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不器用な初恋のその後
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しおりを挟む「……すごいな……」
庭園の向こうにある月華の屋敷を見た天王寺が、呻くように呟く。
驚きを通り越してちょっと引いてしまっているようで、ましろは苦笑した。
彼の気持ちもわかる。普通はわざわざ都心に、広大な庭園のある英国風カントリーハウスを自宅として建てようなどと思わないだろう。
子供なら純粋にすごいと思うかもしれないが、大人はその裏で動いた金と力のことを考えてしまうものだ。
「私もいつ来てもそう思います」
「お前も以前はここに住んでいたんだな」
「はい。広いので、最初は何度も迷ってしまいました」
子供の頃、校舎でよく迷子になっていたましろをよく知る天王寺は、それを思い出したのか、少し笑った。
天王寺と月華、二人のスケジュールをすり合わせ、いくつかの候補の中から、早い方がいいだろうということで、会う日取りは年内に決まった。
それから数日、当日の今日は彼の運転する車でここまで来たが、広い駐車スペースには、月華の趣味であるスーパーカーと称されるようなスポーツカーが何台も並んでいて、天王寺は既にその時点で引き気味だったので、二人を会わせるのが少し心配になってくる。
手入れの行き届いた庭園を歩きながら、ましろは月華のことを話した。
「月華は、私にはとても優しいのですが、その…少し偽悪的な言い方をしたり、あと人を揶揄ったりするのが好きなところがあるので、何か変なことを言われたらごめんなさい」
「まあ、色々と覚悟はしておく」
わざわざ言わずとも、仕事で会ったことがあるからか、天王寺は月華がどんな人物かはわかっているようで、それほど驚いたりもせず、静かに頷いただけだった。
過去に、自分のことで既に何か言われたかもしれない。
いつも通り特にインターフォンなどは鳴らさず、鍵のかかっていない玄関を抜け、月華がいるであろうサロンへと天王寺を誘導する。
開いた扉の前で声をかけると、月華はお気に入りのカウチソファから立ち上がり、笑顔で迎えてくれた。
「やあ、こんにちは。二人とも、わざわざうちまで来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お時間をとっていただき……」
改まった口調の天王寺を「普通に話して」とやんわり遮り、戸惑う相手に、月華は言葉を重ねる。
「僕のことは「月華」って呼んでくれていいよ。ましろの大切な人なら、僕にとって家族も同然。僕も千駿って呼ばせてもらうから」
「…わかった。よかったら、これを」
困惑しつつも頷き、天王寺は紙袋を差し出した。
月華は菓子をもらうのもあげるのも好きなので、ましろの提案で行きがけに買ってきたのだ。
案の定、有名洋菓子店の包装紙は、月華をニコニコ笑顔にした。
「お、流石わかってる。一、これに合うお茶淹れてきてよ、……はじめ?」
呼ばれてつかつかと歩いてきた城咲は、しかし紙袋を一瞥だにせず、天王寺の前に立ちはだかった。
「おい、天王寺千駿。話がある。ちょっとツラ貸せ」
背が高く、体格もいい城咲が凄むと、目つきの悪さも相まって威圧感がすごい。
「一?あの……、何か」
城咲が天王寺に何の用があるのかわからず、ましろは用件を聞こうとしたが、月華に腕を引かれ、言葉は途切れた。
「千駿、申し訳ないけど、うちのシェフがなんか話したいことがあるらしいから、少し相手をしてあげてくれる?二人が話をしている間に、僕もましろへの話を終えておくから」
月華の頼みを天王寺が拒否することもなく、二人は連れだって部屋を出ていった。
何の話だろう。城咲は見たこともないような不穏な雰囲気で、なんだか心配だ。
「だ、大丈夫でしょうか」
「一応、二人が来る前に、彼氏に変なことしたらましろに嫌われるよって釘は差しといたから、大丈夫じゃないかな」
「変なこと……とは?」
「さ、千駿が一をあやしてくれてる間に、僕もましろに話したいことがあるんだ。土岐川、一が役に立たないからお茶淹れてきてくれる?」
月華は城咲から話をそらし、片腕である土岐川に菓子を託すとましろに座るように勧める。
気にはなるが、月華の言葉と城咲の人柄を信じることにして、ましろも素直に対面に座った。
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