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しおりを挟む若彦の一件が片付けば、『トウマ』として御薙の舎弟を演じる必要もなくなる。
ひとまず晴十郎の家に戻り、今後のことについて考えなければいけないだろう。
あのマンションにいたのはたったの数日だったというのに、御薙と一緒にいられる口実がなくなってしまったことを寂しいと感じている自分に驚く。
今後、御薙が望んでくれたら同居ということもあるだろうが、組の仕事の都合もあるだろうし、そのあたりは相手の判断だ。
御薙はどう考えているのだろうとぼんやり考え込んでいる間に、室内にひしめいていた男達はそれぞれ解散したらしく、大体いつものメンバーになっていた。
ジンがパソコンの前の定位置に座り、冬耶へと声をかけてくる。
「トウマ、お前もこれを機にフラフラすんのはやめて、まともな仕事を探せよ」
『トウマ』もだが、『真冬』と『冬耶』にも当てはまる話で、耳が痛い。
「ジンさんは、どうするか決めているんですか?」
「俺の本業は大工だ」
「え…、職人さんなんですね」
事務所でくだを巻くお仕事かと思っていたが、きちんと手に職のある人だったようだ。
聞けば、昨今は夜間や早朝の仕事が多く、また材料費の高騰や資材不足で建設作業が中断してしまうこともあり、勤務時間や賃金がかなり不安定な、職人にはとても厳しい時代らしい。
とはいえ需要がゼロになる仕事でもないはずだ。
「じゃあ、組がなくなったら本業に戻られるんですか」
「ま、当座のところはそれで食っていくだろうな」
仁々木組では、暴力団によくある特殊詐欺やドラッグの売買などを資金源にすることは厳禁なため、古参の組員はジンのように手に職を持っている者が多いのだという。
ただ、仁々木組に出入りしているということは、ワケアリの経歴持ちがほとんどなわけで、組がなくなったから本業一筋にして、カタギとして生活して行けるかというとそういうことでもないらしい。
ジンにしても、稼ぎが不安定だからといってすぐにヤクザになろうとは思わないだろうから、職人でありながら仁々木組の盃を貰うことになったそれなりの理由があるのだろう。
「お前は学もありそうだし、度胸や根性なんかも人並みにもありそうなんだから、もっと堅実な仕事を探してみろよ」
「ありがとうございます」
ジンなりに似合わないチンピラコーディネートの『トウマ』の行く末を心配してくれているようだ。
思わずお礼を言うと、ジンは「何言ってんだ」と舌打ちをする。
「お前は今はまだこの事務所の下っ端なんだからな。喉が乾いたから、兄貴分に飲み物でも買ってこい」
乱暴な照れ隠しに、冬耶は素直に頷いた。
お使いを済ませた後、御薙も何か飲み物がいるだろうかと、事務所の二階に上がった。
とはいえ飲み物は口実で、若彦のことや今後のことなど聞けたらと思っていたのだが、部屋へ招き入れてくれた御薙は、スマホ片手に事務作業をしていてやはり忙しそうだ。
「悪い。さっきのがどういうことなのか気になってるよな」
「夜の方が良ければ後でいいですけど、今夜も泊まっていいのかどうかわからなくて」
「は?何言ってんだ、もちろん、………………………」
思いもよらないことを聞いたとでもいうように目を見開いた御薙は、言葉の途中で考え込んでしまった。
どうしたのだろうと冬耶は首を傾げる。
「大和さん?」
「……そ、そうだったな。何でお前が俺の部屋で生活してるのか、ちょっと忘れかけてた」
「ええ…」
忘れるようなところなのだろうか。
御薙にとって冬耶がいることが当たり前になっていたのだったら、それはそれで嬉しいけれど。
しばらく口元に手を当てて真剣に考え込んでいた御薙だが、顔を上げるとやけに深刻な顔で問いかけてきた。
「晴十郎さんのところに、帰りたいのか?」
「え?いえ、別にどうしてもというわけでは…」
ただ、ここ数日の状況は、お互いに一緒に暮らしたかったから同居を始めた、という経緯ではなかったので、御薙の考えを聞いただけである。
「マスターには一時的にと言って出てきたので、どうするにしても説明に戻る必要はあると思いますけど」
「そうだな。挨拶に…いかないといけないよな」
「……………挨拶?」
御薙が、晴十郎に?
……何故?
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