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 普通に道を歩いているときに遭遇したら大きく避けて通るいかにもな黒塗りのセダンに乗せられ、昨晩くぐることのできなかった門を抜けて松平家へと到着した。
 助手席に乗っていたヒロがドアを開けて、車から降りようとすると先に降りた竜次郎に横抱きにされて驚く。
「りゅ、竜次郎、俺、歩けるよ…?」
「運んだ方が早い」
 先程病室から車までの移動に時間がかかったのが気にかかっていたらしい。
 辛いほど痛むわけではないが縫うような怪我は初めてだったので引き攣れる感じが何だか恐いのだ。
 結局、降りると強固に主張するほどの理由もなく、甘えることにした。
「ありがとう…お手数かけます」
「軽すぎて手数ほどの何もねえよ。お前痩せただろ。ちゃんと食ってんのか」
「うん…一応」
 賄いが出るので一日一食はまともなものを食べている。…それが竜次郎の基準で『ちゃんと』に入るかどうかはわからないが。

 運ばれた先は庭を通るときにちらりと見えたお屋敷の方ではなく、その隣にある普通の木造の一軒家だ。
 玄関を上がり、プリンセスホールドで登場とか少し恥ずかしい、と周囲を窺ったが家の中に人の姿はない。
 竜次郎の話や勝手なイメージから強面の人達が沢山いて賑やかなのかと思っていた。
 聞いてみると、こちらは以前竜次郎の祖父の息子夫婦が住んでいた家だという。
 両親が、という言い方でなかったのを訝ったのがわかったのだろう。
「俺と松平組組長松平くがねの間に血の繋がりはない。組の前に捨てられてたのを親父が拾ってくれた。…息子夫婦と孫を抗争で亡くしたタイミングだったらしい」
 プライベートなことをそんな風に教えてくれた。初めて聞く話だったが別に秘密の事ではないらしく、界隈では有名な話のようだ。
「最近は俺もあっちの屋敷の方で寝起きしてるが、昔はここで生活してたんだぜ」
 学生の頃はお互いに家族の話はあまりしなかった。湊がオーナーに竜次郎のことを話せたように、少し大人になって自分の中で整理がついたということなのだろう。

 竜次郎は危なげのない足取りで二階に上がり、敷いてあった布団にそっと湊を下ろす。
 寝室なのだろうか。最近はこちらでは寝起きしていなかったという話の通り、私物らしきものは何も見当たらない。
 食事について聞かれたがあまり空腹ではなかったので首を横に振った。
「竜次郎は朝ごはん食べた方がいいよ」
「お前が寝て、次に起きて何か食うときに一緒に食うか」
 そんな風に言うと、ゴロンと布団の隣に横になる。
「でも……お仕事、とかは?」
「なんかありゃ言ってくるだろ。俺なんてまだお飾りみてえなもんだ。いなくても支障のないことの方が多い」
 極道の仕事はよくわからないが、そういうものなのだろうか。
 きっと気を遣ってくれているのだろう。申し訳ない気持ちもあるが、一緒にいてくれるのは素直に嬉しかった。

「じゃあ一緒に寝よ…?畳の上じゃ体が痛くなっちゃうよ」

 ぽん、と隣を叩くと、竜次郎は眉根を寄せた。
「…………………」
「竜次郎?」
 わざとか?いや、こいつはほんとに鈍いからな……とブツブツ言いながらも、諦めの表情で布団に入ってくる。
 さっさと寝ちまえ、と額にかかった髪をどけられて、優しい仕草に微笑みがこぼれた。
「竜次郎…、オセロしないの?」
 甘やかされる心地よさに睡魔が忍び寄って、うとうとしながら聞けば隣で頭を抱えた気配がする。
「お前な……。考えないようにしてたのに蒸し返すなよ」
「俺は、いいよ?」
「今は寝とけ」
「……うん……」
 至近の低い声に促され、湊は安堵して眠りに落ちた。




「オイなんだコレ」

 仰天した声で目が覚めた。
 もそもそと起き上がり、声のした方へと視線を向ける。隣の部屋へ続く襖が開いていて、それを覗き込む竜次郎が目に入ったのでそちらへ移動した。
「…湊。悪い、起こしたか」
「ううん、…どうしたの?何か……………あっ」


 覗き込んだ部屋の中央には、湊のスーツケースと相棒のウサギが鎮座ましましていた。
 

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