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第15話 驚きの連続
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丁度母親の寝室から私室に戻ろうとする父親を廊下で捕まえたアロンツォは周囲を見回した。使用人もいないので屋敷にいるのは4人。
この時間マリアは爵位を隠して酒場に給仕として働きに出ている。
そうでもせねば食べることも出来ないのだ。
父親も身分を隠し、顔を炭でわざわざ汚して夜明け前から魚河岸に行き、水揚げされる魚を入れる木箱を用意したり、セリが終わった後に木箱を洗浄し片づけたり、その日の売り上げを纏める経理の仕事もしている。
アロンツォは建物の解体現場に行き、廃材などを荷馬車に積み込む仕事もしている。
領地の収穫も然程に見込めないので税金が安い事が救いだが、爵位に対する税金が払えず3年前まではマリアの実家であるケネル子爵家に借りていた。
もう貸せないと言われ、今は床に臥せる先代夫人の兄の子、つまり甥っ子に金を工面してもらっている。その為、どんなに具合が悪くても先代夫人に死なれては困る。
ネブルグ公爵家の家計はもうとっくに破綻していたのだが、家督を継がないシルヴェリオは「貧乏」である事や領地を担保に金を借りている事は知っていても、親族などから金を借りている事までは知らなかった。
なので、シルヴェリオは自分だけが騎士団で3食食べられる仕事をしている事を恥じていた。騎士団で得られる給料も全て一切の小遣いを抜く事もなく給料の支給日には公爵家に持ち帰ってアロンツォに渡していた。
シルヴェリオはアロンツォが仕事から戻ったとばかり思っていたが、父親を捕まえたアロンツォに「来てくれ」と言われて腕を掴まれたままアロンツォの部屋まで連れて行かれた。
「座ってくれ」と父親の隣に座らされるとアロンツォは執務机の引き出しを引き、書類を1枚取り出した。
なんだろうかと思ってソファテーブルに差し出された書類を見て父親と声が重なった。
「えっ?!」
声は重なったが、シルヴェリオほど父親の声は大きくはなかった。
その事もシルヴェリオには驚きだった。
「父上には以前相談をしたんだが…マリアと離縁する」
「しようと思っているではなくするってどういうことだよ!」
アロンツォに詰め寄るとアロンツォはとんでもない事をシルヴェリオに告げた。
「実は2年前から付き合っている恋人が妊娠したんだ。来月には安定期に入る」
「は…ハァァーッ?!」
驚いているのはシルヴェリオだけ。
父親は驚きも少なかっただけあって恋人がいることは知っていた。
「ファルソ男爵家の娘なんだが、結婚するなら融資をしてもいいと言っているんだ」
「い、いやいや、兄上待ってくれよ。どういう事なんだ?恋人が妊娠って!不貞じゃないか!」
シルヴェリオは声を荒げたが、父親の言葉にシルヴェリオはもう口ははくはくとするだけで声が出なくなった。
「相手は知っているのか?」
「シード家の事?」
「そうだ。2度目だからな。何か条件をつけられたんじゃないか?」
「いいや。シード家の領地を売る時に仲介をしてくれたくらいだ。何もかも知った上での事だ」
「そうか。なら良いだろう。融資と後取り。これでお前も安泰だ。子爵家の出だとは言え執務も出来ない、かと言って使用人としても使えない。子供も産めない女など用はない」
アロンツォが出してきた書面は離縁届。
周辺国ではどちらからでも離縁を突きつける事が出来るようになったが、リーディス王国では未だに男性側若しくは入り婿を受け入れた側からでなければ離縁は出来ない。
離縁の理由は「子が出来ない理由がある事」「犯罪者である事」「他国の諜報である事が明確であること」などに該当すれば離縁が出来る。
アロンツォはマリアが何度も妊娠はするものの流産してしまう事で自分の子種に問題があるのではないかと考えた。しかし、今回恋人はマリアが持ちこたえられなかった週数を超えた。
まだ腹には膨らみはないものの悪阻は始まっていて、今日は医者と産婆を呼んで確認をしてもらうと言われたので仕事を休んでファルソ男爵家に行ってきたのだ。
父親はもうマリアと離縁し、新たに妻を迎え入れる事に喜び早々にペンを取ると保証人の欄にサインをした。
「マリアは持参金もなかったから返す金もない。追い出せばいいだけだ」
――追い出す?兄上なんて事を言うんだ!――
驚きを通り越したシルヴェリオにアロンツォは「すまない」頭を下げた。シルヴェリオの隣に座る父親は「判ってやってくれ」とシルヴェリオの肩を叩く。
「何を判れと言うんだよ。何にすまないなんだよ!」
