幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 妹を抱いたまま俺は、門前に佇む人物の目の前に行き、即座に頭を下げた。
 こういうのは、一秒でも早く行動する事が肝心だ。

 「お待たせして申し訳ない。プリシラが迷惑を掛けました」
 「あぁん?何だ、テメェ」

 少しガラが悪い様だな。
 騎士団関係の仕事なのだから、荒っぽくなければ勤まらないのかもしれない。
 しかしそんな事は、今は関係ないか。
 無礼を働いたのは此方なのだから、低頭姿勢で行かなければ。

 「本当に申し訳ない。どうか許して欲しい」
 「だからお前は何なんだよ!」

 男は大声で叫んだ。
 相当怒っているなと思い、どう切り返すべきか考えを巡らそうとした時、耳元で確かに聞こえた。

 「ゴミ虫が」

 そしてプリシラが自ら立ち、男の方へツカツカと歩み寄り、男の襟首を掴んだ。

 「おいゴミ虫。プリの!お兄ちゃんに!!舐めた口聞くんじゃねぇぇ!!!」
 「ぐぅえぇぇぇ!!」

 叫ぶと同時に、男の顔面を思いっきり殴りつけ、男は勢いよく吹っ飛んだ。

 あまりの出来事に、俺は体が固まってしまった。
 久々に『暴虐』スキルを目の当たりにしたのもあったが、何より同僚をゴミ虫扱いする妹に驚いた。

 いや、だって酷くない?
 荷物持って来てくれてさ、おまけに長時間待たされてんだよ?
 それで労うどころか、ぶん殴るなんて!

 「プリシラ!何やってんだ!」

 俺は急いで男の元へ駆け出そうとしたが、妹に手を握られ引き止められる。

 「お兄ちゃん、帰ろう?ほら!荷物は回収出来たから!」

 妹は満面の笑みで、小さめのボストンバックを見せた。
 白いフリルが付いて、可愛らしいバックだな。
 プリシラに良く似合うよ。
 一泊するだけなら、この大きさで十分だろうな。
 明日の着替えと、寝るときの軽装と。
 それだけ入ればいいのだから。

 って違う違う!
 あの男はガン無視か!

 「介抱しないと。あの人、お前の部下なんだろう?」
 「えっ?」
 「えっ?」

 何だ、その反応。
 違うのか?

 「なぁに?部下って」
 「あの人、仕事仲間じゃないのか?」
 「違うよ?」

 じゃあ、あの人何者なんだよ!
 命令に従う立場なんだろう!?
 関係性が、わかんねぇよ!
 あ!
 いや、あり得るのか?
 だいぶ年上に見えたが。
 え?ああゆうのが、タイプなの?
 しかし恋人の事を聞くと、また睨まれるかもしれん。
 だが、もしそうなら、兄として正式に挨拶しなければならないし。
 えぇい!

 「あ、あのな、プリシラ」
 「なぁに?お兄ちゃん」
 「その」
 「どうしたの?」

 プリシラは瞳を麗して、俺を見る。
 その瞳は月明かりに照らされ、とても綺麗だ。

 クソォ!
 聞きづらい!めちゃくちゃ聞きづらい!
 だが、いつまでも先延ばし出来ないぞ!
 ストレートに聞いてしまえ!

 「その。あの人とは、どんな関係なんだ?」

 言えた!
 凄いぞ、俺!
 ここ最近で、一番勇気を出した!
 さぁ、聴かせて貰おうか!

 「知らない人だよ?」
 「えっ?」

 予想外の答えに、思考が停止する。

 「プリが帰ってくる時にね?『金目の物を寄越せ』みたいな事を言って近づいて来たから、ボッコボコにしてやったの!殺してやるつもりだったんだけど、『何でもするから命だけは~!』って言うから、特別に生かしてあげたんだよ?」

 いや、言ってる事が怖ぇよ!
 改めて『暴虐』スキルが恐ろしいと思わせるわ。
 だけどアレだな。
 殺さないで生かしてあげたんだ。
 スキルの影響を受けようが、心の中は優しいんだな、プリシラは。
 本当に、良い子に育った。

 「そうか。プリシラは優しいな」

 俺は妹の頭を撫でた。

 「うにゃ~。もっとプリを褒めてぇ」

 プリシラは、嬉しそうに俺の手を受け入れる。

 暫くそうしていたが、そろそろ帰らなければな。
 俺と妹は、父さんと母さんが待つ我が家へと、歩き出した。
 そんな二人を、月明かりは幻想的に照らすのだった。

 って違う違う!
 危うく、そのまま帰るとこだったわ!
 あの男を介抱しないと。

 「プリシラ。少しここで待っててくれ。俺は、あの男を介抱してくる」
 「お兄ちゃん、必要ないよ?」

 いやいや!あんな所で死なれても困る!
 毎日パトロールしなきゃ行けないんだから、死亡現場なんてあったら気味が悪いだろう!

