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「ん……ぅ……?」

 胸に何か重しを乗せられているような息苦しさを感じて目を覚ました。
 何だろう、とうっすらと目を開けると、視界には、何やら黒い毛むくじゃらの物体が。
「……、シロ……?」
 天王寺との行為の後、どうやらましろは眠っていたようで、そこへシロが専用のクッション(?)を求めてやってきたようだ。
 ましろを気に入ってくれているらしいことや、毛の感触や温もりを感じられることなどはとても嬉しいのだが、胸部を圧迫するような場所で寝られてしまうと、少々息苦しい。
 少しずれてもらえないだろうかともぞもぞ身動きしても、丸くなって眠るシロは微動だにせず、梃子でも動かんという謎の強い意思を感じる。
「シロ……ええと……」
 どうしたらいいのかと途方に暮れていると、物音と共に人が近付いてくる気配がしたので、ましろはそちらへと意識を向けた。

「ましろ?」
「ちー様」

「シロ、お前いつの間に……」
 呆れたような声音でベッドサイドへ歩いてきた天王寺が、シロを抱き上げて床へと下ろしてくれる。
「あ……ありがとうございます」
「よほどお前の上は寝心地がいいらしい」
「光栄です」
 苦笑しながら起き上がり、サイドテーブルに置いてあるデジタル時計で時間を確認した。
 カーテンが引かれていて外の明るさはわかりにくいが、あれからそれほど時間は経っていないようだ。
 ましろが寝てしまったので、天王寺はシャワーを浴びてきたのだろう。
 惜しげもなくさらされている引き締まった上半身に今更ながらドキドキして、じっと見てしまっていたことに気付き慌てて目を逸らした。
「お前もシャワーを浴びるか?」
「は、はい。お借りできたら、ありがたいです」
 視線の意味を、ましろも体を洗いたいと思っていると解釈してくれたようだ。
 嘘をついたようで気まずくなって、焦ってベッドから降りようとすると、足に力が入らず、座り込みそうになるのを天王寺が抱き留めてくれた。
「も、申し訳ありません」
「いや、……」
「ちー様?……あっ」
 そのまま一度ベッドに戻されて、シーツに包まれ抱き上げられる。
「あ、あの、自分で……」
「じっとしてろ」

 浴室の前でましろを下ろした天王寺は、ましろが自立できていることを確認すると、タオルの場所と石鹸類は好きに使っていいということを伝えてさっと踵を返した。
 そっけなさにまた迷惑をかけてしまったとしょんぼりしながら、とにかく早く済ませてしまおうと体を覆っていたシーツをたたみ、よたよたと浴室に入る。
 天王寺は綺麗好きなようで、脱衣所も浴室も清潔だ。
 初めて入る浴室を新鮮に思いながら、シャワーのハンドルを捻った。
 水滴にうたれる自分の身体を見下ろすと、天王寺がつけたものと思われる朱いものがちらほらと目に入り、いつつけたのだろうと一人赤面する。

 それがどういう感情かはわからないが、天王寺がましろの身体を望んでいることは間違いないと思う。
 できればましろと同じ気持ちであったらと願うけれど、違ったとしても側にいたいと考えるようになっていた。

 再会するまで、ましろはずっと天王寺に赦されたいと願ってきた。
 そして、以前のように仲良くなれたらいいと。
 謝罪とは、結局のところ自己満足だ。
 赦すと言われれば謝った方は安心するだろうが、償うべき相手に譲らせているのだということを忘れてはいけない。
 そもそも自分は、彼の置かれている状況を踏まえた上で天王寺の本当に望むことというのを、きちんと考えたことがあっただろうか?
 ましろが自分のことばかり考えている間も、天王寺はずっと一人で戦っていたのに。
 本当に天王寺のことを考えるならば、彼のために何ができるかを考えなくてはいけなかったのだ。
 天王寺がましろの身体を望むなら……できることの少ない自分にも提供できるものがあり、それが自分にとっても嬉しいことならば、率先して応じていきたい。
 もしかしたら……気持ちも後からついてくるかもしれないから。
 天王寺のためにと言いながら打算の混じる自分の狡さがどうかと思うが、それでも、微かに期待するくらいは許されるだろう。

「……シロを見習わないと……」

 あの『誰の指図も受けぬ』というような意志の強さには、憧れを感じる。
 気ままに生きているようで、恐らく今天王寺のそばで一番の癒しを与えているであろうあの黒猫のようになりたいと、ましろは荒事など一度もしたことのない拳を固め、少々見当外れの決意をするのだった。
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