TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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 すっかり二人の土俵で話してしまったが、冬耶にとっては一切現実的ではない話だ。
 ようするに、現状維持以外の手立てはないということだろう。
 二人が自分のことを案じて色々と手を尽くしてくれた。冬耶としてはそれだけでもう十分だ。
 今は御薙がいてくれるおかげで突然の変態などもなく、体調は安定している。
 これ以上を望んだら罰が当たってしまうに違いない。
 隣の御薙を見ると、彼も思いは同じか、力強く頷いてくれた。

「晴十郎さん、五十鈴先生、二人とも、ありがとうございま…」
「わかりました。組のことが片付いてからなら、俺も冬耶のために山にこもって」

 全く同じ思いではなかった。

「い、いやいや!一年も山ごもりとか、そんな覚悟を決めないでください!」
 謎の覚悟を決め始めた御薙に焦ってツッコミを入れる。
 お礼を言って綺麗に締めようとしたのに、何故荒行の方を受け入れてしまったのか。
 まだ酔うほど飲んではいないはずだが、ビールの中にウォッカでも混入されていたのか、御薙まで晴十郎&五十鈴サイドに行かないで欲しい。

 五十鈴はそのやりとりを見てひとしきり笑った後、「冗談はさておき」と目尻に浮かんだ涙を拭った。
 やはり冗談。一体、どこからどこまでが冗談だったのやら。
 若干警戒する冬耶へ、五十鈴は椅子ごと向いてずいと乗り出した。
「東洋医学を学ぶってのは、どうだい?」
「東洋医学…?鍼灸とか、漢方薬とか…ですか?」
「ああ、そういうのもひっくるめて、東洋医学全般さ。以前あんたの体のことで陰陽説について話したと思うが、東洋医学ってのは、全身を診て体を構成する様々な要素のバランスを整えることで治すって考え方の医術だ。科学で解明されていない部分は多いが、エビデンスはある。あんたの体質をもう少し医学的にとらえられるようになるかもしれないし、得た知識を活用した体質改善で変化しにくくなる可能性は、私は十分にあると思っているよ」

 五十鈴の言葉には説得力があった。
 漢方に対して、民間療法的な一抹の胡散臭さを覚えていたが、そう説明されると今の自分に必要な知識のような気がしてくる。

 冬耶が真剣に考慮し始めたのが伝わったのか、五十鈴はさらに身を乗り出してきた。
 近い。
「本格的に勉強するつもりなら、私も力になれるしね。なんなら助手として働いてくれても」
「五十鈴、強引な勧誘は良くありませんよ」
「え、レディースクリニックでですか…?」
「そっちでも漢方薬の処方はあるけど、おまけで知り合いの老若男女の治療なんかもしてるからさ」
「あ…、そうだったんですね」
 晴十郎も御薙も驚いていないので、初耳ではないのだろう。
 仁々木組の関係者は普通の医者にかかれないものも多いと思われるので、五十鈴のお世話になったこともあるのかもしれない。

 考えてみるということでその話は終わり、その後は五十鈴が本格的に飲み始めたため、ほどほどのところで晴十郎に任せて、御薙と冬耶は『NATIVE STRANGER』を辞した。


 それから。
 五十鈴の提案に興味が湧いた冬耶は、東洋医学の一般書を読んでみることから始め、次第に本格的に学びたいと思うようになった。
 知識を得ることが楽しくて、本当に学校に通ってみるのもありかもしれない。
 資格を取れば、手に職をつけるということにも繋がる。

「なんだか楽しそうだな」
 事務所の二階で、御薙が仕事をしている傍らで電子書籍を読んでいると、仕事の電話を終えた御薙が話しかけてきた。
 現在の冬耶は昼間は仁々木組の事務所にいることが多いが、一階にいるとジンに色々と雑用を命じられるため、御薙がいるときは二階に避難して、読書や勉強に勤しんでいる。
 冬耶は端末から顔を上げて微笑んだ。
「そうなんです。今の自分の状態とかと結びつけて考えると、色々知るのが楽しいです」
 学ぶことを楽しいと思うのは、何なら初めてかもしれない。
 自分にとって学ぶこととは勉強とイコールで、常に義務の意識と緊張のつきまとうものだったから。
「家を出る前までは勉強が本当に苦痛で、参考書を開くと具合が悪くなったり、試験問題を見ても何も考えられないくらいだったのに、不思議ですよね」
「お前それは…相当ストレスだったんだろ」
 御薙が心配そうに眉を寄せている。
 今思えば、当時の自分は抑鬱状態だったかもしれない。
 成績が下がっているのは、自分の頭が悪いせい、努力が足りないせいと思っていたが、そもそも何かを学べるような精神状態ではなかったのだろう。
「勉強をストレスに感じること自体が弱さ、みたいな風に思っていたかもしれません」

 もし過去の自分に会いに行けるなら、辛いならやめてもいいと言ってやりたい。
 勉強を放り出して両親に失望されたとしても、冬耶の人生が終わるわけではないのだから。
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