ブラックドラゴン

青香

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第二章 獣人の国バネーゼ

第五話 ドラゴンの飴細工

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 「ご苦労様。疲れたかい?」
 キシムの仕事部屋に入ると、椅子に腰掛けた彼が茶色の瞳を向ける。
 「大丈夫です」
 そう答える彼女の服は埃がだらけだ。
 その汚れた服を見て、キシムには二人が真面目に働いたことが分かった。
 彼は引き出しから何かを取り出す。
 そして、スッと席を立ち立ち上がり近づいてきた。
 「二人共、よく頑張りましたね。こちらが約束の給金になります」
 二人に労いの言葉をかけながら、銀貨五枚をミリアに手渡した。

 自ら労働することで稼ぐことができた報酬に、嬉しさで自然と笑みが溢れる。
 王族生まれのミリアにとって、初めての経験だったからだ。
 手の中に光る銀貨を見て、嬉しそうにするミリア。
 それを見ていたクロノも、自分の事のように嬉くて笑顔になった。
 「クロノ君も頑張りましたね」
 キシムはクロノの頭を撫でながら労った。
 褒められたのが嬉しくて、クロノの鼻の下は伸びていた。

 「では、明日もよろしくお願いします。暗くなる前に帰るんですよ?」
 「あ、はい!明日もよろしくお願いします」
 ミリアは元気良く答えた。
 そして、キシムにディーバの事を聞いていいのかどうか迷った。
 彼なら詳しく知っているのでは、と思ったからだ。

 部屋から立ち去ろうとしない彼女に違和感を感じて、キシムは問いかけた。
 「どうかなさいました?何か心配事でもお有りかな」
 その言葉に迷いが払拭される。
 思い切って問いかける事にした。
 「先程カリムさんから聞いたんですけど、ディーバさんは今日、戻ってきますよね?戻って来るのが遅いと心配していたようなので、大丈夫なのかなと、私も心配で」
 ミリアの心情がわかると、彼は余計な心配かけまいと明るく答える。
 「そうでしたか。まぁ、私達運び屋の商売はトラブルが付き物ですからね。トラブルと言っても、荷車が故障したりとか、道が通れないとかで遅れる事は良くあるんですよ。もし仮に何かに襲われたとしてもディーバは強いですから、まったく問題ないですよ。その内帰って来ます」
 彼が話す内容は、先程カリムが言っていた内容と同様だ。
 彼等のディーバに対する信頼感が絶大なのがよくわかる。
 確かに、彼の巨躯を見れば疑う余地がない。
 半獣人も身体的に優れているが、彼のような純粋な獣人は、それを凌駕する身体能力を持つ。
 戦闘においてそれは有利に働き、窮地に陥る可能性は低いだろう。
 ーー私が気にしすぎなのかな。
 キシムの言葉に、そう思った。
 「サリーさんにもそう伝えておきます」
 「えぇ。よろしくお伝えください」
 にこやかに対応してくれるキシムへ挨拶をすると、ミリアとクロノは部屋を出た。

 クロノの手を握り、階段へ向け歩きだす。
 「じゃあ、お掃除頑張ってくれたご褒美に、飴を買いに行こうか」
 その言葉に、クロノの表情は一瞬で明るくなる。
 「早く行こう!」
 急かす様にミリアの手を引っ張った。

 運び屋の建物を出る。
 賑やかな露店の間を通り、飴細工の店を目指した。
 途中、野菜や果物や衣類などを手渡してくれた店主達に会った。
 「昨日はありがとうございました!」
 「お?いい笑顔になったな!アンタは笑ってたほうが可愛いぜ」
 「そ、そんな」
 「サイズぴったりだね。良く似合ってるよ」
 「ありがとうございます!」
 笑顔でお礼の言葉を述べる彼女に、彼等も笑顔を返す。
 朗らかな彼女の姿に、店主同士で安心したような会話も聞こえた。
 ーー良い人達。
 彼等の人柄に触れ、より一層この街が好きになった。

 飴細工の店が見えてくると、クロノの感情は高まり興奮する。
 「早く行こう!」
 手をグイグイと引っ張り、早くと急かす。
 その姿に子供らしさを感じて、ミリアは微笑んだ。
 売り場にはキラキラと艶めく飴細工が並んでいる。
 一つ一つ手作業で作り上げた商品は、動物を模した物、花を模した物、果物を模した物など、形が多種多様だった。
 飴細工に施された彩色も見事な物だ。
 「いらっしゃい。何がいいかな?」
 店主は中年の男性で、落ち着いた雰囲気のある狐族の半獣人だった。
 黄色の毛並みで、耳がピンッと上向いている。

 クロノは瞳を輝かせて、一つ一つ眺める。
 宝石のような輝きを見せる飴細工。
 見惚れるように見ていたが、ある生物を模した物に目が止まった。
 ーーなんだろう、これ。
 その一種類だけ、彩色が黒くて良く目立っている。
 「ねぇ、ミリア。これなに?」
 クロノが指を挿したのは、ドラゴンを模した飴細工だった。
 そこまで精巧な作りでは無いにしろ、ツノや長い尾などが整えられ、それがドラゴンだとわかる細工。
 「それはドラゴンだ!カッコイイだろう?」
 ミリアが答える前に、店主が答えた。
 「カッコイイね!」
 「だろう?ウチで人気の商品だ。いかがですか?」
 店主がミリアの顔を見て勧めてきた。
 しかし、ミリアは疑問を持った。

 ドラゴンと言えば、四百年前に実在した生物だ。
 今は絶滅して存在はしないが、かつて最も恐れられた存在だと伝えられている。
 畏怖の存在であるはずのドラゴン。
 それなのに子供向けの人気商品という事が、どうにも引っかかる。
 ーー怖いと思わないのかな?
 ミリアは店主に問い始める。
 「ドラゴンが良く売れるんですか?」
 「そうですよ?子供に人気があってね」
 店主は笑顔で答える。
 「子供に、ですか?」
 なおも続く質問に、店主は怪訝そうな顔をした。
 だが、目の前の女性が人間だと言うことがわかると理由を話し出した。
 「あぁ、そうか。お嬢さんは人間だもんな。人間にとっては恐怖の対象だったかも知れないが、獣人にとっては守神みたいな存在なのさ。だから、子供向けの絵本でも、ドラゴンは良いやつとして登場するしね」
 「絵本で、ですか?」
 店主の言葉に、自身の記憶を辿る。
 子供の頃、母親に絵本を読んでもらった事がある。
 その絵本には、ドラゴンは悪者として登場する。
 そんなドラゴンを、最後は皆んなと協力してやっつける。
 そんな結末だったはず。
 「そうなんですね。すみません知らなくて」
 「いや、知らない方が普通さ。さて、それが気に入ったかい?」
 食い入るように見ていたクロノは、大きく二回頷いた。
 「それがいいの?」
 再度確認の為にミリアは聞いた。
 「うん!」
 声を弾ませて返事をするクロノを見て、ドラゴンの飴を購入する事にした。

 「それじゃあコレ、一つお願いします」
 「わかりました。僕、好きなの取りな。お母さん、お代は銅貨二枚になります」
 ーーお、お母さん!?
 驚いて背筋が伸びる。
 確かに周りから見れば、親子に見えなくもない。
 なんだか恥ずかしいと言う感情が湧き、むず痒く感じる。
 だが、否定しても説明に困る。
 ここはあえて否定はせずに済ます事にした。

 顔を少し伏せ、銀貨一枚を渡す。
 「おつりです。ありがとうございました」
 おつりを受け取ると、足早にその場を離れた。
 暫くそのまま街の中を進むと、クロノが問いかけてきた。
 「お母さんって、どうゆうこと?」
 ミリアは戸惑いながらも、冷静を務めて話す。
 「クロノを産んでくれた人ってことなんだけど、勘違いしたのね」
 そう聞いたクロノは、何やら考えているような顔付きをする。
 「どうしたの?」
 クロノに声をかけると、真剣な眼差しで此方を見上げた。
 「クロノにも、お母さんがいるの?」

 唐突な質問だった。
 
 どう答えるべきか少し考える。
 ーー生まれたからには母親がいるはずよね。何か覚えていたらいいんだけど。
 そう思いつつ話す。
 「クロノにも、お母さんがいるよ。何処にいるんだろうね?何か思い出せる?」
 クロノは顔を横に振る。
 「そっか。きっと何処かに居るはずだから、一緒に探そうね」
 「うん!一緒に探す!」
 無邪気に喜んでいるクロノ。
 しかし、ミリアは心の中で、見つからないかもしれないと思っていた。
 何せクロノの記憶には、その鱗片すらなさそうだ。
 手掛かりが何も無い状態で、見つけるのは困難だろう。
 だが、悪戯に目の前の幼い子供を傷つける必要はない。
 いずれ何かを思い出してくれるまで、あまり触れない様にしようと思った。

 日が少し傾く中、二人は帰り道を行く。
 クロノは串に刺さったドラゴンの飴を、宝物の様に眺めている。
 よほど嬉しかったのか、上機嫌だ。
 不思議なのは、時間が経っても食べる様子がない事。
 「食べないの?」
 そうと聞くと、ミリアを見上げてニコッとする。
 「サリーに見せるの!」
 「そっか」
 クロノは視線を宝物に戻し、見つめていた。
 小高い丘の坂道を、二人は手を繋ぎ、並んでゆっくりと歩いた。

 「サリー!」
 家に着いた途端、クロノは叫んだ。
 ドラゴンの飴細工を握りしめ、甲高い声を発しながら、サリーの元へと駆け出す。
 「あら、おかえりなさい。どうしたの?」
 「コレ見て!」
 クロノは宝物を自慢する様に、サリーに飴細工を見せる。
 「わぁ、カッコいいね!」
 誇らしげに見せるドラゴンの飴細工に、サリーは驚いてあげる。
 その反応に、エヘヘと声を出して喜ぶクロノ。
 その背後で、ミリアが帰宅した事を告げる。
 「ただいま戻りました」
 真新しいワンピースは、埃がかかり少し汚れている。
 ーー頑張ったんだね。
 サリーはそう思うと、二人を労った。
 「お帰りなさい。頑張ったわね!」
 「頑張った!」
 サリーの言葉に、クロノは誇らしげにそう言い胸を張る。
 そして、サリーに見せた事で満足したのだろう。
 ドラゴンの飴の包みを外して、頬張り始める。
 口の中で、砂糖の甘味がジワジワと広がっていく。
 甘い味が気に入ったのか夢中になって舐めていた。

 サリーは夕食の調理をしている。
 ミリアは手を洗い、それを手伝いながら二人は話し始めた。
 「今日のお仕事はどうだった?」
 「初日だったので、大きなゴミをまとめるだけで精一杯でした。サリーさんが『男ばっかりで掃除しない』って言ってた意味がよく分かりました」
 「ははは、そうだろ?やったらやりっぱなしなんだから、男はさ」
 「中身の入ってない麻袋とか、書類をクシャクシャに丸めた物とか、たくさんありました」
 今日の出来事を思い出しながら、話していくうちに可笑しくなる。
 自然と笑みを溢しながら、しばらく話していた。

 サリーは食器に手をかけて、思い出したかの様にミリアに質問する。
 「今日、ディーバは帰って来そうだったかい?」
 息子の分を用意するべきかどうか、判断する為だ。
 ミリアは、カリムとキシムから聞いた話を伝える。
 「今日帰って来る予定みたいでしたけど、まだ帰って来てませんでした。『よくある事だ。サリーさんによろしく伝えてくれ』ってキシムさんが言ってました」
 「そうかい」
 それを聞いて、四枚手に取っていた皿を三枚に減らした。
 「じゃあ、今日も帰って来ないかもしれないね。一応四人分は作ったんだけど、とりあえず三人分用意しましょう」
 そう言って、作った料理を盛り付けていく。
 「よくある事なんですか?」
 「そうね。ニ、三日帰らないことはよくある事だから。帰って来たら来たで、メシだの洗濯しといてだの手間が掛かるから居なくてもいいけど!まぁ危ない事もある仕事だからね。親としては心配だよ」
 そう言ったサリーの表情は、少し悲しげだった。
 「ま、図体がデカくて頑丈な子だから、余計な心配しなくていいさ!明日の朝、ドアを勢いよく開けて入って来るだろ」
 朗らかに言うが、アレがいつもの光景なのだろう。
 ミリアもあの音に驚いていたので、すぐに思い浮かべる事ができる。
 あの時は、三人とも驚いて口を開けていた。
 その光景が可笑しく、自然と笑みが出る。
 「今日の朝みたいに、バン!って大きな音で」
 「いつかドアが壊れるからやめなさいって何回も言ってるのに、全然聞かないんだから!もう!」
 サリーは怒りながらも、その顔にいつもの笑顔が戻る。
 「ミリア!大変!」
 唐突に声を出して、クロノが近寄って来た。
 飴がなくなり、空になった串を突き出している。
 「甘いのがしなくなったら、なくなっちゃった!」
 驚きと戸惑いの表情で、焦るクロノを見ていたら、二人は笑いだした。
 なぜ笑っているのか分からず、呆けて此方を見ているクロノに、ミリアは優しく話しかける。
 「飴はね、口に入れていたら、溶けてなくなっちゃうの。また食べたい?」
 「うん!」
 「じゃあ、明日も一緒にお掃除頑張って、また買いに行こうね」
 「わかった!明日も頑張る!」
 また買ってもらえると、目を輝かせるクロノ。
 見ていたサリーは、恍惚の表情を出し悶える。
 「可愛いわねぇ」
 その言葉に、ミリアも軽く頷き肯定した。
 飴を買う約束をした事に満足して、クロノは再びテーブルのある部屋に戻っていく。

 キッチンで二人きりになると、ミリアはサリーに話を切り出した。
 ポケットの中に入れていたお金。
 その全部を取り出すと、サリーに差し出した。
 「サリーさん。今日稼げたお金です。クロノのご褒美に少し使ってしまいましたが、受け取って下さい」
 ミリアは、怪我の治療から食事の用意などで、費用がたくさんかかっている事を申し訳なく思っていた。
 その為、少しでも足しにして欲しい願いから取った行動だった。

 しかし、サリーは受け取らない。
 「ミリアちゃん、気持ちは嬉しいわ。でも受け取れないの」
 軽く微笑むと、その理由を話し出す。
 「ミリアちゃんがクレスタに帰る時に、運び屋に頼んだとして、安くても銀貨百枚はいるの。その時の為に、コレは貯めておかないとね」
 差し出された手の平を自らの手で包み、ミリアに銀貨を握らせる。
 「でも!」
 それでも食い下がる彼女を、サリーは優しく宥める。
 「その分私の手伝いをしてくれたら十分よ。ミリアちゃんとクロノちゃんがいてくれるから、この家が明るくなったし、寂しくもなくなったしね。対価はそれでいいの。ね?」
 彼女の意思は固く、何を言っても受け取ることはないだろうと思う。
 その言葉を肯定する為に頷くと、ミリアは差し出したお金をポケットに戻した。
 「ありがとうございます。甘えさせてもらいます」
 素直に応じてくれたミリアの顔を見て、サリーは微笑む。

 その微笑みに、ミリアは誓いを立てた。
 ーーいつか必ず、恩返しをしよう。
 そう決断した。

 盛り付けが整い、テーブルに運んだ。
 すると、どこから見つけて来たのか、クロノは一冊の本を開いて見ていた。
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