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しおりを挟む天王寺は拘束されたましろの姿を見ると、グッと眉を寄せて、己の母親を睨み付ける。
だが、彼女はそれに怯むでもなく、逆に嬉しそうな表情で迎え撃った。
「来てくれたのね、千駿」
「まさか、闇金にまで手を出していたとはな」
「闇金なんて行ってないわ。融資をお願いしたところにちょっと返済を待ってもらっていたら、彼らが来るようになっただけよ。坂本さん、羽柴のスキャンダルがお金にならないなら、あとは息子が全部払います」
「あっ……、おい」
言うだけ言って、スーツの男たちが引き留める間もなく、彼女は事務所を出ていってしまった。
「……ひでえ女だな」
どことなく同情した声音で顔を歪めたオールバックの男は、坂本というようだ。
天王寺は予想していた展開だったのか、引き止めるような素振りも見せなかった。
「あの女が勝手にこさえた借金で、俺には関係ない……と言いたいところだが、どうせ保証人の欄には俺の名前が書かれているんだろう。払うべきだと思う程度の金は払ってやる。だが、そいつは関係ない。すぐに解放しろ」
言われずとも、もはや彼らはましろに何かする気などなかったのだろう。
坂本が顎で指図をすると、すぐに拘束を解かれ、ましろは天王寺のもとへと駆け寄る。
「ちー様、」
「……こいつらと話が終わるまで、あと少し待っていろ」
余計なことは喋らない方がいいと思い、一つ頷いて天王寺の後ろへと回った。
「ま、うちは払うもんを払ってくれりゃ文句はねえ」
「返済については、後日改めて話をしたい。こちらがプライベートの連絡先だ」
一方的に決めつけられたのが癪に障ったのか、電話番号を書きつけたメモを受け取った坂本は一瞬剣呑な表情になったものの、溜め息をついて肩を竦めた。
「今日のところはさっさとその爆弾を持って帰ってもらうのが先か。逃げんなよ」
「………失礼する」
本当にそれだけでいいのかとおろおろするましろの手を引いて、天王寺は事務所を後にした。
薄暗く細い階段を下りていくと、すぐに地上が見えてきて、自分が三階建ての古びたビルの二階にいたことがわかった。
深夜なので空は真っ暗だが、一本向こうの通りは繁華街のようで、明かるさがこちらにも届いている。
ビルの案内板には『坂本ファイナンス』と書いてあった。
壊滅させられたマフィアについて知っていたところを見ると、ただの闇金業者ではないのだろう。
考えながら、上着を着ていないましろは、寒さにふるりと震えた。
すると、横からばさっと頭に何かを被せられ、驚く。
「着ていろ」
天王寺のコートだ。
「でも、」
「俺は寒くないし、すぐに車に乗るから平気だ」
「……はい」
風邪でもひかせてしまってはと心配ではあるものの、温もりの残るコートは天王寺に包まれているようで、離し難い気持ちもあり、素直に言葉に甘えることにした。
ましろがコートに袖を通すのを、天王寺はじっと見ている。
「あの……やはり、似合わないでしょうか……」
「いや、そうではなく、怖い思いをさせたな。……怪我はないか」
「大丈夫です。頭にこぶが少しできたくらいで」
「こぶ?」
ましろは、連れ去られてた際の経緯を説明した。
天王寺の表情が、みるみる曇っていく。
「それは、病院に行って検査をした方がいいな」
「もう触らなければ痛くないので、大丈夫だと思います。特に眩暈などの症状もないですし、それに病院は……困ります」
「困る?」
「その……今日のことを月華に知られてしまうと、彼らが酷い目に遭うかもしれません……。あ、でもそうしたらちー様は返済をしなくてよくなるのでしょうか」
「そんなことで返済を逃れようとは思わない。……だが、わかった。吐き気がしたり、痛みが引かなかったりしたら言え」
「はい、ありがとうございます」
自分の方が大変だというのに、天王寺の気遣いが嬉しくて、ましろはコートの前をかき合わせて、喜びの表情を隠した。
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