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しおりを挟む怒涛の展開に流されるまま気付けば御薙と暮らすことになっていたが、住む場所以外にも、冬耶自身の変化により変えないといけないことがあった。
なんだかよくわからない理由で御薙に寝室に連れ込まれた翌日、仕事を辞めさせてもらうため、冬耶は一人『JULIET』を訪れていた。
体が変化することについて根本的な解決はできていないので、今後も女性になってしまうことはもちろんあるだろうが、現状では男のままでいる時間の方が圧倒的に多そうだ。
それは『JULIET』での仕事を続けられないことを意味している。
急で申し訳ないとは思うが、既に何日も店を休んでしまっているし、『真冬』はそれほど人気があったわけでもない。辞めたとしても店に損害はないだろう。
かいつまんで事情を話し、仕事を続けられない旨を伝える。
最低限の相槌で話を聞いていた国広は、一つ頷くと「ま、ずっと野郎のままなんじゃしょうがねえ」とため息を漏らした。
「突然ですみません…」
「ボーイとして再雇用するしかねえな」
「…………………はい?」
想像だにしない切り返しに、ぽかんと聞き返す。
お世話になりましたと言いに来たつもりであった。
しかし、この鬼問屋はそう簡単に卸さない。
「お前、どうせ御薙さんの近くにいるんだろ?そんで、どうせ他にすることもねえんだろ」
「ま、まあ……」
「だったら、働く場所があった方がいいだろ。それとも何か、お前は生活費の全てを御薙さんに依存するつもりなのか?」
特段したいこともない奴と断定されると悲しいが、真実の上全て正論過ぎて何も反論できない。
「もちろん、キャストじゃねえから給料は下がるけどな」
「そこは特に問題はないですけど……」
むしろ断る理由があまりないことが問題だ。
結局国広に押し切られ、これからも『JULIET』で働くことになってしまった。
早速働いていくように言われて、予定も何もなくて断れなかった冬耶は、御薙に電話をかけて事の次第を伝えた。
国広の性格をよく知っている御薙は、呆れながらも一旦了承してくれたのでほっとする。
それから、開店前に国広がおざなりに「新入りのトウマだ」と紹介してくれたのだが、以前不本意ながらひょっとこに扮した際の名前を覚えていたらしい複数のスタッフから「もしかして、あのひょっとこの…」と囁く声が聞こえてきてとても気まずい。
あれはもう、本当に忘れて欲しい。
なお、名前のことについて、本名で働いてもよかったのだが、仁々木組の方でも冬耶は『トウマ』のままだ。
この三年間『真冬』として生活していたこともあって、それが『トウマ』になっても抵抗はない。
名前なんてどうでもいい、とまでは思わないけれど、何と呼ばれるかよりも、どんな風に呼ばれるのかの方が大切だとわかったから。
紹介が済むと、出勤していたメノウと月夜がさっと寄って来る。
「ね、真冬、元気にしてる?あの御薙さんと一緒にいるんでしょ?」
トウマが真冬の関係者だという話はしていない。だが、先日の倉下の『JULIET』襲撃の一件で、冬耶と御薙が一緒に行動しているのを見ていた二人は、顔も似ているし、関係者だと断定したようだ。
誤魔化しても気まずくなるだけだろう。冬耶はただ肯定した。
「幸せに暮らしてるよ」
二人は顔を見合わせて、なんだか嬉しそうに頷き合う。
「そう…。たまには顔見せてって…、言っておいて」
「お客様としてカレシと来てくれてもいいよー!」
「ありがとう、そんな風に言ってもらえると、真冬も喜ぶと思う」
平坂冬耶としてじゃなくても、真冬として頑張っていた自分は、確かにここにいたのだ。
そう思わせてくれる二人に、冬耶は深く感謝した。
閉店後、店の片付けを終え、ゴミを捨てるため裏口を出る。
この後は、御薙かハルが迎えに来て来てくれることになっている。
時間も遅くなるし、徒歩圏内なので大丈夫だと一度は断ったが、遅い時間だから行くんだろと叱られてしまった。
ゴミ袋を持って外に一歩出ると、生ぬるい風が頬を撫でた。
表通りはこの小さな街唯一の歓楽街だが、日付が変わる頃には随分と静かになる。
建物の向こうから差し込む店の灯りとまばらな人声や足音の他は、ただただ暗闇ばかりで、慣れてはいるもののなんだか少し気味の悪い心地がした。
早く捨ててしまおう。近隣の店舗と共同のゴミ箱にゴミ袋を押し込んでいると、自分のたてる音とは異なる音がしたような気がして、ふっと顔を上げた刹那。
「騒ぐな」
突然、背後に現れた何者かに、冬耶は口を塞がれていた。
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