93 / 188
93
しおりを挟む望月の言葉はいつも力強く、根拠がなくとも聞くものを勇気付ける。
それはきっと、この人は誰かの窮地を絶対に見過ごさないだろうという信頼感から来るものだろう。
悩んだ時や迷った時、望月に喝を入れてもらいに来る客が多いのも頷ける。
こんな人が自分の上司であるということが、ありがたいと思う。
今はまだ、恐れを払拭するほどではない。
だが、いつかこの言葉を信じられるようになりたいと思った。
「けど、…まあ、俺以外のことに関しては推測ではあるんだけど、お前の周りにいる奴は、もっと湊に我儘言われたり、迷惑かけられたりしたいと思ってるんじゃないかな」
「………え?」
「今俺も、お前がそうやって少しでも自分の気持ちを話してくれたのが嬉しかったし」
付け足された言葉に思わず望月を凝視した。
なんだか、最近同じようなことを言われた気がして記憶を辿る。
榛葉だ。
「榛葉さんにも……似たようなことを言われました」
もう少し甘えてくれてもいいのにと、そう言われたことを告げると、望月はあからさまに嫌そうな顔になった。
「あいつに?そりゃあれだ。よっぽど一人で頑張ってる感出てたんだな。他人の荷物は絶対に持ちたくないあいつに言われるんだから相当だぞ」
「そ、そこまで……」
榛葉は暗黒を感じる物言いは多いが、面倒見はいい人だと思う。
では、ただただ気を遣わせてしまっただけかと思っていたが、もしかして、元気付けようとしてくれていたのか。
その榛葉は、今はカウンターの方で鹿島とバーテンダーと何か話している。
鹿島に対しては更に辛辣だが、あの二人は仲がいいのだ。
視線を感じたのか、榛葉が振り返り、目が合うと手を振られた。
自分の周りには、優しい人ばかりだ。
知らなかったわけではないけれど、ずっと、どこか自分はその輪に入っていないと感じていた気がする。
竜次郎のこと、母親のこと、そしてまた一つ、湊は見えていなかったものを思い知った。
今からでも榛葉に礼を言いに行こうかと思ったところで、スマホが震え、八重崎からのメッセージの通知を知らせた。
定期的な報告か、それとも事態が動いたか。
万が一何かあった場合、激しく動揺すれば何事かと思われるだろう。
湊はトイレに行くと言って席を外した。
店を出て、メッセージを確認しようとすると、エレベーターから人が出てくるのが目に入り、それが知っている人物だったため、思わず背の高い観葉植物の脇に隠れた。
いつもの作業服ではないから少し雰囲気が違ったが、あの男を見間違うはずがない。中尾だ。
数人の仲間らしき男達と共に、湊のいる場所とは反対の方に歩いていく。
ここは複数の店舗が入る商業ビルで、この階には他にも飲食店が入っているので、たまたま食事に寄ったということも……ある、だろうか?
もしもプライベートであれば、会話の機会があればいいと思うが、今この情勢でノコノコ出ていくのが危険だということは流石にわかっている。
わかってはいるが……動向が気になる。
仲間も数人だし、少し様子を伺うだけだと、湊は足音を忍ばせてその後を追った。
6
あなたにおすすめの小説
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
弟を溺愛していたら、破滅ルートを引き連れてくる攻めに溺愛されちゃった話
天宮叶
BL
腹違いの弟のフィーロが伯爵家へと引き取られた日、伯爵家長男であるゼンはフィーロを一目見て自身の転生した世界が前世でドハマりしていた小説の世界だと気がついた。
しかもフィーロは悪役令息として主人公たちに立ちはだかる悪役キャラ。
ゼンは可愛くて不憫な弟を悪役ルートから回避させて溺愛すると誓い、まずはじめに主人公──シャノンの恋のお相手であるルーカスと関わらせないようにしようと奮闘する。
しかし両親がルーカスとフィーロの婚約話を勝手に決めてきた。しかもフィーロはベータだというのにオメガだと偽って婚約させられそうになる。
ゼンはその婚約を阻止するべく、伯爵家の使用人として働いているシャノンを物語よりも早くルーカスと会わせようと試みる。
しかしなぜか、ルーカスがゼンを婚約の相手に指名してきて!?
弟loveな表向きはクール受けが、王子系攻めになぜか溺愛されちゃう、ドタバタほのぼのオメガバースBLです
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる