45 / 120
45
しおりを挟む最低限の荷物しか持ち込んでいなかったため、家に戻る準備はすぐに済んだ。
空けていたといっても二か月なので、家の方もそれほど荒れたりはしていない。
戻る前日に適当に掃除機をかけ、祖父と母の位牌のある仏壇だけ念入りに掃除をして、花を供えた。
手を合わせると、改めて全て無事に終わってよかったという実感がわいてきた。
これからは父が遊びすぎないよう目を光らせつつ、自分ももっと日々を真剣に生きていきたいと思う。
父からも『もうすぐ帰るから、そしたら親子二人で美味しいものでも食べに行こう☆』という連絡が入った。
その『もうすぐ』が何日後なのかとか、美味しいものよりもまず会社のことだろとか、色々と言いたいことはあったが、一応期待している旨の返信を送っておいた。
……日常が、戻りつつある。
そして最後の勤務の日。
最後の賄いを食べるべく、万里はいつものように早めに出勤した。
「おはようございます」
「おはよう、鈴鹿。今日が最後だな。何にする?」
鹿島に問われ、万里は少し考えた。
「なんか……パスタで」
「米じゃないのは珍しいな。シーフードでもいいか?今日は美味い伊勢海老があるから」
いい予感しかしない提案に、お願いしますと頷いた。
『SILENT BLUE』を辞めることで一番辛いのはこの賄いを食べられなくなることではないだろうか。
鹿島は調理する手を動かしながら、しんみりと言う。
「鈴鹿がいなくなると、寂しくなるな。腕の振るい甲斐が半減だ」
「残り半分は副店長ですか」
「そ。俺はドカ盛り系結構好きなんだけど、みんな『量は少なめで』とか少食だからなあ。昼食の時間帯だけ、学生とか労働者の多いところで『安い・多い・美味い』みたいな定食屋とかやりたいな」
「そんなん絶対毎日行きますよ。あ、もちろん高級な店でも、鹿島さんのメシ食うためにバイトして通いますけど」
「ありがとな。やるときはよろしく」
伊勢海老をふんだんに使ったシーフードパスタは絶品だった。
やがてスタッフが集まり始め、ミーティングが始まる。
「バンビは今日が最後の勤務になる。各人別れを惜しんだり惜しまなかったりするように」
店長の桃悟は相変わらず男前な顔でにこりともせずにそんなことを言いながら、一言を万里に促した。
万里は苦笑しながら一歩前に出て、スタッフを見回して深く頭を下げた。
「短い間でしたが、お世話になりました。ご迷惑をかけることばかりでしたが、すごく勉強になった二か月間でした。ありがとうございました」
「お疲れ」「ありがとう」等のあたたかい声がかかり、近付いてくる影がある。
「お疲れさまでした。僕は個人的なことも含めてだけど、今日までありがとう、万里」
「チーフ……」
優しく細められた切れ長の瞳ににっこりと微笑みかけられて、つい目頭が熱くなった。
この人たちのことを、忘れることはないだろう。
ミーティングが終わると、伊達が再び声をかけてきた。
「万里、今日は間もなくバンビをご指名してくださったお客様がいらっしゃるから、受付の方にいてくれる?」
「え、俺をですか?わかりました」
誰だと思ったが、予約ということは、何となく予想がつくようなつかないような。
「よう、バンビちゃん」
開店後すぐに現れたのは、何となくの予想通り久世だった。
「あ…………い、いらっしゃいませ?」
「『あんたかよ』って二人きりの時みたいに言ってくれていいんだぞ?」
何で言いかけた言葉がわかったのか。エスパーかこの男は。
あとその思わせぶりな言い方やめ!
「コートお預かりします!」
何でこの男は最後の日までこうなのかと、チェスターコートを奪い取りながら万里は頬を染めた。
12
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる