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しおりを挟む「じゃあ、とりあえず、彼女に接触して話を聞くのはナシね。ちなみに、天ちゃんから家族と仲が悪いとか、そういう話を聞いたことはないの?」
「それが、家族の話を聞いたことは一度もないのです。……私も家族について話すことはあまりなかったので、子供の頃は気にならなかったのですが」
天王寺が家族関係で何か問題を抱えていることは確かだろう。
子供の頃、何も気付けなかったことが悔やまれる。
碧井は「あくまで俺主観の印象だけど」と前置きして、彼なりの結論を語り始めた。
「正直、彼女はちょっと怪しいと思うな。二度も同じ場所で会ったこともそうだし、いくら顔を知ってても、話したこともなかった小学生の頃の息子の同級生に声なんかかける?普通。仮に家族関係がうまくいってないから最近の息子の動向を知りたいとかだったら、ハクのことなんか聞こうとしないと思うし」
「……確かに、そうですね」
「そういう観点から天ちゃんの言動を考えると、彼女がハクに何かしら害を及ぼすから、遠ざけようとしているのかなって思える。なんかすごく不器用な感じだけど、心配してるのかなって」
「私の存在を……二人の関係をお母様に知られたくないとかそういうことかとも思ったのですが」
「これも主観にはなるけど、ただ恋愛対象が男だってことを誰にも知られたくない奴は、そもそも昼間っからハクと一緒に出掛けたりしないよ」
話す碧井の瞳が微かに皮肉気に揺れたのを見て、実際にそういう相手と付き合ったことがあるか、話を聞くかしたことなのだろうと思った。
価値観の違いで擦れ違っても、辛い別れを経験しても、それでも諦めずに自分の理想の人を追い求める碧井は本当にすごい。
「背後が暗黒しかないオーナーと関わりがある時点で、俺たち『SHAKE THE FAKE』のスタッフは身辺に気を配ることが必須だと思うけど、その中でもハクはご実家がアレだから、天ちゃんのことがなくても、店外で近付いてくる人には気を付けた方がいいと思う」
それには素直に頷いた。
『SHAKE THE FAKE』では、数か月前にチャイニーズマフィアが店にやってきたこともあった。
その時ましろ達スタッフは出勤前で、詳細は後から知らされたのだが、弾痕のせいで壁紙を張り替えたりと、大事だったことは記憶に新しい。
「私もミドリのように、話しかけてくる方を上手くかわせればいいのですが……」
「今回の件でいえば、会わないようにする方が無難じゃない?しばらく車以外での外出は控えるとか」
「そう……ですね。ただ、それで何かが解決するかというと……」
「うん。今話したのも本当にただの俺の想像だから、一つも合ってないかもしれない。やっぱり、食い下がって天ちゃんに話を聞くのがいいよ」
「メッセージを送っても短い返事しか来ないのですが、電話に出てくれるでしょうか」
「会いに行っちゃえばいいんじゃない?会社の住所とか、店長に聞けば教えてもらえるでしょ」
「そ、そうですね」
碧井のお陰で、嫌われてしまったわけではないかもしれないという希望は持てた。
ただ、会えないと言われたところに会いに行くのだから、いい顔はされないだろう。
上手く話せるだろうかと思うと、なんだか緊張してきて、ぬるくなった紅茶を飲み干した。
話しているうちに開店時間が近付いたので、二人で店に向かった。
海河を見つけると、碧井がさっさと天王寺の会社の住所を聞いてくれる。
「いや~、店につけたセンサー、家にもつけてもらえないかと思って」
口から出まかせを聞いた海河がすっと目を眇め、隣にいるましろは全て見透かされているのではないかと肝を冷やした。
どこの国の物かわからない民族衣装を身に纏った怪しげな風体の海河は、いつになく真剣な表情で碧井の肩に手を置く。
「アキラ……相手がお前に見せようとしてる姿を信じられないその猜疑心が、すぐ振られる原因なんじゃないのか?」
「………………………………店長、ちょっと裏まで顔貸してくれる?」
碧井の背後から黒い瘴気が溢れ出し、物騒な事件が起こりそうな気配にましろは慌てて二人の間に割って入った。
「すみません、店長。ミドリは私の代わりに聞いてくれただけで……」
「ったく、アキラ、お前は少し過保護すぎるんだよ。ましろ、指名客のデータくらいちびすけあたりに聞いて押さえとけ」
どうやら、色々と筒抜けだったようだ。
ちびすけというのは八重崎のことだろう。システムだけではなく、情報も扱っている八重崎に聞けば早いのだろうが、ましろがそれを知りたがったことが月華にも伝わってしまいそうで、頼ることはできなかった。
しかし、海河の言うことはもっともである。
お説教に首を竦めていると、海河は「仕方ねえな」とぼやきながら、ましろへと一枚の名刺を差し出した。
「面倒だから他の奴らみたいに先回りしてフォローしてやる気はないが、そのことを俺が月華から責められない程度には上手くやれ」
「店長……ありがとうございます!」
受け取ったものは天王寺の名刺で、碧井がよかったねと笑ってくれる。
ましろは大きく頷き、理解のある上司と同僚に心から感謝した。
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