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しおりを挟む「あの、ミドリ……。私、変ではありませんよね?」
開店前にバックヤードで姿見とにらめっこをしていたましろは、ソファでアプリゲームに興じる碧井にそう問いかけた。
質問が唐突すぎたせいか、画面から顔をあげた碧井はぱしぱしと目を瞬いている。
「変って……どういう意味で?」
「それが……わたしにも、よくわからないのです」
「???」
聞きたいことをうまく説明できず、ましろは困って目を伏せた。
数時間前。
体を洗って浴室から出て、その後は二人と一匹、コーヒーを飲みながら和やかな時間を過ごした。
天王寺は相変わらず口数は少ないが、ましろの話に穏やかに笑ってくれる瞬間があって、何度も見惚れてしまった。
シロは何の興味もなさそうにソファで寝ていたが、その存在を意識しなくなった頃、突然ダイニングテーブルに乗ってきて、天王寺の前に立ちふさがるようにして机の中央を陣取り、ましろを驚かせた。
「シロも話に混ざりたいのでしょうか?」
寂しかったのだろうかと首を傾げると、天王寺は諦め顔でため息をつく。
「腹が減ったんだろう」
「あ……お食事の時間なのですね」
「いや、仕事の日はこんな時間にあげられないから、本当はまだなんだが、そばに人がいるとこうしてねだりに来るんだ」
シロはましろの上で寝ていた時とは違う、何か真剣な雰囲気で、天王寺を見つめている。
「シロ……真剣ですね……」
「………………………」
圧に負けたらしく、天王寺は立ち上がると餌の入っている棚の方へと向かい、シロもすぐにその後を追った。
ピンと尻尾を立ててエサを催促するシロを微笑ましく思いながら、そういえばと時間を確認すると、そろそろ帰らなければならないことに気づく。
「ちー様、私はそろそろ、戻りますね」
あまり長く滞在しては迷惑になるかもしれないと、朝からではなく昼から訪れたことを後悔してしまいそうなほど、後ろ髪を引かれてしまうが、仕事に遅刻してはいけない。
借りたタオルは洗って返したほうがいいのだろうかなんて考えながら、持ってきたショルダーバッグにスマホをしまっていると。
「帰さない、と言ったら?」
いつの間にか近くに来ていた天王寺が、ましろの細い手首を掴んだ。
「ちー様?」
「……今のお前を、他の男に見せたくない」
「それは、どういう……」
怖いような真剣な表情で見つめられて、ましろはこくんと息を呑んだ。
理由はよくわからないが、天王寺が引き止めてくれるならば、ましろも本当は帰りたくない。
このまま、天王寺やシロと一緒にいたい。
永久指名という制度やノルマのない『SHAKE THE FAKE』では、予約などもなく、自分の指名客が他のキャストを指名しても特に困ることはないため、当日欠勤に関してそれほど厳しくはない。
『今日はちょっとオークションに買い付けに行きたいから休むな!』などと店長自ら予定にない休暇(当然店も休み)を入れることもあり、そのあたりが大変緩いため、『今日はちょっと休みます』と電話をすればそれで済むだろう。
けれど、仕事より私事を優先するのはどうかと思う。
天王寺は本当にましろがこのままここに留まることを望んでいるのだろうか?
相手の戸惑いを察して、天王寺はすぐに「冗談だ」とその手を離した。
ましろの方も、そう言われてしまえばそれ以上留まることもできず、何となく気まずくなったまま、天王寺に車で送られてきてしまったのだが。
「う……ん……、ハクは、もう少し恋愛小説とか読むといいんじゃないかな?」
あまり詳しく話すのは恥ずかしいので、碧井には別れ際のやりとりだけを話したのだが、何故かとても疲れたような顔をされてしまった。
「恋愛小説……ですか」
「乙女な男心とお約束がわかるようになるかも」
「男心なのに乙女とは……?」
「まあ、天ちゃんもそういうピュアすぎて眩しいとこが好きっていう気持ちもあるだろうから、複雑なんだと思うけど」
「???」
「あ、別にハクは特に変じゃないから大丈夫。最近ますます綺麗になったなって、そんなところじゃない?」
「そう……なのですか?」
なんだか、誤魔化されたような気がする。
「まあでも、もしかして結構うまくいってる?」
「そ……う、ですね」
一緒にいる時に、天王寺が優しい顔をしていることが増えた気がする。
天王寺もましろとの時間を楽しんでくれているのだとしたら、とても嬉しい。
にやにやとからかうような碧井に、ましろは微笑んでみせた。
「いいな~俺も可愛い恋人欲しいな~。最近よく来てくれるお客様、みんな俺様系ばっかりで、一緒にいて楽しくないわけじゃないけど、ちょっと食傷気味」
「鬼軍曹と俺様は違うのですか?」
「鬼軍曹は私人としての自分には自信があっちゃいけないんだよ」
鬼軍曹とは一体……。
碧井の好みはやはりましろには難しいようだ。
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