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しおりを挟む後日マンションのリビングに運び込まれた冬耶の荷物を見て、御薙は驚いた顔をした。
「これだけか?少ねえな……」
ダンボール箱にして三箱。全て衣類や日用品だ。
家具はもともとあった物を使わせてもらっていたし、仕事用のドレスやアクセサリー類はほとんど借り物だった。ファッションにこだわりはなく、似たようなデザインのものを洗い替えで何着か持っている程度で、冬物が嵩張らなければ二箱で済んだだろう。
幼い頃から勉強以外のことをしてこなかった結果、冬耶にはこれといった趣味もない。休日にするのは家事と読書、読書にしても物を増やしたくなくて、電子書籍化しているものしか購入していなかった。
居候だから物を増やさないようにと気を遣っていたわけではなく、実家にいた時もこんなものだったような気がする。実際、今の生活になってから、実家から持ってくればよかった、と後悔した物は一つもなかった。
ミニマリスト、という言葉もあるけれど、冬耶の場合それを己の生き方として選んだわけでもなく。自分が趣味の一つもないつまらない人間に思えてきて(実際そうなのだが)、冬耶は内心落ち込んだ。
「普通はもっと多い…んですよね、やっぱり」
「ま、人によるか。俺もどうしても持っていきたいものはそんなに多くねえし」
確かに、御薙の部屋もすっきりとしていて、物は少ない印象だ。
しかし、今はそうかもしれないが、以前はどうだったのだろう。
「前に乗ってたバイクは…、手放したんですか?」
御薙の大切なものとして思い浮かんだのは、昔よく洗車していたあのオートバイだ。
何気なく訊ねると、御薙は軽く目を瞠った。
「よく覚えてるな。…あいつは金貸しが持ってったよ」
「あっ、ご、ごめんなさい…」
御薙が何故あの家を出なければならなかったか知っていたのに、軽率に聞くべきではなかった。
慌てて謝ったが、御薙は気にしてないと鷹揚に笑う。
「愛着はあったが、どちらにしろ仁々木組に入るのに持っていけなかったから、欲しいって奴が買ってくれたならそれでいいって思ってるぜ」
そういうものだろうか。
御薙の表情に、強がっているとか、冬耶を気遣ってそう言ってくれているような色は感じられない。
気にしていないという言葉に甘えて、もう少しだけ同じ話題を続けてみることにする。
「また、乗らないんですか?」
「ん?そうだな…走りてえって思うことはあるが、今は時間がな…」
若頭としての仕事が忙しいのだろう。
責任感の強い人だから仕事を優先してしまうのだろうが、趣味や娯楽を楽しむ時間もあってもいいのではないか。
御薙にも、安らげる時間をもっと作ってほしい。
「早く乗れるようになるといいですね」
冬耶の言葉に頷いた御薙は、不意に目を輝かせた。
「お前、バイクに興味あるのか?」
「え?」
「そういや、この間ニケツした時もなんか楽しそうだったな。乗りたいなら免許とりゃいいのに」
何やら誤解したらしい御薙は楽しそうに「お前と走れたら楽しいだろうな」と目を細めている。
大変申し訳ないが、冬耶が興味があるのは『バイクに乗っている御薙』だ。
冬耶自身は運動神経や腕力にはあまり自信がなく、あんなに大きなものをとても乗りこなせる気がしない。乗ったとして、小ぶりなスクーターが精々だろう。
「大和さんの後ろに乗りたかったというだけで、特に俺自身がバイクに乗りたいわけでは…」
「お、おう、そうか。……………………」
やんわり否定すると、御薙は何かもの言いたげな表情で黙ってしまった。
気分を害してしまったのだろうか。
「あの……、」
「なんか…、お前のそれが、他意も含みもない自然な言葉だってのは最近わかるようになってきたんだけどよ…」
「…はい?」
「逆に他意も含みもないからやばいっつーか…」
「えっ…?」
そんなに失礼なことを言ってしまっただろうか。
優しい御薙に「やばい」なんて思われるような発言だったかと蒼褪める。
「ご、ごめんなさ、えっ?わ、ちょっ……、」
とにかく謝ろうとすると、伸びてきた腕に何故か突然抱き上げられて、反射的に御薙の首に縋り付いた。
背の高い御薙に抱えられると、天井が近く見える。
…などと考えている場合ではない。
「や、大和さん?な、何を…」
「荷物の片付けは後でいいな?」
「え?はあ、まあ、急いで取り出すほどのものは入ってないですが、…?」
「とりあえず今は、無自覚に可愛いことを言うとどうなるのか、お前に教えることが急務だ」
「はい……?」
何がなんだかよくわからぬまま、寝室に運ばれてわからせられてしまう冬耶だった。
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