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第06話 牢への面会者
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牢番の「面会だ。失礼のないようにな」短い声に顔をあげれば薄く照らされるランプの灯りにやって来た人物が第1王子サミュエルだという事が判った。
立ち上がり、カーテシーを取るべきなのだろうがファティーナはここ3日食事らしい食事も出来ず、連日20時間近い尋問をされていたため、立ち上がるよりも「寝たい」思いの方が強かった。
「そのままでいいよ。声は聞こえるかな?」
「はい」
眠りたいが第1王子に出直せとも言えないし、背にした石の湿った壁は冷たくて当てる部分を変えることで冷たさで目が少しだけ覚めた。
「人払いはしてあるけれど、結界を張ろう。それから…中に入ってもいいかな」
「構いませんが女性と2人きりである事を妃殿下に叱られませんか?」
「お気遣いありがとう。その辺のケアは万全だ」
ファティーナの言葉に第1王子サミュエルは軽く噴き出して言葉を返した。
40を超えても未だに立太子をしていないのは国王がまだ元気だと言うのもあるし、王太子よりも王子でいる方が動きやすいからだと言う。
第1王子サミュエルも魔導士。いや魔導師と言った方が適切か。ファティーナが教えを乞うた魔導師もサミュエルの事は王子だからではなく魔導師でも一目置く存在だった。
空気の中にある目に見えない水蒸気ですらサミュエルは操り物質を転移させる。
ファティーナもかなり上級者の部類だが、サミュエルの足元にも及ばない。
ファティーナの許可にサミュエルは目の前に転移をしてくると、持ってきたのか、飛ばしてきたのか。毛布を広げてファティーナを包んだ。
「調べているんだが、僕は君の事を無実だと結論付けている」
「無実ですから。それ以外の結論は受け入れられません」
「だよね。だけど今はまだそれを立証するだけの証拠がない。あの時は僕も突然だったから声も拾う事が出来なかった」
「声…ですか?」
「あぁ。あの時夫人だけは小瓶の中身は ”毒” と言った。鑑定も何もない状態でね。腐っているのかも知れないしそういうワインかも知れないのにね。つまり夫人だけは ”毒” だと知っていたという事だ。その毒も調べてみれば…色と香りだけを似せたもの。ただ悪意しか感じない似せ方だけどね」
「ネブルグ公爵夫人が…そうですか…ふふっ」
「どうしたんだ?」
「なるほどなと。公爵家の意図が読めませんが、少なくともここに殿下以外が面会に来ない理由が解りました。ですが殿下は何故ここに?」
サミュエルはクスっと笑うとファティーナの肩から落ちてしまった毛布をもう一度肩に掛けた。ファティーナは重い瞼を開けてサミュエルの曇った表情を見た。
「言い難い事ですか?」
「言い難いね。冤罪だと解っていて認めろ‥いや違うな。判決だけ受け入れて欲しいんだ」
「では明日、私は神の御許に?」
「気が早いな。明日ではないよ。議会の招集をかけているから4、5日後だ。だけど君が今夜からする事は懺悔よりも寝る事だ」
「寝るのは構いませんが…冤罪を受け入れるのは…」
「罪を認めるんじゃない。判決を受け入れればいい」
「仰る意味がよく判りません」
「今はそれでいい。僕もまだ判らないことだらけだ。読心の魔導士が居ればいいんだが不在でね。こうなると解っていたら隣国に貸し出す事もなかったのに残念だよ」
サミュエルの言葉から神の御許に行くのはまだ先の事だと思えたのは、牢から出た後の事をサミュエルが語ったからである。
「議場を出たら僕の部下の指示に従って欲しい」
「処刑上にご案内でしょうか」
「まさか。のんびりと過ごせる場所に案内するよ。天国ほどじゃないから多少の不便はあるだろうが、気持ちが落ち着くまでは来訪者もいないよ。僕が結界を張るからね」
「殿下にそんな事までさせられません」
「いいんだ。もうすぐ1か月になるというのに全てを詳らかに出来ない僕の贖罪だ」
