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 少し話したいが疲れていないかと確認されて頷くと、ソファに座っているよう言われ、キッチンに消えた天王寺は、すぐに二人分のコーヒーを持って戻ってきた。
「……ありがとうございます。ちー様の淹れてくださるコーヒー、好きです」
「好きと言われても……インスタントだぞ」
 天王寺がしてくれることは、何でも嬉しい。
 にこにこしていると、天王寺は少し呆れた顔をしてから、近くにおいてあった鞄から取り出したものをテーブルの上に置いた。
「これ……渡しておく」
「鍵……」
「合鍵だ。気軽に来るほど近くもないが、いつきてもらっても構わない」
「あ……ありがとうございます……」
 ドキドキしながら手に取り、大切に財布の中にしまう。
 失くさないように、後でキーチェーンをつけようと思っていると、続いた言葉に驚いた。
「出来るだけ早くここから引っ越すつもりだから、使うのは少しの間かもしれないが」
「えっ、引っ越し……?」
 まさか遠くに、と不安で表情を曇らせると、天王寺はそうじゃないと笑い、事情を話してくれた。

 引っ越しの理由は、彼の両親がこの住所を知っているためだという。
 確かに、あの調子で何度も家に押し掛けられるのは困るだろうが、今まで縁を切らなかったことを考えると、知らせずに引っ越しする…というのは思いきった決断のように思えて、それでいいのかと率直に聞いてみた。
 すると、つい先日にも、不在の間に無断で家探しをされたから、逆に手の届く場所に金蔓はいない方がいいのではないかと思ったのだと言われ、そんなことまで……と驚いてしまった。
「恐らく、もうそんなことはしない思うが、……不安なら、無理にここにいなくてもいい」
 気遣いに、それは大丈夫だと首を振る。
 今後、彼らのことで何かある可能性は低いはずだ。
 あの後、月華からは特に安否を気遣うような連絡もないが、この件で何も手を打っていないとは考えられない。
 困った人達ではあるものの、天王寺を産み育ててくれた恩もあるので、あまり酷いことにはなっていないといいなと願う。
 一番は、改心して天王寺と和解する事だとは思うのだが……。

「……今更なのですが……お父様とお母様のこと…良かったのですか?あの時、私が失礼なことを言ってしまって、そのまま……」
 天王寺の両親の話が出たので、ましろがあれから気になっていたことを聞くと、天王寺はあの時のことを回想するように目を細めた。
「お前は、間違ったことを言ったと思っているか?」
「……いいえ。ですが、あれは私がそう思っただけで、お父様とお母様にはお二人なりのお考えがあるでしょうし、家族の中でのちー様のお立場などは何も考えずに言ってしまったのが気になっていて」
 天王寺が言うのならばともかく、ましろは部外者だ。
 しかも、自分自身は家族ときちんと向き合っているとは言い難く、偉そうなことを言える立場ではない。
 余計なことを言ってしまったのではないかと、心配するましろに、天王寺は首を横に振った。
「俺はもう……、随分前から、あの人達に言うべきことは何もない。戸籍上の繋がりはあっても、お前が神導月華に向けるような家族としての愛情はもうないから、今後どう思われようと構わない」
「ちー樣……」
「実の両親に、ただの義務感でしか向き合えないことに、ずっと罪悪感はあった。だが、あの時、お前があんな風に言ってくれて……救われた」
 思わぬ言葉、穏やかに微笑む横顔に、目を見張る。
「お前は昔からいつも、俺を救ってくれる」
「ずっと助けてくださっているのはちー様です。私は、何も」
「…お前の目から見て、俺の両親が幸せそうに見えるか?」
 唐突に聞かれ、ましろは言い淀んだ。
 彼らは、他人のことを省みず、自分の思うように生きているはずなのに、幸せそうとは言い難い。
 だが……それをはっきり言うことは躊躇われた。
「気を遣わなくていい。お前に出会えなかったら、俺も両親と同じような生き方をしていただろう。お前には、人として大切なことをたくさん教えてもらった。……だから、ましろは俺の恩人で合ってる」

 そんなふうに、思っていてくれたなんて。
 あの頃の幸せなことや楽しいことは、全部天王寺からもらったものだ。
 もらうばかりだったと思い込んでいたが、自分は彼から受け取ったものと同じものを、少しでも返せていたのだろうか。

「お前が俺のことをわかってくれていれば、もうそれで十分だ。余計なことは気にせず、お前はお前の思ったことをちゃんと言えばいい」
 真摯な瞳に見つめられて、鼻の奥がつんとした。
 この人が好きだ。
 誰からも相手にされずたった一人でいたましろに、手を差し伸べてくれたあの時から、ずっと……。
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