不器用な初恋を純白に捧ぐ

イワキヒロチカ

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 照明を絞ったフロアには、李の来店後すぐに数人客が入ったようで、賑やかというほどの音量ではないものの、ほどよく活気づいている。
 李はストレートのアイリッシュ・ウィスキーの入ったグラスを片手に、ゆったりとソファにかけたまま、ましろが話すのを待ってくれているようだ。
 急かされないことにほっとしながら、ましろはロックにしてもらった同じもので口を湿してから、意を決して話し始めた。
「その、猫が」
「……猫?」
「私と会うといつも怒っている猫がいるんです。でも先日やっと撫でさせてくれたので、喜んでいたのですが……」
「何かあったのか?」
「後日、他の人にとても懐いているところを見て、ショックを受けてしまって……」

 流石にありのままを話すわけにはいかず、猫に例えてみたのだが、天王寺とシロを混ぜてしまったようで、勝手に例えておきながら複雑な気持ちになった。
 天王寺は猫ではないし、シロはましろに怒ったりしたことはない。
「(ちー様、シロ、ごめんなさい……!)」
 うっかり猫耳の天王寺を思い浮かべてしまったりして、謎の罪悪感を感じてしまう。

「なるほど、猫か」
 そんなことで、と呆れられるかと思ったが、相槌を打つ李の表情にネガティブな色は見えなかった。
「申し訳ありません。こんなことくらいで落ち込んで、お客様に気を遣わせてしまうなんて」
「いいや、心を寄せた相手に応えてもらえないことは、堪えることだ。それは辛かっただろう」
「李様……」
 望むものは全て手に入れてきた、という成功者のように見える彼にも、そんな経験があるのだろうか。
 怜悧な瞳に労りの感情が滲んでいるのを見つけ、ましろは気を遣わせてしまっていることを申し訳なく思いながらも、温かい気持ちになった。
「ハクを悩ませるとは罪深い猫だな。まあ、猫は気まぐれな生き物だ。あるいは、お前がその猫にとって特別だから、気を引こうとしてそんな態度をとっているのかもしれないぞ」
「猫ちゃんがですか?」
 それはまた人のような猫だ。
 李は面白いことを考えるな、とましろは口元を綻ばせる。
「気を引きたいほど好かれているのなら嬉しいのですが」
「真偽のほどはその猫しか知らないだろうが、おかげで私は傷心なお前を慰める栄誉に与れた」
 李は冗談めかして己のためにやったことだと言うが、優しい気遣いと共感によりましろの気分は確かに浮上していた。
 人間同士の話ならばともかく、猫に例えてしまったのに、くだらないと笑い飛ばされなかったことが、嬉しい。
「李様に聞いていただいたお陰で元気が出ました。ありがとうございます」
 お礼を言って、その後、李とは楽しい時間を過ごした。

 李が帰った後も途切れることなく指名が入り、気付けば閉店の時間になっていた。
 部屋に帰ろうとすると、「おつかれ~」と軽く手を振りながら、碧井が寄ってくる。
「今日初っ端のチェイニーズマフィアのボスみたいなお客様は、随分ましろのこと気に入ってるみたいだね」
「李様ですか?とても鋭い方で……いつもお気遣いをいただいてしまっています」
 あまり声高に言えるようなことではないので、声を潜めると、碧井は何故か脱力したような顔になった。
「彼の感想それ?安心していいのか、心配した方がいいのか……」
「はい……私が至らないばかりにミドリにも心配をかけていますよね」
「そこではなく……まあいいか。そういえば、さっき天ちゃん来てたよ」
「え、本当ですか?」
 今日、天王寺は『SHAKE THE FAKE』に来る予定があったのか。
 昼間は大した話もせずに逃げるように帰ってきてしまったので、天王寺も伝えるタイミングがなかったかもしれない。
 店内にいたことも、ずっと接客をしていたので気付かなかった。
「(ちー様……)」
 ましろは、それほど近くにいながら話ができなかったことが、残念なような、……ほっとしたような、複雑な気持ちでそっと溜息をついた。


 部屋に戻り端末を確認すると、メッセージアプリに李からアドレスを交換して以来初めてのメッセージが届いていた。
 天王寺からの連絡はない。
 少し寂しい気持ちになりながら、内容を確認すると、それはディナーの誘いであった。

『今週の土曜日、比較的親しい仕事の関係者を集めてラフな会食をする予定だ。数時間程度のものだが、気軽なパーティーになる予定なので、気分転換に、よければ参加しないか?』

 客からこんな風に誘われたのは初めてで少し驚く。
 正直なところ、賑やかなパーティーなどは義理の父に連れられて行った時のことを思い出してしまい、あまり得意ではない。
 李は断っても気にしないだろうし、そのせいで今後彼が店に来なくなったとて、売り上げのノルマなどもないましろが困ることは特にないだろう。
 ただ、今夜李と話していた時は楽しかった。
 一人でいると、天王寺に会いたいと思ってしまうので、たまにはそういう場に参加して気を紛らわすのもいいことかもしれない。
 そう考えたましろは逡巡の後、参加させてもらいたいと返信をしていた。
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