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しおりを挟む「おはようございまーす」
どう聞けばいいのかと言葉を探している途中、ロッカールーム側のドアが開き、碧井や他のスタッフが出勤してきた。
開店時間が近いのだ。
「もうそんな時間か……渋々開店準備するかな」
「天ちゃん……セキュリティの問題は解決した……作業の続きをしてもらって大丈夫……」
海河がスタッフに声をかけ、八重崎も話をしているうちにするべきことを終わらせていたようだ。
営業ではないと知っていたのなら何故自分を抱いたのかと、聞けないまま天王寺は八重崎の方へと行ってしまった。
後ろ髪を引かれるような思いで、ましろもフロアの方へと足を踏み出す。
もし、今夜指名してもらえたら、聞けるだろうか。
「ハク?」
声をかけられて、ハッとする。
「あっ、ミドリ。すみません、なんでしょうか」
「なにっていうか、帰らないの?って声かけただけなんだけど。大丈夫?また具合悪い?」
「い、いいえ、元気です」
気付けば既に午前0時を回っていて、閉店の時間だった。他のスタッフはもうほとんど残っていない。
今夜は途切れることなく指名が入って、そうこうしているうちに天王寺は帰ってしまったらしい。
指名して欲しくて部屋に呼んだりしていたのではないと分かっているのならこれが自然だろう。
寂しいなどと思うのは我儘でしかない。
元気という言葉が真実かどうか、ましろの顔色を訝しげに観察していた碧井だが、ややあって不意に唇の端をあげた。
「もしかして、あのチケットが役に立ったのかな」
「それは……はい。ありがとうございました」
謎は深まったものの、昨日の天王寺は優しかった。だから今日も、話をする勇気が出たのだ。
全てが碧井のおかげなのは間違いないだろう。
「本当?よかったね。……にしては、ちょっと元気ない気もするけど」
鋭い。
一瞬、天王寺のことを碧井に相談してはどうかという考えが脳裏をよぎった。
碧井はましろよりも色々なことを知っている。何かいいアドバイスをもらえるかもしれない。
…しかし、相談するということは全てを話さなければならないということだ。
正直、他人に言いにくいことが多く、どうしてもその勇気が出なかった。
「まだ……あまりいい成果はお聞かせできないのですけど、イングリッシュガーデンは素晴らしかったですよ」
「鬼軍曹は?」
碧井は草花にはさして興味がないのだ。
鋭い視線で食いつかれて、ましろは苦笑する。
「ええと……花を愛でる鬼のような方はいなかったですね……」
一応、該当するような人物がいないかは気をつけていたが、そう広くもないローカルな施設である。
穏やかそうな年配の来園者ばかりで、鬼のような人物は目につかなかった。
「なんだお前ら。閉店したらさっさとはけろ」
そこに海河がやってきて、自分も帰りたいからさっさと帰れと追い立てる。
「店長~増員しましょうよ。鬼軍曹系急募」
「もう一人くらいスタッフ入れたいってのは同意するが、今俺が欲しいのはカタコト外国人系なんだよな。トンチンカンな日本語なのに、意味は大体合ってるみたいな喋りのやつ。できれば天然がいいな」
「ニッチすぎる……」
碧井が肩を落とす。
碧井も海河も、思い描く人物像がとても具体的だ。
どこからそんなインスピレーションを得るのか、会ったことのある人物しか思い描けないましろからすると、少し羨ましい。
退勤し、自室に戻ってからスマートフォンを見ると、天王寺からメッセージが来ていた。
『今日はあの後戻らなくてはならなかったから、お前を指名できなかった』
話が途中だったのを気にしてくれたのだろうか。
それとも、ましろとの時間を作れなかったことを残念に思ってくれている?
気にかけてもらえている気がするだけでドキドキしてしまう。
『お時間のある時でいいので、ご連絡をいただけるのをお待ちしています』
そう返してから、なんだか本当に営業のようだと思い、
『また昨日のように、一緒に出掛けたいです』
と続けて打ってみた。
送信ボタンを押してから、今度は厚かましかっただろうかと不安になっているうちに既読の表示がつく。
『また連絡する』
天王寺の返信は簡潔だ。
彼は今何を思っているのだろう。
ふと、何も考えずに遅い時間にメッセージを送ってしまったことに気づいた。
『遅くに返事をしてしまってごめんなさい。おやすみなさい』
『別に時間は気にしなくていい。おやすみ』
たった数行のやりとりだが、何気ない挨拶が交わせたことが嬉しかった。
ましろは眠るまでに何度も天王寺からのメッセージを読み返していた。
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