溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

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 ブラインドの隙間から差し込む光でふっと意識が浮上する。
 見慣れない天井だ。なんだっけ、と身じろぐと、脇腹あたりに鈍く痛みが走って自分が今どこにいるのかを思い出した。

「起きたのか」

 声のした方へ顔を動かすと、心配そうな面持ちの竜次郎が身を乗り出す。
「竜次郎……もしかして、ずっと起きてたの…?」
「いや、今お前が起きた気配で起きた。痛みはどうだ?」
 付き添う、というから簡易ベッドでも出てくるのかと思っていたが、そんな設備はなかったようだ。眠りに落ちた時と変わらぬ構図に今更ながら申し訳なさを感じる。
「うん…大丈夫。竜次郎がいてくれたから安心してよく眠れたし…」
「…………………」
 スッと目を細めて黙ってしまった竜次郎に、首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや………お前は変わんねえな」
「え………、あっ、ごめんね…!俺、いつも竜次郎に甘えてばっかりで」

 ありがたいと思っての言葉だったが、厚かましい響きに聞こえただろうか?

「馬鹿。お前の甘え方じゃ全然足んねーんだよ」
 そうではないと力強い否定の言葉が返ってきたが不安は拭えない。
「竜次郎は、優しいから」
「そうじゃねえだろ。お前が好きだからに決まってるじゃねえか。下心だ」
「………………………」
「………何で黙るんだよ。俺もとか好きだとか嬉しいとかなんか言えよ」
「イエス一択だね」
 小さく笑って、痛みのないようにそっと起き上がろうとすると竜次郎が枕の位置を調節してくれる。点滴は昨晩夜中に北条が、落ち切ったのを見計らって抜いていった。

 未だにそう言ってくれることが本当にありがたいしすぐにでも頷いて大団円にしてしまいたいが、きちんと聞いておきたいことがあった。

「……竜次郎、俺のこと怒ってないの……?」
「直後は腹立ってたけどな。……けど、お前と連絡がつかなくなって、明かりがついてるタイミングで家を訪ねりゃ出てきたお前のお袋は「どこかで元気にやってるらしい」なんて言ってて、やっぱり俺や家のことが嫌になっちまったんじゃねえかと考えたら、もう連れ戻してやろうとは思えなくなった。お前も昨日言ってたが結局俺も弱かったってことだな。そんでガキだった。なんとなくあのまま付き合い続けられるんじゃねえかなんて、お前を俺のとこに縛り付ける覚悟もお前のためになんねえと突き放す覚悟もなかったってことだ」

 語られた言葉に、目を瞠る。
 竜次郎も同じことを考えていたのだ。
 同じ想いをしていたと知って申し訳ない気持ちになるが、同時に納得もした。
 とても辛かったが、あれは自分たちには必要な五年間だったのかもしれない。

「それでまあ、元気でやってんならいいかと一応は折り合いをつけたつもりではいたんだが、再会したらあんなヤクザの店で働いてやがるし……」
 身を引いた俺が馬鹿みたいじゃねえか、と叱られて首を竦めた。
「ごめん…。…でも、本当に俺達にはいい人だから……。竜次郎の知ってるオーナーは、そんなに悪い人なの?」
「俺はあいつ自身もまともな奴とは思ってねえが、問題は立ち位置だ。日本の裏社会の頂点にいる男の身内で、最もその後継者に近い位置にいると言われてる。まあピンと来ないかもしれねえが、うちみたいな小金稼いでるヤクザより奴の周りには遥かに危険がいっぱいなんだよ」
 危険がいっぱい、は身を以て知ったところだが……。

「でも……松平組も狙われてるって聞いて……俺、心配になって…」

 八重崎から聞いたことを掻い摘んで話す。情報源は明らかにできなかったが、神導月華の側にいればそういう情報に辿り着くこともあると思ったのか、特にその部分には突っ込まれなかった。その流れで地元に戻ってきたということまでを話すと、竜次郎は渋面を作った。
「……それで親父を?……お前な、喧嘩もしたことない奴が武器持ってる鉄砲玉に突っ込んでいくとかどんな蛮勇だよ」
「りゅ、竜次郎だって、轢かれそうになってる猫とか見たら車道に飛び出すでしょ?そういう感覚だよ」
「まあなあ……。でも親父のそばにはごついのが二人いただろ。任せろよ。例えば数式が解けなかったら死ぬ奴がいるって難問を突きつけられたら、俺は迷わず頭のいい奴を探しに行くぜ」
 確かに、あの二人ならば湊などよりも手際よく暴漢を取り押さえていたかもしれないが。
「……数式って……竜次郎、どんなシチュエーション」
「なんだよ、笑うなよ。例え話だろ」
「わ、笑わせないで……傷、痛い」
「あっ、ばか、笑うな。傷開いたらどうすんだ。先生呼ぶか?」

 すっかり大人の極道になってしまったと思っていたが、あの頃と何も変わらず湊を気遣ってくれる。
 愛しさが溢れて胸が詰まって、浮かんでしまった涙を笑いのせいにしてそっと拭った。
「竜次郎」
 優しい瞳を見つめ返す。
 結末はわからない。…望まない結末を迎えることが、本当は今でも怖い。
 でも、最後まで真摯に付き合うことが大切な人のためになるというのなら。


「俺も、竜次郎が好き。五年間…竜次郎以外の人を好きだったことはなかったよ」

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