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「全然落ちねえな、これ」

 つけすぎたな、という竜次郎の苦笑いで落ちかけた意識を繋ぎとめた。
 事後の倦怠感、降り注ぐシャワーの温かさと優しい手つきが心地よくて、思わずうとうとしてしまったようだ。
 ぬるぬる相撲、改めローションプレイのおかげで二人ともそのまま休めそうもない有様だったため、風呂場に運ばれた湊は、竜次郎に後ろから抱えられて体を洗われていた。
 体に厚く付着した白濁のぬるぬるは手強く、優しく擦るくらいでは落ちそうもない。

「ん………ごめ……おれ、自分で……」
「いいから寝てろ」
「でも……竜次郎と、………………、」

 甘えたことを言いかけて、不意に子供の頃義父と一緒に風呂に入らなければならなかったのが嫌だったことを思い出す。
 もしや、自分はあの時の北街と同じことを竜次郎に強いているのではないかという不安が頭をもたげた。
 虐待をされた子供は自分の子供にも虐待をしてしまうというし、もしかしたら……。

「あの……俺、竜次郎に、嫌な思いさせてる、かな」
 突然身を起こし、思いつめた顔で覗き込まれた竜次郎は、何事かと目を丸くする。
「は?何だ突然」
「あのね、小学生の頃……」

 義父との過去にまつわる懸念を話すと、竜次郎はみるみるうちに表情を曇らせた。
「……やっぱりあいつは半殺しにしておくべきだったな」
「竜次郎、俺が一緒に入ろうって言うといつもあんまり気がすすまないみたいだし……。嫌な思いさせてたら、ごめんね。もう言わないから」
「それはそういうことじゃなくて全然状況が違うっつーか……」
 言葉を途中で止めた竜次郎は、濡れた前髪をかきあげながら、一拍間を置いてからもう一度口を開いた。
「あー、あれだ。お前はあのクソヤローのせいで一人で風呂に入るのが怖い。頼れる俺がいれば安心だから一緒にいて欲しい。で、お前が安心なら俺も嬉しい。そういうことだろ。そういうことにしとけ」

 竜次郎の考え方は、単純明快だ。
 湊は別に一人で風呂に入ることを怖いと思ったことはないし、竜次郎と一緒に入りたいというのも、別に風呂だからではなくただ一緒にいたいからだ。もちろん、竜次郎もそれは分かっているだろう。分かっていて、こうして湊が我儘を言うための大義名分をくれる。
 その懐の広さはどこからくるのだろうか。

「……………竜次郎って、すごいね」
「おう。………そうか?」
 感動して尊敬の眼差しを向けると、反射のように大きく頷いた竜次郎は、すぐに疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「すごいよ。なんか俺今すごく元気が出た」
「そりゃよかったな。まあ、ヤクザは屁理屈こねるのが仕事みたいなもんだから」
 本人は偽悪的に言うが、簡単に人の心を救ってしまう、そんな竜次郎のそばに居られることが、誇らしいと思った。

「……でも、じゃあ竜次郎はどうして俺とお風呂入るのを断るの……?」
「……何でお前は、俺が断る理由が分かんねえのかが俺には分からねえんだが……」
「?一人で入るのが好きだから?」
「………………お前のそれは素なのか?いや、たぶんまったく他意はねえんだろうな」
「???」

 教えて欲しいとその目を覗き込むと、ぐっと眉を寄せた竜次郎にむにっと頰を摘まれて「ふにゃ」と間抜けな声が漏れた。

「全裸のお前が目の前にいて何もできねえとか拷問だろって話なんだよ!」
「ひゃにかしてくえても、べつにいいにょに?(訳・何かしてくれても、別にいいのに?)」
「風呂場でやるとのぼせるとか、不自然な格好でやって滑って怪我するとか、色々あるかもしれねえだろ。そもそもお前はずっと怪我人だっただろうが」

 湊は少なからず驚いた。
 口では煽るなと言いながらも、竜次郎はいつも余裕があるように見えていたので、それほど欲望を堪えていたとは思っていなかったのだ。
 二人きりになると手を伸ばしてくるのも、半分くらいは自分に気を遣ってのことかと思っていたが、概ね竜次郎がしたいと思ってしてくれていたのだろうか。
 ……物凄く湊の体調に気を遣いながら。

「竜次郎って、心配性だよね」
「………お前な。……いや、いい。それでいいから、今はみだりに俺を誘惑するんじゃねえぞ」
「誘惑ってどういう感じ?」
「聞くな。黙って丸洗いされてろ」
「話ししてたら眠くなくなっちゃった。……あ、俺も竜次郎のこと丸洗い」
「 じ っ と し て ろ 」
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