溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
167 / 188
極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー

臆病な極道と月のウサギ?1(竜次郎・湊)

しおりを挟む
 本日もつつがなく仕事を終え、更衣室でスマホを確認すると、竜次郎から、すぐに自分も戻るから、事務所に来るのではなく先に家に戻っていてほしいとメッセージが入っていたので、制服を着替えビルを出て、いつものように迎えにきてくれた組員に、その指示を伝えた。
 湊としても、事務所に来いという指定がなければ今夜は先に家に戻るつもりだったため、ちょうどいいタイミングだったのだが、後ほど、湊より数十分遅れて帰宅した竜次郎は、台所に立つ湊を見つけると、待たせて悪かったと律儀に謝ってくれる。
 大丈夫、と伝える代わりに、笑顔で「はい」とちょうど盛り付け終わったものを差し出した。

「………………団子?」

 団子である。
 白くて丸くてもちもちした、月見団子。
 団子を供えるときによく見る三方の用意がなくて、とりあえず適当な皿の上にピラミッド状に積み上げてみたのだが、適当なイメージなのでどこか違っているのだろうか、竜次郎の反応はかなり鈍い。
「竜次郎、松平家ではお月見しない?」
「月見ぃ~?んな風流な習慣はうちにゃねえな。夜は何かと忙しいしよ」
 確かに、博徒一家が稼ぎどきにぼんやり月を眺めているわけはないだろう。
 組長である松平金の住む本邸はあんなに見事な日本庭園なのにもったいないと内心苦笑しつつ、『SILENT BLUE』の副店長が突然『俺、今日仕事終わったら月見する』と言い出して、厨房の鹿島に団子を作らせすぎたため、余ったものがスタッフに配られたという経緯を説明すると、竜次郎はあからさまにげんなりした。
「お前の職場のノリは今ひとつわかんねえな……」
「もう深夜だけど、折角いただいたから、俺達もお月見してみない?」
「特に反対する理由もねえが、月見って、具体的には何すんだ」
「俺もあんまりよく知らないんだけど、これをお供えして月を眺めればいいのかな」
 副店長に聞いてくればよかったのだが、なんとなくゴタゴタしていて聞きそびれてしまったのだ。

 調べるほどの熱意もなく、とりあえずイメージでやってみようということで意見はまとまり、あまり使用されたことのない居間を通って縁側へと移動した。
 団子を置き、窓を開けて二人して空を見上げる。
 昼間はまだ暑い日も多いが、夜になると涼しい風が吹くようになった。
 庭木を揺らす風の音と、虫の声。
 静かに地上を見下ろしている、満月の優しい光。
「ん~……改めて見ると……いつもより綺麗に見えるような……?」
「まあ……月だな」
 湊の感想も今一つ振るわなかったが、竜次郎もあまりピンとこないようだ。
 季節のイベントについては、幼少期に家族とどう過ごしたかは大きいと思う。
 湊の母は、色々とそれどころではなかったし、松平家でも先程竜次郎が自分で言っていた通り、周囲の大人はみんな忙しくしていたに違いない。

 夜空は綺麗だが、少し寂しい感じがして、わざわざ見上げたことはあまりなかった。
 今は、竜次郎が一緒にいてくれるので、穏やかな気持ちでこうして月見もできる。

 『お月見』というイベントの薄ぼんやりとしたイメージで、そういえばススキか何かを供えるのではなかったかと考えていると、退屈してしまったのか、隣の竜次郎はゴロリと横になった。
「お月様も別に悪かねえが、やってる時、月明かりにぼんやり浮かび上がるお前の尻の方が、俺にとっちゃありがてえな」
「えぇ……でも自分のお尻は自分じゃ見れないし……あっ、ちょ、竜次郎、こんなところで」
 無造作に伸びてきた大きな手に、二つの丸みを撫でられてびくんと体が揺れる。
 そっと手を退けてみたが、竜次郎はささやかな制止など意にも介さない。
「自分の家だろ?」
「でも、窓開いてるから庭に出てるみたいなものだし」
「誰も聞いてねえよ」
 腕を引かれ、どこをどうしたのかわからない早業で体勢を入れ替えられてしまえば、湊も仕方がないなと諦める。
 力を抜いて身を任せると、覆い被さる竜次郎の肩越しに、月が見えた。
「月のウサギに見られちゃうかも……」
 こういう時、「小鳥が見てる」とか言うよねと思いながら冗談で言ったのだが。
 竜次郎は何やらハッとして、ガバッと身を起こした。

「家ん中、入るぞ」

 「え?」と聞き返したが、竜次郎は応えず、雪見障子を開けて湊を居間へと引っ張り込むと、ぴしゃんとそこを閉ざしてしまう。
 月がよく見えるようにと電気をつけていなかったので、室内はかなり暗い。
 暗闇の中、ぎゅっと抱きしめられて、湊はぱちぱちと目を瞬かせた。
「きゅ、急にどうしたの竜次郎?カチコミ?」
 もしや、鉄砲玉でもいたのだろうかと声を顰めたが、そうではないらしい。
 
「……お前が月に帰るとか言い出しそうな気がしてきた」
「???俺の実家は隣の町だけど……?」

 いつの間に自分は宇宙人に?
 もしやウサギ繋がりなのだろうか。いやそんなまさか。

 竜次郎は、湊がオーナーにもらった大きなウサギのぬいぐるみに、やけに対抗心を燃やしていた。
 大事な相棒ではあるが、竜次郎があまり好きではないなら仕方がないと、今は母に預かってもらっているけれど、そういえばあのウサギに似ているなんて言われたこともあったような気がする。
 それと竹取物語あたりとの連想なのだろうか?
 意外にロマンチスト?と笑いかけて、竜次郎の恐れの原因は、そもそも湊がすぐに逃げ出すからじゃないかと改めて己の心の弱さを戒める。

 腕を回して抱き返し、子供をあやすようにぽんぽんと背中をたたく。
「俺はどこにも行かないよ」
 竜次郎が望んでくれる限り、というのは脳内で付け足す。
 逃げ道を作っておくのは、ついつい相手にのめり込みすぎてしまう湊には必要なことだが、今それをいう必要はない。
 しばらく湊にあやされるまま黙っていた竜次郎だったが、気が済んだのか、抱擁を解くと照れ臭そうに笑った。
「ま、宇宙に逃げても追いかけてって、連れ戻すけどな」
 竜次郎なら本当に宇宙まで追いかけてきそうな気がする。
「竜次郎が宇宙に行っちゃったら松平組の人が困るかもしれないから、逃げるとしても国内くらいにしておくね」
「結局逃げるのかよ」
 お前な、と軽口を戒めるように、唇を塞がれた。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。 ■執筆過程の一部にchatGPT、Claude、Grok BateなどのAIを使用しています。 使用後には、加筆・修正を加えています。 利用規約、出力した文章の著作権に関しては以下のURLをご参照ください。 ■GPT https://openai.com/policies/terms-of-use ■Claude https://www.anthropic.com/legal/archive/18e81a24-b05e-4bb5-98cc-f96bb54e558b ■Grok Bate https://grok-ai.app/jp/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%A6%8F%E7%B4%84/

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

処理中です...