治癒術師の非日常―辺境の治癒術師と異世界から来た魔術師による成長物語―

物部妖狐

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第十一章 盗賊王と機械の国

9話 黎明の遺した課題

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 宿泊施設に着いた後、職員の人から何故かいつもとは違う部屋に通される。
そこは何て言うか、二人以上が横になっても余裕がある位に大きいベッドに豪華な椅子、そしてテーブルの色には色とりどりの果物が置いてあって、前の部屋と比べると余りにもレベルが違い過ぎた。

「えっと……、どうしてこんなに豪華な部屋に?」
「はい、賢王ミオラーム・マーシェンス様より……レース様のご婚約者様であらせられ、栄えある栄花騎士団の副団長様がご滞在になられると連絡がありましたので、特別な部屋をご用意させていただきました」
「……ミオラームから?」
「はい、既にお部屋のお荷物は新しいお部屋の方に移しておきましたので、おくつろぎください」

 そうして一人になった部屋で思うけど、いきなりそう言われても正直反応に困るし、部屋の荷物を勝手に触られるのも何て言うか不快だ。
ただ……それでも少しだけそんな事を忘れそうになるような、興味が惹かれるものがあるとすれば、壁に取り付けられている食事を提供してくれる機械だ。
何となく【貴族専用完全栄養食】と書かれているボタンを押すと、美味しそうなお肉と野菜、手を近づけるとほのかに暖かくて甘い香りのするミルクと、触れると気持ち良い手触りと弾力を感じるパンが出て来る。

「……前の部屋と比べて食事の質が違い過ぎる」

 【完全栄養食】と違って、口に入れると口内の温度で溶けてしまう肉の食感に一瞬戸惑う。
何て言えばいいのだろうか、見た目はとても美味しそうなのに、まるで……作られた人工的な味。
確かに美味しい、野菜もみずみずしくてシャキシャキとした食感があるけど、何かが……何かが違う。
ただ唯一、本物だと確信できるのはミルクとパンだ……口に入れただけなのに、言葉に表す事が出来ない何とも言えない安心感がある。

「……【黎明】を使って解析をすれば、何で作られているのか分かるかな」

 試しに食器に乗っている料理を解析してみると、培養食材と出て来て……更に詳しく見ようとすると脳に負担が掛かっているのか、鈍い痛みが走るけれど……マスカレイドの行った実験が脳裏に映像となって流れて行く。
動物の肉や野菜の切れ端を透明な色の薬液に浸ける事で、膨らむように大きくなり一枚の大きな肉の塊とみずみずしい野菜へと姿を変わった。
そこに人が生きるのに必要な栄養を、薬液の中に溶け込ませるとまるで水を吸うスポンジのように取り込まれて、今目の前にある貴族専用完全栄養食が出来上がる。

「見た目は完璧なのに、食感の方は例えようのない違和感がある辺り……マスカレイドの事だから、途中でこの実験と研究に対して未来が無いって思って止めたか、興味を無くしたんだろうなぁ」

 解析で見えた映像と、それに合わせて頭の中に入って来る情報をまとめると、【未完成】と言う言葉が脳裏に浮かび上がる。
やっぱりぼくの予想は間違いではないのだろうけれど、この技術が完成していたら様々な面で素晴らしい物になっていたと筈だ。
例えば高齢者等の顎の噛む力が弱まった人には食材の食感と味を楽しめるように調整したり、重病を患い内臓の機能が弱まった人には、消化しやすく体内に栄養を取り込みやすくなるように調整した食事にする事で患者の精神状態に大きな影響を与える事が出来るだろう。
なのに……未完成で終わらせてしまうのは余りにも勿体なさ過ぎて、マスカレイドがその事を理解出来ない筈が無いのになぜなのか、考えれば考える程疑問に思う事が多い。

「もしかして、あえて未完成の状態で残した?いや、でも……マスカレイドはシャルネの【精神汚染】の影響を受けて正気じゃなかったから、その影響?」

 あれこれと頭を悩ませても分からない物は分からない。
ただ……ぼくがまだ小さかった頃、よくマスカレイドは自分が作った魔導具を未完成の状態で渡して来たり、魔術の論文を未完成の状態で見せて来ることがあった。
その度に理解出来なくて悩んでいるぼくを見て良くこう言っていた気がする。

『これは俺からお前に出す課題だ、何時か解いて完成させることが出来たらお前が俺の変わりにやれ』

 当時のぼくは何を言っているのかは分からなかったけど、今なら何となくだけど分かる。
彼は……自分の知識を継いで、さまざな面で自分を越えてくれる人を求めていたのだろう。
つまりそう思うと何となく彼がこれを未完成で残した理由は察しがつくけど、一番の問題はマーシェンスという国で技術を受け継ぐ事が出来たのは、ミオラームだけだったのは彼の誤算だったのかもしれない。
そうでなければ、この技術はとても素晴らしい物になっていた筈なのだから

「まぁ……、多分だけどミオラームの事だからこの事を伝えたら、この完全栄養食を完成させてくれるかもしれないかな」

……そんなことを考えながら食器を片すと、通信端末を取り出しながら椅子に座ると、ダートに連絡を入れる準備をする。
そして暫く呼び出す時の機械的な音が何回か部屋に響くと、暫くして……端末越しに『レース?いつもより連絡が来るの早いけどどうしたの?』と心配したような、安心する愛おしい彼女の声が聞こえるのだった。
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