 「死なれても困るしな。それに、命だけは取らない約束なんだろう?」
 「あんなゴミ虫と、約束なんかしないよ」

 冷酷だな!
 困った。
 上手く丸め込む方法はないかもしれん。

 「そうか。なら、俺が助けたいと思ったから、介抱してくる。だから、少しだけ、な?」
 「お兄ちゃんが言うなら。うん、ここで待ってるよ」

 良かった、素直に応じてくれて。
 しかし派手に飛んでいたからな。
 生きているだろうか。

 俺は不安と共に、男の元へ駆け寄った。

 地に伏す男。
 仰向けにさせると被害状況が見えた。
 殴られた箇所の頬は腫れ上がり、歯が何本か折れている。
 さっきは頭を下げていたから気がつかなかったが、他に何箇所も、殴られたような跡が体にある。

 「オイ、オイ!大丈夫か?」

 軽く肩を叩いて呼びかける。
 すると、男は気絶から回復した。

 「うぇぇ!?あれ?ここは?イテテテ!」

 良かった、生きている。

 男は頬を抑えながらも、動き出した。
 多少、意識の混濁があるようだが、大丈夫そうだ。

 「生きていて良かった。命を拾ったと思い、人生を見直せ」

 これに懲りたら、強盗など生業にせず、真っ当に生きて欲しい。
 そう思い、思わず出た言葉だった。

 「あぁ?なんでテメェにそんな事、言われなきゃなんねぇんだよ!?」

 ダメか。
 俺の言葉など、大して響くわけないな。
 まぁ、いつか懲りる時が来るだろう。

 そう思い立ち上がったが、背後に異様な圧力を感じて振り返った。

 「お兄ちゃんに口答えするなんて!この!!ゴミ虫が!!!」

 血管を浮き立たせ、鬼の形相で仁王立ちするプリシラ。

 「死ねぇぇぇええ!!!」
 「ひ、ひぃぃぃ!?」

 拳を振りかざし突進しようとする姿に、男は慄き恐怖する。

 「待て待て!プリシラ、やめるんだ!」
 「あん!お兄ちゃん、もっと抱きしめていいよ!」

 俺は二人の間に入り、妹を抱きしめて止めた。
 そして男に目線を送り、早く逃げろと顎で合図する。

 「す、すみませんでした!もう、もう、しませんから~!」

 男は腰が抜けたように、ヨタヨタしながら逃げていった。

 「お兄ちゃ~ん」

 静かになり、プリシラの猫なで声だけが響く。

 ふぅ。
 なんとか、凌いだな。
 あれだけの恐怖に当てられたのだから、あの男が改心してくれたら良いが。
 まぁ少なくとも、か弱そうな女の子を狙う事は、無くなるだろう。
 世の中には、プリシラのような女性もいるのだから。

 「帰ろうか、プリシラ」
 「うん!お兄ちゃん、さっきみたいにお姫様抱っこして?」

 そういえば、そんな事したな。

 急がなければと、勢いでやったが、よく考えれば恥ずかしい事をしたもんだ。
 あれは、ちょっと抵抗がある。
 どうしたものか。
 あ、たしか、家を出る前に、手繋ぎをして欲しそうだったよな。

 「あれは、少し恥ずかしい。手繋ぎでいいか?」
 「うん!手繋ぎでもいいよ!えへへ!」

 俺は妹の手を取り、歩き出した。
 相変わらず、小さい手だな。
 まぁ、女性らしいと言えば、その通りなのだが。

 「お兄ぃちゃん?」

 プリシラが俺の顔を覗き込む。

 「うん?どうした」
 「何でもないよ!えへっ!」
 「そうか」

 俺と妹は、帰宅の路を辿った。
 そんな二人を、再び月明かりが幻想的に照らすのだった。
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