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不器用な初恋のその後
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しおりを挟む「……ちー様?大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけられて、千駿の意識はようやく現在へと戻ってきた。
冒頭部分のみ回想するつもりが無限に続く料理の話まで思い出してしまい、ついうっかり遠い場所を見つめてしまっていたようだ。
不安そうなましろに、城咲から聞いたことを話すかどうか、少しだけ考える。
別れ際「月華には俺が話したって言うなよ」と軽く念を押されたが、ましろに話すなとは言われていない。
千駿が迷ったのは、僅かな間だった。
「九割がた、食文化の歴史についての講義だったぞ」
「えっ、それは………………」
驚きに目を見開いたましろは、すぐに眉を下げて、申し訳なさそうな表情になった。
「すみません、一はお料理のことになると周りが見えなくて……。月華もそうなのですけど、ほどほどという言葉を知らない人たちなのです……」
「いや、まあ、勉強になったと思っておく」
「迷惑な時は、はっきりとそう言った方がいいと思います。恐らく、一切気にしないと思うので」
「さっきはお前も、頑張って彼に言ってくれていたな」
先程強気で城咲に謝らせたことを思い出したのか、ましろの頬が染まった。
「ち、ちー様が月華たちのことを、ひいては私のことが嫌になってしまったらどうしようと思って……」
そんな心配はしなくて大丈夫だと伝えると、ましろは安心したように微笑んだ。
やはり、全てを話す必要はない。
両親の身に何かあったのであれば、千駿に連絡が来そうなものだが、現状何の連絡もないということは、生きてはいるのだろう。
彼らがどんな目に遭おうとも、自業自得なので庇おうとも思わないが、ましろは責任を感じてしまうかもしれない。
ましろが気にするということを踏まえれば、神導月華もそこまで残酷なことはしていないと推測できる。
また、両親がましろを脅かす心配もなくなったということだ。
黒神会の力を、少し恐ろしく思う部分はある。
だが、千駿自身、未だ両親のようになってしまったらという不安をすべて払拭できたわけではない。
いつかそんな時が来てしまった時は、月華たちが千駿を断罪してくれるだろう。
今はそれを、ありがたいと感じた。
数日後。
「あの……、変ではありませんか…?」
ましろは何度も姿見の鏡の前で、自分の格好を確認している。
スニーカーに合うようにとクリスマスの時に買った服で、白いバンドカラーのシャツに紺のカーディガン、ベージュのジョガーパンツにブルゾンを羽織る……という、カジュアルといえどもごく大人しいコーディネートだが、普段がワイシャツにジャケットというファッションなので、ラフなシルエットが見慣れなくて不安らしい。
「外に出したくないくらい可愛いから大丈夫だ。よく似合っている」
「ちー様……」
嬉しかったらしく、はにかむ表情があまりにも可愛くて、思わず抱き寄せてキスをしていた。
軽くついばんだあと両手で柔らかい頬を包み、額をくっつける。
「あまり……可愛い顔をするなよ。出掛けられなくなる」
「で、出掛けられないのは困ります……」
困ると言いながらも、千駿の腕から逃れるような素振りはなかった。
これから住宅展示場を見にいく予定だが、予約の時間があるわけでもない。
もう一度くらいいいだろうと再び口付けようとすると、足に鈍い衝撃があり、眉を寄せて下を見た。
「……シロ。毛がつくだろう」
微笑んだましろがしゃがんで、千駿の足に頭突きをするシロの頭を撫でる。
「今日は出掛けるので寂しい思いをさせてしまいますけど、シロが過ごしやすいお家になるように、しっかり見てきますからね」
「……お前はシロのことが好きだな」
「はい、大好きです」
そう言い切られると妬けてしまうが、ましろが植物や動物を愛しているのはよく知っている。
千駿が住環境に興味を持ったのも、そんなましろの影響だった。
いつも生きづらそうに一人きりで、それでも自分のことなど顧みず校庭の片隅で花の世話をするましろを見ていて、感心もしたし、何かしてやりたいと思った。
ましろと離れ、もう二度と会うことはないと思いながらもその想いを忘れられず、研究を始めた。
まさか、その選択が再びましろへと繋がることになるなんて。
戸惑い、離れた方がいいとも思ったが、今はもう……この手を離すなんてことは考えられない。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
促し、千駿が玄関へ足を向けると、ましろはその後に続いた。
子供の頃の千駿が、見たいと望んだような笑顔で。
不器用な初恋のその後おわり
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