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第09話 拒否されて
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シルヴェリオは寝台から飛び出るとファティーナの前に膝をついた。
「頼む!母がもう起き上がる事も出来ないんだ!出来れば屋敷に来て診てくれないか?状態を言葉で把握できるなら調合する間は待つから薬を売ってくれないか。貴女しかもう頼れない」
間を置かずファティーナは即答で答えた。
「お断りするわ。仮に引き受けたとしても貴方にお代が払えるとは思えないもの」
ファティーナの言葉にシルヴェリオは枕元に置かれたままの巾着袋から純金貨を掴めるだけ掴んで「ほら」と金がある事を示した。掴み切れていない金貨を合わせれば王都に立派な屋敷が使用人付きで4、5軒買える。
まだ若いシルヴェリオ。
やっと見つけた万能薬を作る魔導士を前に「これで母親が助かる」その気持ちでいっぱいになり配慮を怠った言葉を吐いてしまった。
「金ならある!父上から預かって来たんだ。ほら!見てくれ。純金貨だ。これだけあればこんな小屋みたいな家じゃなくて、もっと大きな店にも出来るだけの金だ!」
しかしシルヴェリオの方を見ることも、手を休める事もなく先程飲ませた薬湯を片付け始めたファティーナに「帰れ」とだけ鰾膠も無く返される。
ここで帰ることはシルヴェリオは出来なかった。
最後の頼みの綱と父親からも厳命されている。
シルヴェリオもたった1人の母親を助ける術がまだあるのなら縋るしかない。
王都中の医師だけでなく城の御殿医にも匙を下げられた。隣国の医者も呼んで診てもらったが首を横に振られるばかり。
『何とかならないのか』
『痛み止めの薬を買うにももう金がない。父上、あの領地を売ろう。兄上、いいだろう?』
『何を言うんだ。あの領地にどれだけ金を入れたか!』
シルヴェリオの提案を兄のアロンツォは「冗談を言うな」と一蹴した。
13年前に手に入れたシード伯爵家の領地は初年度だけは収益が出た。それこそ数年は他の領地が大凶作でも遊んで暮らせるだけの収益だった。利息しか払えなかった借金も全て完済できた。
しかし翌年は半分しか収穫量は見込めず、6年目からは植えた苗は全て枯れた。それだけではない。川は濁り山は地滑りを起こすし平野部は土がひび割れてどんなに水を吸わせてもカラカラ。不毛の地となり国内に流通する薬は1割にまで落ち込み、供給を他国に頼らざるを得なくなり管理が悪いと責任も問われている。
元々ネブルグ公爵家の持っていた領地も肥沃な地とは言えず、ファティーナを失った事で収穫量は豊作でも全盛期の3割。天候も不順となり耕しても食うまでに至らず領民も逃げ出してしまっていた。
一番の稼ぎ頭だった元シード家の領地には土を改良したり水路を引いたりで初年度に儲けた金をほとんど突っ込む事になったが改善にも至っていない。
家督を継いで5年目のアロンツォは金を入れた分だけは取り戻したいと躍起になっていたし、今の状態で売ったところで二束三文。今、治療代として売るよりもかつてのように収穫が見込めるようになってから売った方が取り分が大きいと反対したのだった。
しかし、他の領地は昔と同じくまた抵当を打って借金をしていたため売る事が出来ない。抵当すら打つことが出来なかった元シード家の領地しか金になるものはなかった。
日に日に容態が悪くなる一方の先代夫人を諦めきれず、縋る思いで元シード家の所有だった領地を売って金を作ったのには理由があった。
原因も判らなければ治療法も判らない。
状態は日々悪くなり諦めかけた所で行商の商人から「ファマシィ・ファティ」の存在を知ったからである。
『死者すら生き返るって本当なのか?』
