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2- 外の喧騒

一瞬で決着がつく戦い

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肩に食い込むその結晶の切り口からは、醜い血が溢れ出ていた。
「な、なんだこの威力は……!」
彼は苦し紛れにそんな言葉を発する。一気に形勢が逆転したこの場において、彼はもう敗者確定であった。
殺すことには流石に良心の呵責があるし、かと言って逃がせない。こいつは捕らえて、何か話を聞き出すか。
そんなことを考え、俺はやっとこの緊迫した空気から解放されたような民衆の手を借りて、彼を縄でがんじがらめにした。少々雑な結び目だが、これで彼は身動き一つとれなくなる。
「た、助けてくれぇ……」
辛うじて出したその声は、悲愴さを感じさせる。
が、周囲の人々は憐れむように見るものの、誰も何もしない。悪人に対する仕打ちなんてそんなもんだろう。

「あのぅ」と、肩を叩く感覚がし、俺は振り向いた。
そこには、先程の若い女性がいた。彼女が抱く小さな赤ん坊も、涙の跡こそあるものの、もう笑顔である。それを見るだけで、あの怖い思いなんか報われると思った。
「先程は、ありがとうございました」
彼女は、深く頭を下げる。
「いえいえ、当然のことをしたまでです」とは言えず、俺はむす痒い言葉を出せずに、もごもごと口ごもることしかできなかった。

「しかし、あなたのところに何故あんな凶悪な男がいたんですか?」と、フィラは口を挟んだ。
「えっと、それは……。わかりません」
「そうですか」
あからさまに落胆した顔を見せたせいか、彼女は慌ててまた口を開く。
「あ、いや、その!私は主人と一緒にアンティーク店を経営してるんですが、彼が突然乱暴に店に入ってきて、『古文書はないか』と尋ねてきたんです。いくつか古い巻物なんかを見せたんですが、どれも違うと言って。彼が何を目的としていたのかはわからないのですが、その後彼は魔法を放って店を半壊させたんです」
彼女は細い目で瓦礫と化した店へと視線を移す。あの店に置いてあったたくさんの重要品などはあの木片の山に埋まってしまっているのだろうか。
俺は、くるりと身体を回して、今度は縄に絡まれたあの男の方を振り向いた。
「おい、お前」
「ヒィ……」
先程の狂気的な雰囲気とは一変して、怖気づいた、弱い声を出す。
「あの店に入った目的を教えろ」
できるだけドスの利いた声を出そうとしたが、結局は普通の声色で話してしまった。
「……喋ったら、俺をここから出してくれるか?」
俺は暫し悩む。
「内容によるな」
そう返した。
彼はうつむいて、ボソボソと口を動かした。
「え?なんだって?」
彼は、不明瞭なかすれた声で、
「さらばだ」
と一言いった。



その言葉の意味を考える間はなかった。
瞬きをしただけ。
その一瞬で、目の前の彼は消えていた。

後には、縛るものを無くした縄が残された。
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