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 本日の仕事もつつがなく終えて自室に戻ると、湊はまず八重崎にメッセージを送った。

 松平組の事務所に行ったら、半グレの頭だという中尾がやって来たこと。竜次郎の祖父が狙われたことと中尾が狙われたこととは関係があるのか?ということ。
 …それから、筋肉痛になったことも、少しだけ。

 すると、遅い時間だというのにすぐに返事と共に中尾のデータが送られてきた。その容量はかなり大きい。
 『何かに使えるかもしれないから送っておく』とのことだが、経歴や中尾の組織『オルカ』の資金源くらいならともかく、行きつけの店や関係のあった女性、学生時代の成績表に保育園の卒園アルバムの一部(おおきくなったらうちゅうひこうしになりたかったらしい)、果ては利用しているアプリのログインパスワードや暗証番号まで、他人が知っていたらまずい個人情報が並んでいる。
 テキストだけではなく写真や動画のデータまであり、恐ろしくてそっとファイルを閉じた。
 八重崎は一体どうやってこんなものを手に入れているのか、自分はもしかしなくてもものすごいコネクションを作ってしまったのではないだろうか。

 湊が利用できそうな情報は、よくコーヒーショップに行くらしいので次に彼が訪れた際にはコーヒーを出せば喜ぶかもしれないとか、それくらいだ。
 ……喜ばせる必要があるのかどうかよくわからないが、竜次郎の様子を見るに、中尾はただ単純に敵という認識ではなさそうだったので、少しでも懐柔できれば有事の際には力になってもらえる可能性もある。
 湊には八重崎のような頭脳も、三浦のような武力もない。この五年間で磨いてきたのは限定的な状況下での対人スキルのみだ。口先のことでも嘘はあまり得意ではないので、とにかく戦わずにすむ方法を考えるのが一番現実的のような気がする。
 ……とりあえず、後でもう少しじっくり読むとしても今は封印しておこうと思う。
 竜次郎の祖父と中尾が狙われた件については後日また連絡してくれるそうだ。

 最後に、情報のお礼は筋肉痛になった経緯の事細かなレポート提出でいいと記されていた。
 …こんなすごい情報の礼になるのかもわからないし、最中のことはいつもいっぱいいっぱいで記憶が曖昧だし恥ずかしいので、きちんと記せるかどうかが不安ではある。


『遅かったじゃねーか』
 連絡するのが昨晩よりも遅い時間になってしまって、電話口の竜次郎は少し不機嫌そうだ。
「ごめんね、ちょっと友達?に連絡を入れてたから」
『……………男か』
 面白くなさそうな口調に首を傾げる。
 八重崎はオーナーと同じで、美しい容姿だが女性的というのとは違う。両性というよりは無性というのが近いだろうか。……ただ、
「生物学的には、たぶん?」
 男性ではある、と思う。
『なんだそりゃ。ゲイバーにダチでもいんのか』
「性別の概念を超えた存在というか……、とにかく遅くなっちゃってごめん。……連絡しろって言ってくれたのに」
 竜次郎が面白くなく思うような相手ではないが、自分の懸念を優先させたことには変わりない。しゅんとすればお前は真面目だな、と少し笑った気配がする。
『別にお前が困ってるとか危険に晒されてるとかじゃなきゃ、疲れたから寝ちまったとかでも全然怒ったりしねえからそんなに気にすんな。お前のことがなくてもまだ起きてる時間だしな。それより、お前はこのあと寝るだけか?』
「え?うん。まだお風呂はいってないくらいで」

『ならいいな。近くに日守がいるからさらわれてこい』

 昨晩と同じ、唐突な展開に驚き目を瞬いた。
「ええっ?…でも、こんな時間だよ?」
『眠けりゃ車の中で寝てていいぞ』
「そ、そういうことじゃなくて……」
『……迎えにこられちゃまずい理由でもあんのかよ』

 そんなものは一つもないが、竜次郎は本当にそれでいいのだろうか。
 近くにいるということは気を遣って固辞しても逆に無駄足を踏ませるということだろう。
 何ならもう松平家に住んでしまった方が話が早いのだろうか。……と思わせるための布石のような気がするが、そのうち、などと言わずに真剣に考えなければいけないかもしれない。

 湊が寂しいと言い出す前に強引に連れ出してくれる優しさに、承諾と礼を伝えて電話を切ると、いつものようにベッドに座る相棒に留守を頼んで部屋を後にした。

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