75 / 85
75
しおりを挟む若彦の一件が片付けば、『トウマ』として御薙の舎弟を演じる必要もなくなる。
ひとまず晴十郎の家に戻り、今後のことについて考えなければいけないだろう。
あのマンションにいたのはたったの数日だったというのに、御薙と一緒にいられる口実がなくなってしまったことを寂しいと感じている自分に驚く。
今後、御薙が望んでくれたら同居ということもあるだろうが、組の仕事の都合もあるだろうし、そのあたりは相手の判断だ。
御薙はどう考えているのだろうとぼんやり考え込んでいる間に、室内にひしめいていた男達はそれぞれ解散したらしく、大体いつものメンバーになっていた。
ジンがパソコンの前の定位置に座り、冬耶へと声をかけてくる。
「トウマ、お前もこれを機にフラフラすんのはやめて、まともな仕事を探せよ」
『トウマ』もだが、『真冬』と『冬耶』にも当てはまる話で、耳が痛い。
「ジンさんは、どうするか決めているんですか?」
「俺の本業は大工だ」
「え…、職人さんなんですね」
事務所でくだを巻くお仕事かと思っていたが、きちんと手に職のある人だったようだ。
聞けば、昨今は夜間や早朝の仕事が多く、また材料費の高騰や資材不足で建設作業が中断してしまうこともあり、勤務時間や賃金がかなり不安定な、職人にはとても厳しい時代らしい。
とはいえ需要がゼロになる仕事でもないはずだ。
「じゃあ、組がなくなったら本業に戻られるんですか」
「ま、当座のところはそれで食っていくだろうな」
仁々木組では、暴力団によくある特殊詐欺やドラッグの売買などを資金源にすることは厳禁なため、古参の組員はジンのように手に職を持っている者が多いのだという。
ただ、仁々木組に出入りしているということは、ワケアリの経歴持ちがほとんどなわけで、組がなくなったから本業一筋にして、カタギとして生活して行けるかというとそういうことでもないらしい。
ジンにしても、稼ぎが不安定だからといってすぐにヤクザになろうとは思わないだろうから、職人でありながら仁々木組の盃を貰うことになったそれなりの理由があるのだろう。
「お前は学もありそうだし、度胸や根性なんかも人並みにもありそうなんだから、もっと堅実な仕事を探してみろよ」
「ありがとうございます」
ジンなりに似合わないチンピラコーディネートの『トウマ』の行く末を心配してくれているようだ。
思わずお礼を言うと、ジンは「何言ってんだ」と舌打ちをする。
「お前は今はまだこの事務所の下っ端なんだからな。喉が乾いたから、兄貴分に飲み物でも買ってこい」
乱暴な照れ隠しに、冬耶は素直に頷いた。
お使いを済ませた後、御薙も何か飲み物がいるだろうかと、事務所の二階に上がった。
とはいえ飲み物は口実で、若彦のことや今後のことなど聞けたらと思っていたのだが、部屋へ招き入れてくれた御薙は、スマホ片手に事務作業をしていてやはり忙しそうだ。
「悪い。さっきのがどういうことなのか気になってるよな」
「夜の方が良ければ後でいいですけど、今夜も泊まっていいのかどうかわからなくて」
「は?何言ってんだ、もちろん、………………………」
思いもよらないことを聞いたとでもいうように目を見開いた御薙は、言葉の途中で考え込んでしまった。
どうしたのだろうと冬耶は首を傾げる。
「大和さん?」
「……そ、そうだったな。何でお前が俺の部屋で生活してるのか、ちょっと忘れかけてた」
「ええ…」
忘れるようなところなのだろうか。
御薙にとって冬耶がいることが当たり前になっていたのだったら、それはそれで嬉しいけれど。
しばらく口元に手を当てて真剣に考え込んでいた御薙だが、顔を上げるとやけに深刻な顔で問いかけてきた。
「晴十郎さんのところに、帰りたいのか?」
「え?いえ、別にどうしてもというわけでは…」
ただ、ここ数日の状況は、お互いに一緒に暮らしたかったから同居を始めた、という経緯ではなかったので、御薙の考えを聞いただけである。
「マスターには一時的にと言って出てきたので、どうするにしても説明に戻る必要はあると思いますけど」
「そうだな。挨拶に…いかないといけないよな」
「……………挨拶?」
御薙が、晴十郎に?
……何故?
11
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ハーレムルートには重要な手掛かりが隠されています
天冨七緒
BL
僕は幼い頃から男の子が好きだった。
気が付いたら女の子より男の子が好き。
だけどなんとなくこの感情は「イケナイ」ことなんだと思って、ひた隠しにした。
そんな僕が勇気を出して高校は男子校を選んだ。
素敵な人は沢山いた。
けど、気持ちは伝えられなかった。
知れば、皆は女の子が好きだったから。
だから、僕は小説の世界に逃げた。
少し遠くの駅の本屋で男の子同士の恋愛の話を買った。
それだけが僕の逃げ場所で救いだった。
小説を読んでいる間は、僕も主人公になれた。
主人公のように好きな人に好きになってもらいたい。
僕の願いはそれだけ…叶わない願いだけど…。
早く家に帰ってゆっくり本が読みたかった。
それだけだったのに、信号が変わると僕は地面に横たわっていた…。
電信柱を折るようにトラックが突っ込んでいた。
…僕は死んだ。
死んだはずだったのに…生きてる…これは死ぬ瞬間に見ている夢なのかな?
格好いい人が目の前にいるの…
えっ?えっ?えっ?
僕達は今…。
純愛…ルート
ハーレムルート
設定を知る者
物語は終盤へ
とあり、かなりの長編となっております。
ゲームの番外編のような物語です、何故なら本編は…
純愛…ルートから一変するハーレムルートすべての謎が解けるのはラスト。
長すぎて面倒という方は最終回で全ての流れが分かるかと…禁じ手ではありますが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる