25 / 188
25
しおりを挟むブラインドの隙間から差し込む光でふっと意識が浮上する。
見慣れない天井だ。なんだっけ、と身じろぐと、脇腹あたりに鈍く痛みが走って自分が今どこにいるのかを思い出した。
「起きたのか」
声のした方へ顔を動かすと、心配そうな面持ちの竜次郎が身を乗り出す。
「竜次郎……もしかして、ずっと起きてたの…?」
「いや、今お前が起きた気配で起きた。痛みはどうだ?」
付き添う、というから簡易ベッドでも出てくるのかと思っていたが、そんな設備はなかったようだ。眠りに落ちた時と変わらぬ構図に今更ながら申し訳なさを感じる。
「うん…大丈夫。竜次郎がいてくれたから安心してよく眠れたし…」
「…………………」
スッと目を細めて黙ってしまった竜次郎に、首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや………お前は変わんねえな」
「え………、あっ、ごめんね…!俺、いつも竜次郎に甘えてばっかりで」
ありがたいと思っての言葉だったが、厚かましい響きに聞こえただろうか?
「馬鹿。お前の甘え方じゃ全然足んねーんだよ」
そうではないと力強い否定の言葉が返ってきたが不安は拭えない。
「竜次郎は、優しいから」
「そうじゃねえだろ。お前が好きだからに決まってるじゃねえか。下心だ」
「………………………」
「………何で黙るんだよ。俺もとか好きだとか嬉しいとかなんか言えよ」
「イエス一択だね」
小さく笑って、痛みのないようにそっと起き上がろうとすると竜次郎が枕の位置を調節してくれる。点滴は昨晩夜中に北条が、落ち切ったのを見計らって抜いていった。
未だにそう言ってくれることが本当にありがたいしすぐにでも頷いて大団円にしてしまいたいが、きちんと聞いておきたいことがあった。
「……竜次郎、俺のこと怒ってないの……?」
「直後は腹立ってたけどな。……けど、お前と連絡がつかなくなって、明かりがついてるタイミングで家を訪ねりゃ出てきたお前のお袋は「どこかで元気にやってるらしい」なんて言ってて、やっぱり俺や家のことが嫌になっちまったんじゃねえかと考えたら、もう連れ戻してやろうとは思えなくなった。お前も昨日言ってたが結局俺も弱かったってことだな。そんでガキだった。なんとなくあのまま付き合い続けられるんじゃねえかなんて、お前を俺のとこに縛り付ける覚悟もお前のためになんねえと突き放す覚悟もなかったってことだ」
語られた言葉に、目を瞠る。
竜次郎も同じことを考えていたのだ。
同じ想いをしていたと知って申し訳ない気持ちになるが、同時に納得もした。
とても辛かったが、あれは自分たちには必要な五年間だったのかもしれない。
「それでまあ、元気でやってんならいいかと一応は折り合いをつけたつもりではいたんだが、再会したらあんなヤクザの店で働いてやがるし……」
身を引いた俺が馬鹿みたいじゃねえか、と叱られて首を竦めた。
「ごめん…。…でも、本当に俺達にはいい人だから……。竜次郎の知ってるオーナーは、そんなに悪い人なの?」
「俺はあいつ自身もまともな奴とは思ってねえが、問題は立ち位置だ。日本の裏社会の頂点にいる男の身内で、最もその後継者に近い位置にいると言われてる。まあピンと来ないかもしれねえが、うちみたいな小金稼いでるヤクザより奴の周りには遥かに危険がいっぱいなんだよ」
危険がいっぱい、は身を以て知ったところだが……。
「でも……松平組も狙われてるって聞いて……俺、心配になって…」
八重崎から聞いたことを掻い摘んで話す。情報源は明らかにできなかったが、神導月華の側にいればそういう情報に辿り着くこともあると思ったのか、特にその部分には突っ込まれなかった。その流れで地元に戻ってきたということまでを話すと、竜次郎は渋面を作った。
「……それで親父を?……お前な、喧嘩もしたことない奴が武器持ってる鉄砲玉に突っ込んでいくとかどんな蛮勇だよ」
「りゅ、竜次郎だって、轢かれそうになってる猫とか見たら車道に飛び出すでしょ?そういう感覚だよ」
「まあなあ……。でも親父のそばにはごついのが二人いただろ。任せろよ。例えば数式が解けなかったら死ぬ奴がいるって難問を突きつけられたら、俺は迷わず頭のいい奴を探しに行くぜ」
確かに、あの二人ならば湊などよりも手際よく暴漢を取り押さえていたかもしれないが。
「……数式って……竜次郎、どんなシチュエーション」
「なんだよ、笑うなよ。例え話だろ」
「わ、笑わせないで……傷、痛い」
「あっ、ばか、笑うな。傷開いたらどうすんだ。先生呼ぶか?」
すっかり大人の極道になってしまったと思っていたが、あの頃と何も変わらず湊を気遣ってくれる。
愛しさが溢れて胸が詰まって、浮かんでしまった涙を笑いのせいにしてそっと拭った。
「竜次郎」
優しい瞳を見つめ返す。
結末はわからない。…望まない結末を迎えることが、本当は今でも怖い。
でも、最後まで真摯に付き合うことが大切な人のためになるというのなら。
「俺も、竜次郎が好き。五年間…竜次郎以外の人を好きだったことはなかったよ」
26
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる