幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 俺の名はカイル。
 目玉焼きには塩の、少数派二十歳だ。

 今の俺は、夢の世界で、ティナと痴話喧嘩している。
 まったく、夢の世界でも、ティナの可愛さは変わらないな。
 しかしだ。

 「ティナ。卵焼きが、何でこんなに甘いんだって聞いてるんだ!」
 「え?だって~」

 こんな甘い卵焼きなど、食べた事がない。
 もはやご飯のオカズではなく、スイーツの域だ。
 作ってくれたのは嬉しいが、これでは食が進まない。
 塩と砂糖を間違えたのか?

 「間違えたのか?」
 「ううん!そうじゃないよ!」

 いや、元気良く否定されても!
 だが、そんな姿も可愛いぞぉ!ティナ!

 「じゃあ、どうしたって言うんだ」
 「ほら、カイルは甘い物が好きでしょう?」
 「あぁ」
 「だから!」

 『だから!』って!
 そんな安易な調理しちゃうのかよぉ!
 しかし、しかしだな!
 そんな可愛い風に言われたら、許しちゃおうかなぁ。
 ほら、これ夢だし?
 怒っていても損だよな。
 うん、そうしよう。

 「しょうがないな、ティナは」
 「えへ~」
 「俺のために作ってくれたんだから、全部食べるぞ?見てろよぉ!?」
 「キャ~!カイル素敵ぃ~!」

 ウヒャャ!
 めっちゃ楽しい!
 思わずキャラ崩壊してるな、俺!

 てんこ盛りの卵焼きを頬張る。

 「愛の味がするよ!ティナ!」
 「あぁん、カイル!そんな事、言っても何も出ないわよ~?」
 「本当さ!こんな美味しい物、ティナにしか作れないよ!」
 「もぉ、カイルったら~」

 くぅぅぅ!
 モジモジするティナ、可愛い!
 抱きしめたくなる!
 歯が浮きそうな台詞も、スラスラ出てくる!
 夢の世界、最高っ!!

 ハッ!

 俺は気付いた。

 い、いまなら、キ、キスしてもいいんじゃないか!?
 これ、夢の世界なんだろう!?
 俺の好きに出来るんだろう!?

 バクバクと、心臓が高鳴る気がする。

 いや、しかし、夢だからと、ティナとそんな事していいのか?
 そういうのは、結婚してからと自分で決めただろう?
 そうだ、そんな事をしてはいけない。
 ティナに失礼だろ。

 「んっ」

 そんな俺の思考を読み取ったと言わんばかりに、ティナは目を瞑り、唇を軽く突き出した。

 んはぁ!!
 い、いいのか!?ティナ!?
 お、俺は、俺は!俺は!!

 夢なのに、発汗している感覚。
 フラフラと、ティナに近づいて行く。

 あぁ、あぁ!
 抗えない、抗えない!
 ティナの柔らかそうな唇が、俺を魅了している!
 か、覚悟を決めろ!カイル!

 そのまま目の前に立ち、ティナを抱き寄せる。

 「キス、するぞ?」
 「うん、いいよ。お兄ちゃん」
 「本当にするぞ!?」
 「いいよ。お兄ちゃんなら私」

 ん?お兄ちゃん?

 バチッと目が覚めると、目の前にはプリシラの顔があった。
 顔を紅潮させ、瞳を麗して、俺の目を見つめている。
 そして、ゆっくりと瞳を閉じ、唇を噤んだ。

 「ち、違うんだぁ!?」

 俺は飛び起きた。
 勢い余り、ベットから転げ落ちる。
 床から見上げるプリシラは、顔を赤くし、唇を艶めかせて、こちらを見ていた。

 「寝惚けてて!違うんだぞ!?そうじゃないんだ!」

 混乱して焦り、大声で叫んでしまう。
 そんな声に驚き、両親が部屋へ飛び込んできた。

 「どうした!?」
 「カイル!?」

 俺の体は硬直した。

 終わった。
 妹にキスしようと迫ったなど、例え寝惚けいたとしても、許される事ではない。
 弁解など、無理だ。
 うぅっ。
 家族から冷たい目線を向けられたら、俺はどうしたらいいんだ。
 もう、生きていけない。

