてマリアはどんなに貧乏でも「アロンツォと居られる事が幸せ」だと言っていた。
兄のアロンツォも同じように「マリアがいるから頑張れる」と言っていたのに言葉の裏では真逆の事をしていた。
――人って判らないな――
それは両親もそうだ。この短期間だがシルヴェリオの理解を超える事を家族は平気で行なっていた。
誰かを貶めてまで得た生活は因果応報なのか決して裕福ではなかった。
我慢と無理を強いられる中でもシルヴェリオは家族を信じていたので裏切られた気分でいっぱい。
――全てを奪われた彼女はどんな気持ちだったんだろう――
シルヴェリオよりも失うものが大きく、残る物がなかったファティーナを思うとシルヴェリオも泣いてしまった。
親子ほど年齢の離れた男2人が御者席で大泣き。すれ違う馬車は速度を落として二度見、三度見しながら遠ざかって行った。
★~★
「で、兄ちゃんは何処に行くんだ?」
「何処と言うより、先ず大きな欅の木を探しているんです。知りませんか。こぉんな感じで幹が途中で二股になった欅の木です」
シルヴェリオは右手を斜め上に、左手は少し後ろに傾けて手を突き上げ手振りで木の形状を示した。
「あ~。見た事あるな。多分アレだ」
「ありますか?!どこです?」
「何処って言うか…ルナが死んだときだからもう9年前だよ。何もかも清算して身一つでルナの働く辺境に行ってね。この仕事を始めたばかりだったんだ。年に4、5日しか会えない生活だったからルナに毎日会いたくて用もないのに受付所に通ったものさ。でも流行り病でね。感染するといけないからと隔離されてからは最後を看取る事も出来なかった。埋葬した後も会いたくて会いたくて…そんな時に見たよ」
しかし、行けども行けども欅どころか幹の細い木が疎らにあるだけ。
前回シルヴェリオが戻された場所に差し掛かったが、欅の木は見える範囲になかった。
森に入った時と様相は違っても手掛かりはこの場所しかない。
シルヴェリオは「この周辺を探してみます」と馬車を降りる事を伝えた。
「そっか。悪いな。私もこの分かれ道を左なんだ。1週間は岩場が続くし期待には添えないと思うから、ココ!って場所を探す方がいいかもな。力になれなくてすまない」
「いいえ、ここまで乗せてくださりありがとうございました」
「いいって。いいって」
にこにことエリオナルの隣から地面に足を降ろすと「忘れてた」とエリオナルが声を掛けてきた。
「ごめんって謝るのも、ありがとうと感謝を伝えるのも、愛していると告白するのもちゃんと言葉にして相手に伝えなきゃダメだ。私みたいに相手がもうこの世にいなくなると伝える事も出来ない。伝わっているだろうって自己満足で終わるならその程度の薄っぺらい気持ちだったって事だからね、じゃ!幸運を祈る!!」
ガラガラとエリオナルの引く馬車が走り去るとシルヴェリオは周囲を見渡し、森とは呼べない膝までの高さの草が生えた草むらに分け入った。
「ありがとうございます。助かります」
シルヴェリオは昼も夜も歩き、時に走り、眠くなれば沢の水で顔を洗ったり沢がないときは自分で自分の頬を思いっきり叩いて眠気を飛ばし、街道の端っこを行き交う商人の乗る荷馬車の邪魔にならないように歩いていた。
「旅は道連れ世は情けって言うだろ。どうせ向かう方向が同じなら話し相手がいた方がいいからなっ」
気さくな男の名前はエリオナル。
年齢はもう50歳を超えたそうだが「結婚してるけど、奥さんとは訳アリなんだ。えへっ」と笑う。
今は亡国となった国で近衛騎士をしていたようで、仕事、仕事で家族を蔑ろにしてしまったと悔いている。
「大好きな奥さんが出て行っちゃったんだ。男の独り身は寂しいぞ?兄ちゃんも奥さん迎えたら何を置いても大事にしないといけないぞ。これ、経験者のアドバイス」
「でも結婚してるんですよね?」
「書面上はね。ずーっと…契約になっちゃってさ。更新してたんだけどここ10年はその更新もできなくなっちゃってさ」
気さくな男、エリオナルの妻は9年前に神に召されたのだという。辺境で受付事務をしていて完全別居。たった一言で全てが壊れ、終ぞ許して貰う事は出来ないままとなった。
