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しおりを挟む三雲の一件の後は物騒な事件も起こらず、綺麗さっぱり解決したとは言い難い小康状態ではあるものの、冬耶は平和な日々をおくっていた。
今後については、解散してしまえば若彦や他の組がちょっかいを出す理由も減るため、怨恨以外ではしばらく安定するだろうというのが、仁々木組の人たちの見解のようだ。
冬耶は相変わらず『トウマ』として御薙にくっついて仁々木組に出入りしたり、『JULIET』で国広にこき使われたりしている。
御薙との再会以降、心身共に衝撃的な日々が続いていたためそれがどんなものかすっかり忘れていたが、何も起こらないことが当たり前な日常にようやく慣れてきたある日、晴十郎から連絡があった。
五十鈴も呼んで、近況を報告がてら晴十郎の店で飲まないかという誘いで、御薙も是非一緒にとのことだ。
断る理由はない。御薙にも話して予定を合わせ、連れだって『NATIVE STRANGER』へと出掛けた。
「こんばんは」
「おお、来た来た」
今夜は店を貸し切りにしてくれたようだ。クローズドの札のかかった店に入ると、既に始めていたらしい五十鈴が嬉しそうに手招きをする。
どっしりとした木製のカウンターの向こうで穏やかに微笑む晴十郎に挨拶をしてから五十鈴の隣に座った。続いて御薙も冬耶の隣に座る。
「お二人とも、今夜は店に来ていただきありがとうございます」
「あ、いや、晴十郎さん、俺まで声をかけてもらってありがとうございます」
やけに神妙な表情で頭を下げる御薙に晴十郎が苦笑した。
「いやいや、そんなにかしこまらなくても。冬耶君の大切な人なら私にとっても家族同然ですから。どうぞ寛いでください」
五十鈴は既にブランデーをストレートで飲んでいるようだ。御薙はビールを頼み、冬耶は、あまり度数の強くないものでとだけ指定をして、晴十郎のお任せにした。
「冬耶君、最近は体調はどうですか?」
「お陰様で、問題ありません」
二人は冬耶が元の性別のままでいられる理由を知っているので、こう答えるのは少し恥ずかしい。
ついごにょごにょとした返事になってしまったが、晴十郎はまぜっかえしたりはせず、目尻の皺を深くした。
「それならばよかったです。冬耶君が心配なく毎日を過ごせるよう、伝手を使って情報収集は続けているのですが、相変わらず有用な情報はなくて」
力になれず申し訳ないと謝られて、逆に冬耶の方が慌ててしまう。
「そんなこと、」
「ちなみにその伝手ってのは何なんですか、晴十郎さん」
謝らないで欲しいと言おうとした言葉にかぶせ気味に御薙が質問をした。
会話に割って入るような強引さを少し不思議に思ったが、晴十郎は特に気にした様子はなく、伝手について話してくれる。
「一般にはあまり知られていませんが、超自然的な事象について研究をしている施設があって、そこの職員と知り合いなのですよ」
「そ、そんな施設が…?」
怪しい…、という気持ちが声や表情から漏れてしまったらしく、晴十郎は苦笑しながら「国立なので、それなりに真面目な機関ですよ」と付け足した。
国がまさかそんな施設を作っていたとは。
にわかに信じがたいが、五十鈴に「明治時代まで陰陽寮とかあったろ。あんな感じだよ」とあっさり言われてしまった。
「ええと、じゃあ、そこに行けば科学で説明できないいろいろなことがわかるんですか?」
「陰陽寮を含め一応前身はありますが、比較的最近できた組織なので、蓄積された情報量はあまり多くはありません。研究材料にされる危険がありますから、冬耶君本人は行かない方がいいでしょう」
「そ、そんな…」
実験用のマウスのようにケージに入れられている自分を想像して蒼褪める。
どうやら恐ろしい場所のようだ。それは駄目だなと隣の御薙も頷いた。
「その伝手は駄目だとして、五十鈴先生と晴十郎さんの知恵と知見で何かわからないんですか?」
今日は御薙がやけに二人に絡む。
晴十郎も五十鈴も善意で調べてくれているわけで、仕事として依頼をしているわけでもないのにこれ以上を望むのは気が引ける。
俺は大丈夫ですからとスーツの袖を軽く引くと、くどい自覚はあったのだろう、御薙は少し気まずそうに頭を掻いた。
「大丈夫っつっても、一人の時に望まないタイミングで性別が変わって倒れたりしたら大変だろ。一人でもできる予防策とかがあれば、お前も安心じゃねえか?」
「大和さん……」
冬耶のことを考えるがあまりの質問攻勢だったようで、そんなに真剣に考えてくれていたなんて…と、思わず感動する。
空気がほんのりピンクになると、五十鈴がごほんとわざとらしい咳払いをした。
「ま、仲良くやってくれるのはいいんだけどね。とはいえ冬耶、あんたは気を視たり練ったりはやったことないだろ」
「き、『気を練る』…とは…?」
軽く聞かれても、そもそもどんな行為なのかすら冬耶にはわからない。
「そ、それは修練次第で誰にでも出来るようになるものですか?」
「三年くらい山にこもって修業を積めば、あるいは……?」
そこまでやっても「あるいは」レベルなのは正直きつい。
「やはり、現実的な手段ではないでしょう。それよりは大和君を鍛えて、冬耶君の近くに寄る程度で乱れた気を整えられるほどの気の達人にする方が早そうです」
御薙は過去に古武術などを習っていたこともあるらしく、それで元々「陽気」や「陰気」の概念に親しみがあるらしかった。
だからといって突然気のワイヤレスモバイルチャージャーのようにはなれないだろう。
「やはり、それも山に…?」
恐る恐る聞くと、晴十郎はこともなげに頷く。
「ええ。一年くらい山にこもって荒行をこなせば、あるいは」
修行から荒行にパワーアップしているのに、やはりこれも「あるいは」なのか。
気の達人、道が遠すぎる。
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