 幸せな夢から、ドン底の現実。
 さっきまで、あんなに幸せだったのに。
 あまりの落差に、俺は魂が抜けかけていた。
 そんな魂を鷲掴みしてくれたのは、妹だった。

 「お兄ちゃんったら、寝惚けて夢を見ていたみたいだよ?」

 俺は呆けた顔をしていたが、鷲掴みされた魂の方は、救済された嬉しさで涙を流していた。
 そして『プリシラ様、ありがとうございますです』と何度も頭を下げて、自分の体へと戻った。

 「そうだったの?盛大に寝惚けたわね!」
 「ハハッ!あんなに叫ぶなんて、どんな夢見たんだい?カイル」

 両親は妹の言葉を疑わず、むしろ俺の夢に興味を示した。
 たが、『ティナの夢を見ていた』とは恥ずかしくて言えず、俺は顔を赤くした。

 「ん?そうか」

 父ベイルが何かを察した。

 「母さん、カイルも成人の男だ。分かるだろう?」
 「え?あ、あぁ、そういう感じの?あらあら」

 急に両親が余所余所しくなった。

 「それじゃ、母さんご飯の用意するから、行くわね?」
 「あ、僕も手伝うよ」

 そうして二人は出て行こうとしたが、母を先に送り出し、父は振り返った。

 「カイル、そういう夢を見るのは、健全な証拠だからな!父さんは分かってるぞ!」

 グーサインを突き出し、父は部屋を出た。

 なんか違ぁう!絶対何か勘違いしてる!
 たしかに、そんなテイストな感じの夢だけど!
 もっとライトだからね!?
 全然ハードじゃないんだからね!?
 誤解解きたいけど、言えねぇよっ!!
 うぅ。

 俺が項垂れていると、プリシラが声をかけた。

 「お兄ちゃん?大丈夫?」

 あぁ、そうだ。
 プリシラのおかげだった。

 「大丈夫だ。ごめんな?」
 「ううん!プリは平気だよ!お兄ちゃんがしたいなら、キスくらい!」
 「ぶふぅ!」

 思わず吹き出した。

 はっきりとキスって言うな!
 いや待て。
 キスくらい?

 「嫌じゃ、ないのか?」
 「うん!お兄ちゃんだもん!」

 妹は満面の笑みで、さも当然の様にそう言った。
 俺は自分が勘違いしていたことに気づく。

 そうか、家族だもんな。
 思えば、プリシラが小さい頃、父さんも『可愛いでちゅねぇ!』ってキスしてたよな。
 そういう延長線上の話なのだろうか。
 そうだとしたら、兄妹でキスするのは、そんなにおかしい事では、ないのかもしれないな。
 しかし、な。

 「どうしたの?お兄ぃちゃん?」

 プリシラは可愛い顔で、俺を覗き込んだ。

 俺はキスする相手は、好きな人と決めている。
 自分で言ってて、恥ずかしいがな!
 だからプリシラにも、そうであって欲しい。
 それは俺の我儘かもしれない。
 だが、いつか出来る好きな人の為に、それは残しておいて欲しいな。

 「プリシラ」
 「なぁに?お兄ちゃん」
 「例え平気だとしても、それは一番大事な時まで残しておくんだ」
 「大事な、時?」
 「あぁ。本当に大事な時までな」

 プリシラは少し考えた後、頬を赤くして下を向いた。
 そして喋りながら顔を上げ、頬を染めたまま笑顔を振りまいた。

 「うん。お兄ちゃんの言う通りにする。プリは、その時を待ってるね!」
 「うん?あぁ、そうしてくれ」

 妹の言い回しが、いまいちおかしい様な気がする。
 だが、分かってくれたならいいか。

 ーーハァ。

 何か起きたばかりなのに、疲れたな。

 そんな俺の目の前で、妹は背中についたファスナーを下ろし始めた。
 
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