今はその辺境に期間傭兵として出稼ぎに来て任期を終えた農夫たちを農村まで送り届ける仕事をしているという。「まだ繋がってるかなって思えるから。自己満足だけど。えへっ♡」と笑う。
失礼かと思ったがエリオナルが「伯爵家当主だった」というのでシルヴェリオは聞いてみた。
「爵位を剥奪されるってどうなんでしょう」
「うーん。私は国そのものが無くなったからなぁ‥だけど領民とか使用人の事は心配だったかな」
「奥さんのことは心配じゃなかったんですか?」
「心配だったさ。だけどもう別居してたからね。ルナは…爵位なんか関係なく…うぅっ」
結婚はまだ16歳のシルヴェリオにはピンと来なかった。
安易に父親に言われて誰でもいいから結婚しようと思ってしまった事が悔やまれてならない。
そんな間柄ならエリオナルのように愛妻が天に召されても繋がりを求めるくらいに生きる支えにもならないだろうと思うのだ。
だから余計に思ってしまう。シルヴェリオから見たアロンツォとマリアは相思相愛の夫婦だった。仲が良くてマリアはどんなに貧乏でも「アロンツォと居られる事が幸せ」だと言っていた。
兄のアロンツォも同じように「マリアがいるから頑張れる」と言っていたのに言葉の裏では真逆の事をしていた。
――人って判らないな――
それは両親もそうだ。この短期間だがシルヴェリオの理解を超える事を家族は平気で行なっていた。
誰かを貶めてまで得た生活は因果応報なのか決して裕福ではなかった。
我慢と無理を強いられる中でもシルヴェリオは家族を信じていたので裏切られた気分でいっぱい。
――全てを奪われた彼女はどんな気持ちだったんだろう――
シルヴェリオよりも失うものが大きく、残る物がなかったファティーナを思うとシルヴェリオも泣いてしまった。
親子ほど年齢の離れた男2人が御者席で大泣き。すれ違う馬車は速度を落として二度見、三度見しながら遠ざかって行った。
★~★
「で、兄ちゃんは何処に行くんだ?」
「何処と言うより、先ず大きな欅の木を探しているんです。知りませんか。こぉんな感じで幹が途中で二股になった欅の木です」
シルヴェリオは右手を斜め上に、左手は少し後ろに傾けて手を突き上げ手振りで木の形状を示した。
「あ~。見た事あるな。多分アレだ」
「ありますか?!どこです?」
「何処って言うか…ルナが死んだときだからもう9年前だよ。何もかも清算して身一つでルナの働く辺境に行ってね。この仕事を始めたばかりだったんだ。年に4、5日しか会えない生活だったからルナに毎日会いたくて用もないのに受付所に通ったものさ。でも流行り病でね。感染するといけないからと隔離されてからは最後を看取る事も出来なかった。埋葬した後も会いたくて会いたくて…そんな時に見たよ」
しかし、行けども行けども欅どころか幹の細い木が疎らにあるだけ。
前回シルヴェリオが戻された場所に差し掛かったが、欅の木は見える範囲になかった。
森に入った時と様相は違っても手掛かりはこの場所しかない。
シルヴェリオは「この周辺を探してみます」と馬車を降りる事を伝えた。
「そっか。悪いな。私もこの分かれ道を左なんだ。1週間は岩場が続くし期待には添えないと思うから、ココ!って場所を探す方がいいかもな。力になれなくてすまない」
「いいえ、ここまで乗せてくださりありがとうございました」
「いいって。いいって」
にこにことエリオナルの隣から地面に足を降ろすと「忘れてた」とエリオナルが声を掛けてきた。
「ごめんって謝るのも、ありがとうと感謝を伝えるのも、愛していると告白するのもちゃんと言葉にして相手に伝えなきゃダメだ。私みたいに相手がもうこの世にいなくなると伝える事も出来ない。伝わっているだろうって自己満足で終わるならその程度の薄っぺらい気持ちだったって事だからね、じゃ!幸運を祈る!!」
ガラガラとエリオナルの引く馬車が走り去るとシルヴェリオは周囲を見渡し、森とは呼べない膝までの高さの草が生えた草むらに分け入った。
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