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しおりを挟む近くのパーキングに停めてあった車に乗り込んだが、天王寺はすぐに発進させず、ましろに向かって頭を下げた。
「……すまなかった」
「え?」
「俺が不用意にお前に近付いたりしなければ、こんなことにはならなかったはずだ。嫌な思いをさせて、本当にすまなかった」
「いえ、そんな……!私は本当に大丈夫です」
天王寺の母親に利用されそうになったのは悲しかったが、いくら好きな人の母親だとしてもこれまで親交はなく、信頼関係があったわけでもないので、それほどのダメージではない。
実の母親に負債を全て押し付けられた天王寺の方が悲しみは深いと思う。
「ちー様……、その、あの人達にお金を払う約束をしてしまって、大丈夫なのですか?」
『SHAKE THE FAKE』を知っていたことからも、彼らがダークサイドでビジネスをする人間だということは明らかだ。
世知に疎いましろでも、『闇金』からお金を借りると法外な利息を要求されると知っている。
あの場ではああ言うしかなかったのかもしれないが、ずっと母親に援助をしていた上に更にそんな負債を負わされた天王寺が心配だった。
心配をするましろを、しかし天王寺は問題ないと一蹴する。
「奴らにも言ったが、間に弁護士に入ってもらって、払うべきと思う額だけ払うさ」
母親が金を借りたのは事実なので、相手が違法な金貸しだとしても、それを踏み倒すことは筋が通らないということなのだろう。
「それよりも……、奴ら、お前のことは随分と簡単に解放したな」
「それは、私が月華の身内ということで、お金にはならない……できないからです」
「……黒神会、か」
「私はもう、羽柴家とは関係のない人間です。無理に繋がりをあぶりだそうとすれば……その方が危険な目に遭うのではないかと」
だから、今後の天王寺の母親のことが心配だった。
これ以上、こちら側に深入りしてこないといいのだが。
車が走り出すと、方向音痴のましろにも見覚えのある街並みで、時間の経過などから予測はしていたが、己のいた場所が存外近所だったことを知った。
盗み見た運転席の天王寺の横顔には疲れが滲む。
この人をこのまま帰してしまってはいけない気がした。
自分の部屋で少し休んでいかないかと提案しかけて、それでは天王寺は大丈夫だからと帰ってしまうかもしれないと思い直す。
ましろは一生懸命言葉を探した。
「ちー様」
「何だ」
「あの……色々あって心細くて。もう少しだけ、一緒にいて欲しいです」
怯えた素振りも見せなかったというのに見えすいた嘘だったかもしれないが、天王寺は何も聞かずにましろの部屋に来てくれた。
「何か、飲みますか?」
「それより、早く横になった方がいい。あまり顔色がよくない」
借りたコートをはぎ取られてベッドへと促され、ましろは素直に横になる。
ベッドサイドに座った天王寺にも休んでほしかった。
「ちー様も……一緒に休みませんか?」
「………………お前が、それを望むなら」
天王寺の体温が近くなり、ましろの鼓動は少しだけ早くなったが、今日は触れる気はないようで、互いにただ寝台に並んで横たわる。
それだけでも安心して、このまま寝てしまいたいと思ったが、色々なことが起こって興奮しているせいか、疲れている自覚はあるのに睡魔が忍び寄る気配はない。
ましろが眠る気配がないことを察したのか、天王寺はしばらくして口を開いた。
「…………神導月華は、お前を大切にしているんだな」
ましろはこくんと頷く。
「……はい。月華は、出会ったときから、ずっと私のことを大切にしてくれています」
「彼は、お前のことを『家族』といっていたぞ」
「月華にとっては、彼の懐にいるもの全てが『家族』なんです。中でも私は、彼に最初に庇護された者なので、月華にとってもそれなりに特別なのではないでしょうか」
ましろは、月華との出会いを思い出す。
それは今から十年以上も前の話だ。
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