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 翌日、いつもの時間に出勤したましろは、バックヤードに見知った人物を見つけ、笑顔になった。

「こんばんは、木凪。今日はお仕事ですか?」
「ましろ……、お疲れ様……」
 ノートパソコンからぼんやりと顔をあげた、少女と見紛う美貌の青年は八重崎木凪といい、『SHAKE THE FAKE』のオーナー、神導月華の親戚だ。
 具体的な関係は謎で、月華も八重崎もお互いを「親戚の『ようなもの』」と表現する。何か複雑な事情があるようだが、ましろにとっては二人とも、学生時代の後輩であり、月華の言葉に甘えて便乗するなら、『大切な家族』である。
 白いフリルシャツに黒いリボンタイ。ましろより頭ひとつ分低い小柄な体は、折れそうなくらいに細く、頼りない。しかし、その可憐な見た目に反して肝が座っており、どんな局面でも八重崎が物怖じするところはみたことがない。ましろなどは小さなことでもすぐにおろおろとしてしまうので、彼の勇気や決断力を羨ましく思い、またとても尊敬していた。

「今日は……嘘発見器の調整に来た……」
「この店に、嘘発見器なんて付いていたのですか」
 独り言のような淡々とした答えにましろは驚く。
 八重崎はIQがとても高く、見たものすべてを記憶することができるという。
 プログラミングに長けていて、月華の会社のシステム関連の全てを担っているらしい……と聞いてはいるが、身近な電子機器の使い方ですら碧井に教えてもらっているましろには、プログラミングやシステムといった言葉自体、こんなものかな?とぼんやり想像する程度でしかないのだが。
 とにかく、八重崎はとても頭がいい。
 その彼をすれば、店全体に噓発見器を仕込むことくらいたやすいだろう。

「客のキャストへの賛辞が嘘か本当か……わかる……。嘘の場合……白いハッピーなパウダーが落ちてきて……骨抜きにすることで黒を白にする、っていう……」
「サイレンの鳴る車が駆けつけてきそうなギミックですね……」
「実は小麦粉の……ドッキリ……」
「なるほど……」

 心にもないこと……というのはあまり言わないけれど、直近の己のことを顧みるとひやりとしてしまう。
 今天王寺から指名を受けたら、その粉が降ってきてしまうのではないだろうか。
 通常の接客でも、社交辞令は誰でも口にするだろうから、どの程度の発言を『嘘』と感知されてしまうのかは聞いておかなくては。お客様を小麦粉まみれにしてしまっては大変だ。

「おい木凪、その話いつ終わる?」

「あっ、店長。あの、嘘発見器なのですが……」
 ちょうど店長が声をかけてきたので、運用を確認しようと振り返り、目を瞠る。
 相変わらず怪しい風体の海河の後ろに立っているのは、天王寺だ。
 昨日の今日なので、その姿を目にすると、どうしても鼓動が早くなる。
「木凪の言ってるのは、今この天ちゃんと詰めてるセンサーの話だ。この間共有しただろ。残念だがハッピーになる粉は降ってこない。木凪、お前いたいけなましろに嘘八百を吹き込むのはやめろよ」
 天ちゃんとは天王寺のことか。
 海河の呼び方に驚きながらも、粉の件はほっと胸を撫で下ろした。…色々な意味で。

「思い付きで言っただけだけど……面白そうだから……導入を検討してほしい……」

 何故か八重崎は食い下がっている。
 海河は腕組みして唸った。
「絵面の面白さは認めるけどなあ、高級スーツを粉まみれにされて笑って許せる紳士がどれくらいいるか」
「美人のウェイトレスになら……股間にジュースをぶちまけられても……怒らない文化が日本にはある……」
「フィクション」
「『こんなところにも小麦粉が……お拭きします』……」
「先に頭拭けっつーか、風呂とか貸さないと駄目なやつだろ頭から小麦粉は」
「サービスに……キャストのマットプレイもついてくる……」
「完全に風俗」

 近くでじっと二人の話を聞く天王寺の表情はやけに険しい。
 海河も八重崎も誰に対しても常にあの調子なので、真面目な天王寺には理解しがたいのかもしれない。
 ましろは放っておかれている形になっている天王寺のそばへと、歩み寄った。
「ち……天王寺様は、お客様のご気分を感知できるというセンサーのことで、当店へいらしていたのですね」
「……ああ」
「今……少しお話ししても大丈夫ですか?」
「あの二人の話が終わるまでなら」
 八重崎と海河は「虚言じゃなくてツッコミのタイミングで粉が……」などと盛り上がっている。まだ終わらないだろう。

 チャンスだと思った。
 結末が変わらないならば、ずるずると引き伸ばしていても仕方がない。
 今言えば、少なくとも今日、天王寺は必要のない出費をしなくて済む。

「今更、とても言いにくいのですけど……。『SHAKE THE FAKE』では、店外での営業は禁止なのです」
「ああ。神導月華からは、そう聞いている」
「…………………………………」
「…………………………………」

 だとしたら、何故、自分を?

 あっさりと返されてしまったが、これまでの考察の全てを覆す答えに頭が混乱した。
 言葉が出ないましろを、天王寺は怪訝な表情になり覗き込む。
「お前も違うと言っていたような気がするが、……仕事の一環のつもりだったのか?」
「ち、違います……!」
 慌てて首を振った。
 最初からずっと、少なくとも店外では、仕事だなどと思ったことは一度もない。
 営業ではないと認識していたのだとしたら、昨日のことは……?
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