サミュエルに寄れば議場を出た後は当面の住み家となる場所まで案内をしてくれるらしい。但し転移で飛ばすので家に残して来たものを取りに戻る事も、街で買い物をして色々と買い揃える事も出来ないようだが。
「では、殿下。お願いが御座います」
「なんだろうか。叶えられるお願いならいいんだが」
「国に預けている私の現金などの資産ですが頼みたい事があるのです」
「そう言えば…父上がどうするんだろうと言っていたよ」
両親がファティーナに残した財産は領地と領地が生み出す利益である。
ネブルグ公爵夫妻が今回の事を画策したのならアロンツォもそれに乗ったのだろうとファティーナは考えた。
――15年間の偽家族だったって訳だわ――
牢番が言った通り婚約は破棄されただろう。頭からアロンツォの事を信じてしまっていた自分が情けなく感じた。後見であるケネル子爵が己の権限で自由に出来るのは領地のみ。
――欲しいならくれてやるわ――
先を見越し、ファティーナは預かりとなっている資産を第1王子サミュエルに託すことを決めた。
「本当にいいのか?」
「はい。天国とやらが神の御許ではないのなら考えうる判決は国外追放。だとすればこの国の金を持っていても私には無意味ですから。この程度のお願いであれば聞き届けくださいますでしょう?」
「出来なくはないが…判った。引き受けよう」
ファティーナは全てを信じた訳ではなかったが、少なくとも「冤罪だ」と言ってくれた事は素直に嬉しかった。言葉を否定される事も経験が無かった訳ではないが、四面楚歌の気分を長く味わうと感覚も麻痺するようで、してもいない事を認めるのは癪に障るが認めてしまえば楽になると気持ちが揺らぐ事もあった。
特に「認めればぐっすりと眠れる」と言われた時は認めてしまおうかと考えたこともあったくらいにファティーナの心はもうすり減ってギリギリのところで保たれていたのだから。
「ゆっくりお休み。この毛布なら石の固さも感じないはずだ」
サミュエルはファティーナの目を覆うように手をかざすとファティーナはゆっくりと意識を飛ばした。毛布は見た目は薄いのにまるでフカフカの寝台で寝ているかのような寝心地。
夢を見ることもなくファティーナは何日ぶりかに「寝た!」と思えるくらいの睡眠を貪ったのだった。
立ち上がり、カーテシーを取るべきなのだろうがファティーナはここ3日食事らしい食事も出来ず、連日20時間近い尋問をされていたため、立ち上がるよりも「寝たい」思いの方が強かった。
「そのままでいいよ。声は聞こえるかな?」
「はい」
眠りたいが第1王子に出直せとも言えないし、背にした石の湿った壁は冷たくて当てる部分を変えることで冷たさで目が少しだけ覚めた。
「人払いはしてあるけれど、結界を張ろう。それから…中に入ってもいいかな」
「構いませんが女性と2人きりである事を妃殿下に叱られませんか?」
「お気遣いありがとう。その辺のケアは万全だ」
ファティーナの言葉に第1王子サミュエルは軽く噴き出して言葉を返した。
40を超えても未だに立太子をしていないのは国王がまだ元気だと言うのもあるし、王太子よりも王子でいる方が動きやすいからだと言う。
第1王子サミュエルも魔導士。いや魔導師と言った方が適切か。ファティーナが教えを乞うた魔導師もサミュエルの事は王子だからではなく魔導師でも一目置く存在だった。
空気の中にある目に見えない水蒸気ですらサミュエルは操り物質を転移させる。
ファティーナもかなり上級者の部類だが、サミュエルの足元にも及ばない。
ファティーナの許可にサミュエルは目の前に転移をしてくると、持ってきたのか、飛ばしてきたのか。毛布を広げてファティーナを包んだ。
「調べているんだが、僕は君の事を無実だと結論付けている」
「無実ですから。それ以外の結論は受け入れられません」
「だよね。だけど今はまだそれを立証するだけの証拠がない。あの時は僕も突然だったから声も拾う事が出来なかった」
「声…ですか?」
「あぁ。あの時夫人だけは小瓶の中身は ”毒” と言った。鑑定も何もない状態でね。腐っているのかも知れないしそういうワインかも知れないのにね。つまり夫人だけは ”毒” だと知っていたという事だ。その毒も調べてみれば…色と香りだけを似せたもの。ただ悪意しか感じない似せ方だけどね」
「ネブルグ公爵夫人が…そうですか…ふふっ」
「どうしたんだ?」
「なるほどなと。公爵家の意図が読めませんが、少なくともここに殿下以外が面会に来ない理由が解りました。ですが殿下は何故ここに?」
サミュエルはクスっと笑うとファティーナの肩から落ちてしまった毛布をもう一度肩に掛けた。ファティーナは重い瞼を開けてサミュエルの曇った表情を見た。
「言い難い事ですか?」
「言い難いね。冤罪だと解っていて認めろ‥いや違うな。判決だけ受け入れて欲しいんだ」
「では明日、私は神の御許に?」
「気が早いな。明日ではないよ。議会の招集をかけているから4、5日後だ。だけど君が今夜からする事は懺悔よりも寝る事だ」
「寝るのは構いませんが…冤罪を受け入れるのは…」
「罪を認めるんじゃない。判決を受け入れればいい」
「仰る意味がよく判りません」
「今はそれでいい。僕もまだ判らないことだらけだ。読心の魔導士が居ればいいんだが不在でね。こうなると解っていたら隣国に貸し出す事もなかったのに残念だよ」
サミュエルの言葉から神の御許に行くのはまだ先の事だと思えたのは、牢から出た後の事をサミュエルが語ったからである。
「議場を出たら僕の部下の指示に従って欲しい」
「処刑上にご案内でしょうか」
「まさか。のんびりと過ごせる場所に案内するよ。天国ほどじゃないから多少の不便はあるだろうが、気持ちが落ち着くまでは来訪者もいないよ。僕が結界を張るからね」
「殿下にそんな事までさせられません」
「いいんだ。もうすぐ1か月になるというのに全てを詳らかに出来ない僕の贖罪だ」
サミュエルに寄れば議場を出た後は当面の住み家となる場所まで案内をしてくれるらしい。但し転移で飛ばすので家に残して来たものを取りに戻る事も、街で買い物をして色々と買い揃える事も出来ないようだが。
「では、殿下。お願いが御座います」
「なんだろうか。叶えられるお願いならいいんだが」
「国に預けている私の現金などの資産ですが頼みたい事があるのです」
「そう言えば…父上がどうするんだろうと言っていたよ」
両親がファティーナに残した財産は領地と領地が生み出す利益である。
ネブルグ公爵夫妻が今回の事を画策したのならアロンツォもそれに乗ったのだろうとファティーナは考えた。
――15年間の偽家族だったって訳だわ――
牢番が言った通り婚約は破棄されただろう。頭からアロンツォの事を信じてしまっていた自分が情けなく感じた。後見であるケネル子爵が己の権限で自由に出来るのは領地のみ。
――欲しいならくれてやるわ――
先を見越し、ファティーナは預かりとなっている資産を第1王子サミュエルに託すことを決めた。
「本当にいいのか?」
「はい。天国とやらが神の御許ではないのなら考えうる判決は国外追放。だとすればこの国の金を持っていても私には無意味ですから。この程度のお願いであれば聞き届けくださいますでしょう?」
「出来なくはないが…判った。引き受けよう」
ファティーナは全てを信じた訳ではなかったが、少なくとも「冤罪だ」と言ってくれた事は素直に嬉しかった。言葉を否定される事も経験が無かった訳ではないが、四面楚歌の気分を長く味わうと感覚も麻痺するようで、してもいない事を認めるのは癪に障るが認めてしまえば楽になると気持ちが揺らぐ事もあった。
特に「認めればぐっすりと眠れる」と言われた時は認めてしまおうかと考えたこともあったくらいにファティーナの心はもうすり減ってギリギリのところで保たれていたのだから。
「ゆっくりお休み。この毛布なら石の固さも感じないはずだ」
サミュエルはファティーナの目を覆うように手をかざすとファティーナはゆっくりと意識を飛ばした。毛布は見た目は薄いのにまるでフカフカの寝台で寝ているかのような寝心地。
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