何から説明をすればいいか迷っているアロンツォに代わり父親が「私が説明しよう」とサインした書面をアロンツォに手渡しながら言った。
「説明ってなんだよ」
「黙って聞け。シルヴェリオ。お前は幼かったから知らないだろう。そしてマリアが後継を生んでいれば知らなくてもいい事だったんだ。そこは判ってくれ」
まるでマリアが子供が産めないから言わねばならなくなったと言っている様に聞こえる。つまりマリアが子供を産んでいればシルヴェリオだけが知らない事実を家族は持っていたという事だ。
「シード家。判るな?お前がさっきまで憤っていた家だ。シード家と婚約したのは28年前だ」
「え?…28…数が合わない…」
シルヴェリオは指を折って数えようとしたが、マリアが27歳である事を思い出した。腹の中にいるうちは性別も判らず、婚約など出来るはずがない。
「アロンツォが最初に婚約をしたのはシード家のファティーナだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。兄上とマリアさんの仲を妬んで――」
「違うんだ。ファティーナと婚約中にアロンツォがマリアと出会ったんだ」
「そんな…じゃぁ兄上の子供を身籠ったとかって話はなんなんだよ」
「そう言うしかないだろう。お前だって兄夫婦が不貞関係からの結婚だなんて恥ずかしいだろうが。あの時は上手い事破棄に持ち込めたが2度目で今度は離縁となれば手を焼くのは目に見えている。お前も色々と外からの声を聞く事になる。先に知っておいた方がいいだろう」
シルヴェリオは今まで聞かされていた事の何が本当で何が嘘なのか判らなくなった。
アロンツォが不貞をしていたのなら結婚と違い婚約はどちらかでも破棄できる。明らかに有責はアロンツォなのにどうしてネブルグ公爵家はシード家の領地を所有しているのか。
しかもその領地は売り、母親の治療費にする為の純金貨33枚になった。その上シード家が廃家になっている事はシルヴェリオも騎士団に入団した頃に調べたので確認済み。
廃家になった印として貴族名鑑の家名に大きくバツ印があり、「ざまぁ」と思ったくらいだ。
名鑑のバツ印以上にバツが悪そうなアロンツォの顔。父親は隣で「貴族には色々ある」と訳の分からない事を言い出す。
シルヴェリオは2人の顔を見て森の中で出会った女性の声が頭の中でグルグルと回った。
【家族に聞いてみれば?ファティーナ・シードに何をしたのかを】
――逆だったのか。聞かされていた事は全て噓だったのか――
混乱する中でシルヴェリオは「事実が知りたい、知らねばならない」と強く思った。
この時間マリアは爵位を隠して酒場に給仕として働きに出ている。
そうでもせねば食べることも出来ないのだ。
父親も身分を隠し、顔を炭でわざわざ汚して夜明け前から魚河岸に行き、水揚げされる魚を入れる木箱を用意したり、セリが終わった後に木箱を洗浄し片づけたり、その日の売り上げを纏める経理の仕事もしている。
アロンツォは建物の解体現場に行き、廃材などを荷馬車に積み込む仕事もしている。
領地の収穫も然程に見込めないので税金が安い事が救いだが、爵位に対する税金が払えず3年前まではマリアの実家であるケネル子爵家に借りていた。
もう貸せないと言われ、今は床に臥せる先代夫人の兄の子、つまり甥っ子に金を工面してもらっている。その為、どんなに具合が悪くても先代夫人に死なれては困る。
ネブルグ公爵家の家計はもうとっくに破綻していたのだが、家督を継がないシルヴェリオは「貧乏」である事や領地を担保に金を借りている事は知っていても、親族などから金を借りている事までは知らなかった。
なので、シルヴェリオは自分だけが騎士団で3食食べられる仕事をしている事を恥じていた。騎士団で得られる給料も全て一切の小遣いを抜く事もなく給料の支給日には公爵家に持ち帰ってアロンツォに渡していた。
シルヴェリオはアロンツォが仕事から戻ったとばかり思っていたが、父親を捕まえたアロンツォに「来てくれ」と言われて腕を掴まれたままアロンツォの部屋まで連れて行かれた。
「座ってくれ」と父親の隣に座らされるとアロンツォは執務机の引き出しを引き、書類を1枚取り出した。
なんだろうかと思ってソファテーブルに差し出された書類を見て父親と声が重なった。
「えっ?!」
声は重なったが、シルヴェリオほど父親の声は大きくはなかった。
その事もシルヴェリオには驚きだった。
「父上には以前相談をしたんだが…マリアと離縁する」
「しようと思っているではなくするってどういうことだよ!」
アロンツォに詰め寄るとアロンツォはとんでもない事をシルヴェリオに告げた。
「実は2年前から付き合っている恋人が妊娠したんだ。来月には安定期に入る」
「は…ハァァーッ?!」
驚いているのはシルヴェリオだけ。