『ま、まぁ…死者は言い過ぎかも知れませんが帝国の第4皇子様は失った視力も戻ったとか…ヘゼル王国では黒斑病の患者も多く助かっていますし、医者に見放された病人、怪我人が最後に拠り所とする薬屋ですよ』
『本当か!』
『嘘を言ってどうするんです?』
帝国の第4皇子は生まれた時から目が見えなかった。その皇子は今戦場で陣頭指揮を執っていると聞いた事があった。ヘゼル王国の黒斑病は発症すれば致死率100%の恐ろしい伝染病で国境封鎖をした。しかし蓋を開けてみれば死者数は2桁。収束の早さも手伝って実は黒斑病ではなかったんじゃないかとさえ言われていた。
シルヴェリオは商人の言葉を頼りにここまでやって来た。
純金貨が30枚は入っている巾着袋の口を広げて「金はある。足らなければ持って来る」というがやはり返ってくる返事は「帰れ」だけだった。
「どうして!なんで助けてくれないんだ!」
シルヴェリオの悲痛な叫びなど全く届いていないのか、寝台のシーツを剥ぎ取り出したファティーナ。シルヴェリオは堪らず手にしているシーツを奪い、床に放り投げるとその場に額を擦りつけて懇願した。
「この通り!金なら言い値で払う。家は公爵家なんだ。隣国のネブルグ公爵家。名前くらいは聞いた事はあるだろう?支払いは必ずする。だから頼むよ…」
目からはジワリと涙も滲むが、そんなシルヴェリオにやっとファティーナが「帰れ」以外の言葉を返した。
「無理よ。だって私はネブルグ家の策略によって王都追放されたんだもの」
「え?…」
「家族に聞いてみれば?ファティーナ・シードに何をしたのかを」
顔をあげ二の句を繋ごうとした時、シルヴェリオは眩い光に包まれ「うあぁっ」腕で目を覆い、次に目を開けると森を抜けた街道の真ん中で、持って行った荷物と共に座り込んでいたのだった。
もう一度森に入ろうとしたのだが、周囲を見渡せば二股になった欅の木が消えた。
そしてもう一度視線をもとに戻すと目の前にあったはずの森は消えて壁のような山肌が見えていたのだった。
「頼む!母がもう起き上がる事も出来ないんだ!出来れば屋敷に来て診てくれないか?状態を言葉で把握できるなら調合する間は待つから薬を売ってくれないか。貴女しかもう頼れない」
間を置かずファティーナは即答で答えた。
「お断りするわ。仮に引き受けたとしても貴方にお代が払えるとは思えないもの」
ファティーナの言葉にシルヴェリオは枕元に置かれたままの巾着袋から純金貨を掴めるだけ掴んで「ほら」と金がある事を示した。掴み切れていない金貨を合わせれば王都に立派な屋敷が使用人付きで4、5軒買える。
まだ若いシルヴェリオ。
やっと見つけた万能薬を作る魔導士を前に「これで母親が助かる」その気持ちでいっぱいになり配慮を怠った言葉を吐いてしまった。
「金ならある!父上から預かって来たんだ。ほら!見てくれ。純金貨だ。これだけあればこんな小屋みたいな家じゃなくて、もっと大きな店にも出来るだけの金だ!」
しかしシルヴェリオの方を見ることも、手を休める事もなく先程飲ませた薬湯を片付け始めたファティーナに「帰れ」とだけ鰾膠も無く返される。
ここで帰ることはシルヴェリオは出来なかった。
最後の頼みの綱と父親からも厳命されている。
シルヴェリオもたった1人の母親を助ける術がまだあるのなら縋るしかない。
王都中の医師だけでなく城の御殿医にも匙を下げられた。隣国の医者も呼んで診てもらったが首を横に振られるばかり。
『何とかならないのか』
『痛み止めの薬を買うにももう金がない。父上、あの領地を売ろう。兄上、いいだろう?』
『何を言うんだ。あの領地にどれだけ金を入れたか!』
シルヴェリオの提案を兄のアロンツォは「冗談を言うな」と一蹴した。
13年前に手に入れたシード伯爵家の領地は初年度だけは収益が出た。それこそ数年は他の領地が大凶作でも遊んで暮らせるだけの収益だった。利息しか払えなかった借金も全て完済できた。
しかし翌年は半分しか収穫量は見込めず、6年目からは植えた苗は全て枯れた。それだけではない。川は濁り山は地滑りを起こすし平野部は土がひび割れてどんなに水を吸わせてもカラカラ。不毛の地となり国内に流通する薬は1割にまで落ち込み、供給を他国に頼らざるを得なくなり管理が悪いと責任も問われている。
元々ネブルグ公爵家の持っていた領地も肥沃な地とは言えず、ファティーナを失った事で収穫量は豊作でも全盛期の3割。天候も不順となり耕しても食うまでに至らず領民も逃げ出してしまっていた。
一番の稼ぎ頭だった元シード家の領地には土を改良したり水路を引いたりで初年度に儲けた金をほとんど突っ込む事になったが改善にも至っていない。
家督を継いで5年目のアロンツォは金を入れた分だけは取り戻したいと躍起になっていたし、今の状態で売ったところで二束三文。今、治療代として売るよりもかつてのように収穫が見込めるようになってから売った方が取り分が大きいと反対したのだった。
しかし、他の領地は昔と同じくまた抵当を打って借金をしていたため売る事が出来ない。抵当すら打つことが出来なかった元シード家の領地しか金になるものはなかった。
日に日に容態が悪くなる一方の先代夫人を諦めきれず、縋る思いで元シード家の所有だった領地を売って金を作ったのには理由があった。
原因も判らなければ治療法も判らない。
状態は日々悪くなり諦めかけた所で行商の商人から「ファマシィ・ファティ」の存在を知ったからである。
『死者すら生き返るって本当なのか?』
『ま、まぁ…死者は言い過ぎかも知れませんが帝国の第4皇子様は失った視力も戻ったとか…ヘゼル王国では黒斑病の患者も多く助かっていますし、医者に見放された病人、怪我人が最後に拠り所とする薬屋ですよ』
『本当か!』
『嘘を言ってどうするんです?』
帝国の第4皇子は生まれた時から目が見えなかった。その皇子は今戦場で陣頭指揮を執っていると聞いた事があった。ヘゼル王国の黒斑病は発症すれば致死率100%の恐ろしい伝染病で国境封鎖をした。しかし蓋を開けてみれば死者数は2桁。収束の早さも手伝って実は黒斑病ではなかったんじゃないかとさえ言われていた。
シルヴェリオは商人の言葉を頼りにここまでやって来た。
純金貨が30枚は入っている巾着袋の口を広げて「金はある。足らなければ持って来る」というがやはり返ってくる返事は「帰れ」だけだった。
「どうして!なんで助けてくれないんだ!」
シルヴェリオの悲痛な叫びなど全く届いていないのか、寝台のシーツを剥ぎ取り出したファティーナ。シルヴェリオは堪らず手にしているシーツを奪い、床に放り投げるとその場に額を擦りつけて懇願した。
「この通り!金なら言い値で払う。家は公爵家なんだ。隣国のネブルグ公爵家。名前くらいは聞いた事はあるだろう?支払いは必ずする。だから頼むよ…」
目からはジワリと涙も滲むが、そんなシルヴェリオにやっとファティーナが「帰れ」以外の言葉を返した。
「無理よ。だって私はネブルグ家の策略によって王都追放されたんだもの」
「え?…」
「家族に聞いてみれば?ファティーナ・シードに何をしたのかを」
顔をあげ二の句を繋ごうとした時、シルヴェリオは眩い光に包まれ「うあぁっ」腕で目を覆い、次に目を開けると森を抜けた街道の真ん中で、持って行った荷物と共に座り込んでいたのだった。
もう一度森に入ろうとしたのだが、周囲を見渡せば二股になった欅の木が消えた。
そしてもう一度視線をもとに戻すと目の前にあったはずの森は消えて壁のような山肌が見えていたのだった。
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