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「く、……久世様、本日もご指名ありがとうございます」

 挨拶をする笑顔が歪みそうで焦る。
 幸いというべきか、久世に接するときに完璧な営業スマイルなどできたためしはない。
 相変わらず硬いな、と笑われただけで、怪しまれた様子はなかった。

 久世があまり日を空けずに『SILENT BLUE』にやってきたことを、喜ばしく思う日が来るとは思っていなかった。


 あの後……。
 退勤して自分の部屋に戻ると、スマートフォンでまずは投資ファンドを検索した。
 投資家から集めた金を投資してその利益を再分配する、というのが投資ファンドの仕事らしい。
 投資信託という言葉は金融機関の広告などでよく目にするが、それと似たようなものだろうか。
 字面からはあまり儲かりそうなイメージはないが……それでビルを買ったりできるのか。
 今まで縁がなかったのでまったくぴんとこない。
 次いで投資ファンドに追加してハゲタカも検索した。
 倒産した会社を安く買い取って高く売っているファンドのことを『ハゲタカファンド』と呼ぶと書いてある。

 倒産した会社、ということころで、己の境遇を思い眉を寄せた。

 倒産、つまり死んだ会社を金にしようと群がる様が、死肉にたかるハゲタカ(…という鳥はいないらしく、ハゲワシやコンドルの俗称だという)のようだということらしい。
 得た情報を繋ぎ合わせると、何か、嫌なものが胸の中に広がっていく。

 父の会社の倒産。
 父からその事実を聞かされた直後に家に現れた神導。
 突然新人の万里を指名した久世。
 その二人は、様々な会社を買収して得た資金や建物で商売をしている……。

 これだけのことで自分に関係があると断定はできないが、全てがタイムリー過ぎる。
 万里は自分が父の会社に関してあまりにも無関心でいたことを後悔した。
 もしももう少し注意を払っていたら、買収などの話があったかどうかくらいは聞けたかもしれないというのに……。

 情報が少ないながら、推測を継ぎ足し、現状について考えてみる。
 神導は自分が回収に来たのは五億のうち一億だと言っていたが、それはつまり他に四億円分を返済してもらいたい他の債権者がいるということだ。
 父の『金策』で五億もの大金を作り出せるとは思えない。
 となると、少しでも優先的に金を回収したいと思えば、まずは父の行方を押さえようと考えるだろう。
 万里は父の一人息子で、一般的な感覚からすれば人質になる。

「(人質にするために家のことをダシにして『SILENT BLUE』で働かせている……?)」

 神導は善意と言われても信じられないのでそれくらいの思惑があってもなんとも思わないが、わからないのは久世だ。
 父の会社は立地がいいわけでもなければ大きい会社でもない。
 今万里のいるこのビルを売ったり買ったりしているような感覚でいえば、大した金額にもならないだろう。
 とはいえ、神導の上司とかいう男も気分で父に負債を負わせたような外道なのだから、久世にだってこちらの窺い知れない理由がある可能性は十分考えられた。

 握りしめていたスマートフォンの画面は既に暗くなっていて、そこには何故か、とても悲しそうな顔をしている自分が映っていた。
 何故、自分がそんな顔をしているのかわからない。
 神導はもともと信用していないので、騙されたという感覚は少ない。
 久世だって神導の知り合いなのだから、同じように見ていたはずだ。
 しかも意地悪で、根性悪で、すぐからかうわ子ども扱いするわ、ろくでもない男だ。
 信じてなんか、いなかったはずだ。

「(……作り話かもしれない昔の話にシンパシーなんて感じて、馬鹿か俺は……)」

 平日昼間にあんな所にいたのも、偶然でも縁でも何でもなく、父の負債のことと関わりがあるからかもしれない。

 不本意な失望の次に湧き上がってくるのは、怒りだ。
 神導が黒幕だとすると、本人から真実を聞くことはできないだろう。
 久世は(全てが推測なので無関係の可能性がゼロではないとはいえ)神導との関係の近さからして、絶対に事情を知っているはずだ。
 考えたくないことだが、万が一父に何かあった時には、何か証拠があれば神導たちを裁けるかもしれない。
 あるいはその情報をダシにして取引をする。
 父の会社の倒産が本人の自業自得だという事実は変わらないかもしれないが、万里には償う気持ちがある。
 父を説得するから、乱暴な真似はしないでほしいと頼めないだろうか……。

 久世に近づき、何か一つでも有力な情報を手に入れる。
 今の自分にできることはそれだと、万里は決意を固めた。


 そして今日、久世は『SILENT BLUE』に現れたのだ。
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