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しおりを挟む話を聞いた澄子は、ましろを家に連れて来いと言うようなった。
最初は自分の友達をもてなしてくれようとしているのだと思っていたが、母親のやけに真剣な様子に、すぐにましろを利用しようとしているのだと気付き、話したことを後悔しても出てしまった言葉は元には戻らない。
幸いなことに、ましろは放課後や休日は習い事や家族との外出などで忙しく、家に呼べない理由を偽る必要はなかった。
今にして思えば、父の会社の資金繰りが苦しくなってきた頃だったのだろう。
優秀な人材の確保や設備投資に使うべきだった資金を、愚かにも夫婦揃って己の虚栄心を満たすためだけにばらまいたツケはすぐに回ってきた。
経営が行き詰まっても、二人とも金のかかる生活を改めることができず、大介の会社は倒産。
多額の借入があり、自己破産をせざるを得なくなった大介は全てを失い、家族三人、地方に住む澄子の両親の元に身を寄せることになった。
それが、千駿が最高学年の微妙な時期に転校をせざるを得なかった理由だ。
不本意ではあったが、千駿にはこの転校に、安堵する思いもあった。
自分が側にいなければ、両親はましろを利用できない。
だから、敢えて連絡先を教えず、別れの挨拶すらせずに姿を消したのだ。
それで最悪の事態だけは避けられたと思っていた。
あの純真無垢な少年を、大人の汚い事情に巻き込みたくなかったから。
結局、再会した後、想いを抑えきれずに何度も会ったことで、幼い自分の決意を全て無駄にしてしまったわけだが。
母はその後、再び働き始めたが、どの会社も長続きせず辞めてしまう。
千駿は高校を出ると一人暮らしを始め、在学中に起業した。
勤め人よりも起業することを選んだのは、それほど深い理由はなく、とにかく早く一人で生きていく力が欲しかったからだ。
それがようやく軌道に乗った頃、澄子から連絡が来て、金の無心が始まり、今に至る。
話を聞いたましろは、とても驚いた顔をしている。
よくある、というほどではないにしろ、目新しくもない、面白みのない身の上話だと我ながら思う。
それに素直に驚きを覚え、簡単にいたわしげな表情を作らないところが彼らしく、天王寺は微かに口元を綻ばせた。
「あの頃……何度かお前に家のことを聞いたのを覚えているか?」
「はい。覚えています」
「俺はお前から羽柴家の情報を聞き出して、『うちの父親の会社のことを、祖父か父に話して欲しい』と頼むように母親に命令されていたんだ」
親から命じられたこととはいえ、利用しようとしていたことを、ましろにだけは知られたくなかった。
だからましろに母親のことを聞かれた時説明できなかったのだが、彼はもう全てを知ってしまっている。
最悪な形で巻き込んでしまったことを申し訳ないと思っているのに、どこかで自分も被害者だと言い訳したい気持ちがある、矮小な己に自然と自嘲が浮かんだ。
「……軽蔑したか?」
ましろは首を振ると、静かな瞳でじっと天王寺を見つめ返してきた。
「私は…………悔しいです」
「悔しい?」
想像していなかった言葉だったので、聞き返す。
絞られた照明の中、交わった視線の先のきれいな瞳が、ふっと揺らいだ。
「もしも、もっと私が……月華のように頭がよくて、ちー様の立場や、悩みを察することができていたら、もっと違う未来があったかもしれない。けれどあの頃の私は幼くて……今よりも更に未熟で。万が一、事情を打ち明けてもらっても、それを本当の意味で理解して分かち合うことはできなかったと思います。それが……とても悔しいです」
「ましろ……」
天王寺は、言葉に詰まった。
そんなことを言ってもらう資格は自分にはない。
ましろと一緒にいられなくなったのは、親のせいだけではない。
あの頃、少年だった自分は、確かに彼に欲望を覚えていた。
その気持ちから逃げ出し、離れることでましろを守ったようなつもりでいたが、ましろはその後、家を捨てる覚悟を平気でしてしまうくらい追いつめられていたという。
それなのに、年月を経て再会したましろに、『天王寺様』と他人行儀に客として扱われたことで、その欲望を見透かされたようで、頭に血が上り、乱暴に抱いてしまった。
最低だ。
「俺は……」
すっと手が伸びてきて、抱きしめられたことで言葉は途切れた。
どこまでも優しい、子供にするような、抱擁だ。
「今は……私も少しだけ大人になりました。お母様と私の間で板挟みになったちー様の辛さを、わかることはできなくても想像することができます。守ってくださっていたこと、…とても遅くなってしまいましたけど、ありがとうございます。今日も助けに来てくれたのが……とても、嬉しかったです」
助けられたのは、どちらだろうか。
ましろへの想いは複雑すぎて、いつも言葉にならない。
天王寺は不意打ちで目頭が熱くなったのを隠すように、細い体を抱きしめ返した。
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