父親は驚きも少なかっただけあって恋人がいることは知っていた。
「ファルソ男爵家の娘なんだが、結婚するなら融資をしてもいいと言っているんだ」
「い、いやいや、兄上待ってくれよ。どういう事なんだ?恋人が妊娠って!不貞じゃないか!」
シルヴェリオは声を荒げたが、父親の言葉にシルヴェリオはもう口ははくはくとするだけで声が出なくなった。
「相手は知っているのか?」
「シード家の事?」
「そうだ。2度目だからな。何か条件をつけられたんじゃないか?」
「いいや。シード家の領地を売る時に仲介をしてくれたくらいだ。何もかも知った上での事だ」
「そうか。なら良いだろう。融資と後取り。これでお前も安泰だ。子爵家の出だとは言え執務も出来ない、かと言って使用人としても使えない。子供も産めない女など用はない」
アロンツォが出してきた書面は離縁届。
周辺国ではどちらからでも離縁を突きつける事が出来るようになったが、リーディス王国では未だに男性側若しくは入り婿を受け入れた側からでなければ離縁は出来ない。
離縁の理由は「子が出来ない理由がある事」「犯罪者である事」「他国の諜報である事が明確であること」などに該当すれば離縁が出来る。
アロンツォはマリアが何度も妊娠はするものの流産してしまう事で自分の子種に問題があるのではないかと考えた。しかし、今回恋人はマリアが持ちこたえられなかった週数を超えた。
まだ腹には膨らみはないものの悪阻は始まっていて、今日は医者と産婆を呼んで確認をしてもらうと言われたので仕事を休んでファルソ男爵家に行ってきたのだ。
父親はもうマリアと離縁し、新たに妻を迎え入れる事に喜び早々にペンを取ると保証人の欄にサインをした。
「マリアは持参金もなかったから返す金もない。追い出せばいいだけだ」
――追い出す?兄上なんて事を言うんだ!――
驚きを通り越したシルヴェリオにアロンツォは「すまない」頭を下げた。シルヴェリオの隣に座る父親は「判ってやってくれ」とシルヴェリオの肩を叩く。
「何を判れと言うんだよ。何にすまないなんだよ!」
何から説明をすればいいか迷っているアロンツォに代わり父親が「私が説明しよう」とサインした書面をアロンツォに手渡しながら言った。
「説明ってなんだよ」
「黙って聞け。シルヴェリオ。お前は幼かったから知らないだろう。そしてマリアが後継を生んでいれば知らなくてもいい事だったんだ。そこは判ってくれ」
まるでマリアが子供が産めないから言わねばならなくなったと言っている様に聞こえる。つまりマリアが子供を産んでいればシルヴェリオだけが知らない事実を家族は持っていたという事だ。
「シード家。判るな?お前がさっきまで憤っていた家だ。シード家と婚約したのは28年前だ」
「え?…28…数が合わない…」
シルヴェリオは指を折って数えようとしたが、マリアが27歳である事を思い出した。腹の中にいるうちは性別も判らず、婚約など出来るはずがない。
「アロンツォが最初に婚約をしたのはシード家のファティーナだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。兄上とマリアさんの仲を妬んで――」
「違うんだ。ファティーナと婚約中にアロンツォがマリアと出会ったんだ」
「そんな…じゃぁ兄上の子供を身籠ったとかって話はなんなんだよ」
「そう言うしかないだろう。お前だって兄夫婦が不貞関係からの結婚だなんて恥ずかしいだろうが。あの時は上手い事破棄に持ち込めたが2度目で今度は離縁となれば手を焼くのは目に見えている。お前も色々と外からの声を聞く事になる。先に知っておいた方がいいだろう」
シルヴェリオは今まで聞かされていた事の何が本当で何が嘘なのか判らなくなった。
アロンツォが不貞をしていたのなら結婚と違い婚約はどちらかでも破棄できる。明らかに有責はアロンツォなのにどうしてネブルグ公爵家はシード家の領地を所有しているのか。
しかもその領地は売り、母親の治療費にする為の純金貨33枚になった。その上シード家が廃家になっている事はシルヴェリオも騎士団に入団した頃に調べたので確認済み。
廃家になった印として貴族名鑑の家名に大きくバツ印があり、「ざまぁ」と思ったくらいだ。
名鑑のバツ印以上にバツが悪そうなアロンツォの顔。父親は隣で「貴族には色々ある」と訳の分からない事を言い出す。
シルヴェリオは2人の顔を見て森の中で出会った女性の声が頭の中でグルグルと回った。
【家族に聞いてみれば?ファティーナ・シードに何をしたのかを】
――逆だったのか。聞かされていた事は全て噓だったのか――
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