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しおりを挟む神導との話を終えた千駿は、一旦『SHAKE THE FAKE』を辞したものの、十七時から同じ場所で海河との打ち合わせが入っているため、東京にあるオフィスには戻らず店のすぐ側にあるカフェで遅い昼食を摂りながら、出先でもできる案件を片付けることにした。
だが、ここ数日のことが脳裏を過り、指示メール一つ打っただけで手が止まってしまう。
神導からは想定外のことばかり言われ、混乱もしていた。
東京にある本店『SILENT BLUE』と横浜元町の姉妹店『SHAKE THE FAKE』は、思い入れの強い店だと事前に本人から聞いていたが、株主、経営者として多くの会社に関わる神導が一スタッフであるましろのことまで気にかけているとは思わなかった。
スタッフが家族?
千駿にとって家族とは、深く根を張って切除が不可能な悪性の腫瘍のように厄介なものだ。大切なものを表す言葉としては共感できない。
親子の杯を交わすヤクザならではの、家族、つまり構成員は大切、という思考なのかもしれないが、伝え聞いた神導の性格からして、言葉通りに受けとるべきではないだろう。
大事な商品に安易に手を出すなと牽制されているのか、お前の行動は筒抜けだから、欲をかいて下らないことは考えるなと脅しているのか。
言われずとも、深入りする気はなかった。
ましろへの想いは長年の間に複雑にもつれ絡まって、千駿自身にも把握しきれていない。
自分の存在はましろのためにならないと思ったから、突き放すようにして彼の前を去り、連絡を取ることもしなかったのに、何故男の酒の相手をするような店で働いているのか。釈然としない気持ちが拭えない。
羽柴の家が傾いたという話は聞かないし、体面的にも、経済的な理由でましろを風俗店で働かせたりはしないだろう。
「(ならば、神導に何か弱みでも握られているのか……)」
それはありうる話だ。
再会したましろは息を飲むほどに美しかったが、何かに怯えるように、千駿から目を背け続けていた。
昔の友情を振りかざすつもりはなかったが、神導のもとで働いている事情がどうしても気になる。
プライベートでなら込み入った話ができるかと思い、この後話せるかと聞くと、それまで怯えていた様子だったましろから物馴れた様子で部屋に誘われ、これまで何人の男とこんなやりとりをしたのかと思ったら頭に血が上った。
幼馴染みとしてではなく、客とキャストとしての関係を望まれているのなら、それらしく振る舞ってやろうと。
『へ、部屋に……上がっていかれませんか?』
ましろがすがるような瞳を向けてくるのは、何かそうせざるを得ない理由があるからだ。
誘われると、幼い頃に抱いた邪な気持ちが見透かされていたようで、いたたまれない気持ちになる。
苦い気持ちで冷めたコーヒーを口に含むと、窓の外を行き過ぎる人並みに紛れて、今まさに思い描いていた人物を見つけて目を瞠った。
「(……ましろ)」
ただ歩いているだけでも際立つ清廉な姿に目を奪われる。
『SHAKE THE FAKE』で見かけた小柄なスタッフと二人、見たことのないようなリラックスした表情で談笑しているので驚いた。
あんな風に気を許せる相手がいるのか。
何故隣にいるのは自分ではないのか……などと憤る資格は自分にはないだろう。
それに深入りしては、子供の頃の二の舞になる可能性がある。
神導に頼まれた仕事を終えるまでの間だけだと思い聞かせて、ましろの姿の見えなくなった窓から目を逸らした。
この想いが。
本気でなければ、どれほど楽だっただろう。
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