上 下
38 / 168

38

しおりを挟む

 高い窓から広がる東京の夜景をバックにソファから立ち上がった八重崎は、相変わらず感情の乗らない作り物めいた美貌に純白のフリルシャツ、結ばれた黒いリボンタイがよく似合っている。
 隣に座るように促され、「失礼します」と一声かけて一緒に座った。

「でも、どうしてここに?」
「怪我……平気?」
 オーナーから話を聞いて心配して来てくれたのだろうか。暴力など何でもないように言っていたので、少し意外な思いがして目を見開く。
「それほど深くはなくて、重いものを持ったりとかしなければ全然平気です。八重崎さんは……お変わりないですか?」
「……月華と基武にすごく怒られた……」
「えっ、この間の、…ええと、口実作りって言ってたあれの件ですか?」
「違う……、松平組に関する情報を横流ししたから…」
「でもそれは、俺が聞きたがったからで」
「だけどそのせいで怪我した…」
「それは……」
 自分の衝動的かつ無謀な行動のせいで色々な人に心配をかけてしまったのだと思うと申し訳ない。だが、得るものはあった。

「それでも俺は、行ってよかったって思ってます。八重崎さんが背中を押してくれたから、竜次郎と…また一緒にいたいって…言えたんだと思います。今日来ていただけてよかった。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げてからもう一度感謝を込めて目を見ると、八重崎の表情は変わらなかったが瞳は優しい色をしていた。


 とりあえず飲み物を、とメニューを渡すと「お酒はいい。お茶的な何かで」というのでそのままオーダーを通した。このファジィさでも鹿島はいい仕事をするだろう。
 VIPルームには客が望まない限りボーイも入れないので、注文を伝えて戻ってくると、座るなり八重崎が大きな瞳でじっと見つめてきた。

「ガチ五郎…まだ息、してる?」

「ガチ……。い、息はしてると思いますけど、」
 ますます酷い名前になってしまったと脱力してから、はっとした。
「もしかして……状況が悪くなってるとかですか?」
 松平組にもっと具体的な危機が迫っているとか、そういう情報を伝えるために来たのだろうかと不安になると。

「望月が……うちのかわいい湊をたぶらかしやがってあのヤクザ次顔見たらパイルドライバーで仕留める………って……言ってたから……」

 竜次郎逃げて……!

 想像とは違うが確かに竜次郎には危機が迫っているようだ。
 望月と竜次郎は意外と話が合いそうだと思うのだが、二人が殴り合って友情が芽生えたら自分が忘れられそうな気がする。
 なるべく会わせないようにすることが世界平和のためなのではないかと結論付けた。

 湊がそんなことを考えている間、隣でもまた思案顔をしていた八重崎がぼそぼそと口を開いた。
「情報、いる?対価は、二人の愛の軌跡でいい…」
「それは…ありがたい、ですけど…また怒られちゃったら…」
 不安そうな顔をしていたからだろうか。気持ちは有難いが、迷惑をかけたくはない。
 遠慮に、しかし八重崎は首を横に振った。

「……ともだち」

「え?」
「死線を越えた…マブダチ…だから、助け合う。情報を流すだけ流してなにもしなかったことは怒られて当然…。今度は、ちゃんと協力する」
「八重崎さん……」
 感動してぐっと唇を噛んだ。
 行動をして得たものは竜次郎とのことだけではない、日守や八重崎という協力者を申し出てくれるコネクションもまたそうだ。

「ありがとうございます。そんな風に言っていただけて、嬉しいです」
「河原で夕日をバックに殴り合う……?」
「い、いえ、そういうのは……」

 相変わらず少しずれているが、頼もしい見方であることは間違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スパダリヤクザ(α)とママになり溺愛されたオレ(Ω)

紗くら
BL
借金で首が回らなくなったあずさ(Ω) 督促に来たヤクザ(α)に拾われ、子育てを命じられる。 波瀾万丈の幕開けから溺愛される日々へ αの彼、龍臣が不在時にヒートを起こしたあずさは、 彼の父親の提案でΩ専門の産科医院へと入院した。 そこで、のちに親友になる不育症のΩの男の子と出会いΩの妊娠について考えるようになる。 龍臣の子に弟か妹を作ってあげたいあずさは医院でイヤイヤながら検査を受け 入院から3日後、迎えに来た龍臣に赤ちゃんが欲しいとおねだりをし 龍臣はあずさの願いを聞き、あずさを番にし子作りを始めた あずさは無事、赤ちゃんを授かり幸せを噛みしめ、龍臣の子にお腹を触らせてほのぼのとした日常を送る そんなストーリーです♡ Ωの性質?ほか独自設定なのでもし設定に違和感を覚える方がいたらごめんなさい

組長様のお嫁さん

ヨモギ丸
BL
いい所出身の外に憧れを抱くオメガのお坊ちゃん 雨宮 優 は家出をする。 持ち物に強めの薬を持っていたのだが、うっかりバックごと全ロスしてしまった。 公園のベンチで死にかけていた優を助けたのはたまたまお散歩していた世界規模の組を締め上げる組長 一ノ瀬 拓真 猫を飼う感覚で優を飼うことにした拓真だったが、だんだんその感情が恋愛感情に変化していく。 『へ?拓真さん俺でいいの?』

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

○○に求婚されたおっさん、逃げる・・

相沢京
BL
小さな町でギルドに所属していた30過ぎのおっさんのオレに王都のギルマスから招集命令が下される。 といっても、何か罪を犯したからとかではなくてオレに会いたい人がいるらしい。そいつは事情があって王都から出れないとか、特に何の用事もなかったオレは承諾して王都へと向かうのだった。 しかし、そこに待ち受けていたのは―――・・

【R18】うさぎのオメガは銀狼のアルファの腕の中

夕日(夕日凪)
BL
レイラ・ハーネスは、しがないうさぎ獣人のオメガである。 ある日レイラが経営している花屋に気高き狼獣人の侯爵、そしてアルファであるリオネルが現れて……。 「毎日、花を届けて欲しいのだが」 そんな一言からはじまる、溺愛に満ちた恋のお話。

旦那様、お仕置き、監禁

夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。 まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。 色々な話あり、一話完結ぽく見てください 18禁です、18歳より下はみないでね。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...