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しおりを挟む真実を受け入れてもらえるか不安に思いながらも、御薙ならば気にしないのではないかとどこか楽観していたことを唐突に自覚して、冬耶は慄然とする。
自分が御薙の立場だったらどうだろうか。
『本当は男だった真冬』と『本当は旧知の人物だった真冬』、全く同じ感情を向けられるのか?
…わからない。普通は、そんな立場に置かれることはない。
自分でも判断がつかないことを、御薙ならば気にしないと、何故思えたのだろう。
吞み込んだ言葉は一体どういうものだったのか。
真意を探るように恐々見つめ返すと、御薙はすいと視線を外した。
更に、ソファから立ちあがってしまう。
「とりあえず、今日のところは疲れてるだろうから、ゆっくりするといいんじゃないか」
「え……」
「夕食は、なんか弁当でも届けさせる」
「み、御薙さんは?」
「俺はちょっと、事務所の方の様子を見に行くから」
あんなことがあった後だ。組のことが気になるのは当たり前だとは思う。
平素であれば冬耶もそう冷静に考えられたかもしれない。
けれど今は、目を合わせない御薙の様子が自分を避けているように感じられてしまって、激しい焦燥を覚えた。
御薙とは、このまま終わってしまうのでは?
昔の知り合いだと思ったら恋愛対象として見られなくなった…、そう言われてしまったら?
血の気の下がるような感覚を覚えて、冬耶は反射的に御薙のスーツの裾を握っていた。
既に背中を向けていた御薙は、驚いた表情で振り返る。
「どうした?」
引き留めたところで、言えることは何もない。
これまで幾度も嘘を重ねた自分を、責めずにいてくれるだけでもありがたいと、そう思わなければいけないのに。
「……って……、」
「なに?」
「責任、取るって言った…」
絞り出したのは、縋るような、情けなく弱々しい声音だった。
これは、『冬耶』ではなく『真冬』にされた約束だ。
しかも責任を取られては困ると、自分からあやふやにした。
それなのに都合がよすぎるとは思うけれど、今の冬耶には感情を抑えることが出来ない。
滲む視界で御薙を見上げ、みっともなく縋った。
「行…かない、で…」
何故か頭がガンガンと痛む。
「冬耶?あっ…、おい!」
覚えのある感覚にしまったとは思ったが、すぐに視界が暗転して、冬耶は意識をなくした。
熱っぽく『真冬』と呼ぶ声。
それは、記憶にないあの夜のこと。
自分がどんな気持ちだったか、相手がどんな表情をしていたか、確かなことは何一つ思い出せない。
けれど、その熱と想いだけは身体が覚えていた。
愛しさが溢れて、何度も抱き締め返したような気がする。
本当にそんなことがあったのかどうか、今もう確かめる術はないけれど。
もしも、このまま御薙との関係が終わってしまうならば、せめてあの夜のことを思い出せたらいいのに。
そうしたら、今度はその記憶を支えにして生きていくから。
…子供の頃にもそうしたように。
チカリと視界の端が光った。
「…ぅ…」
眩しくて身じろぐと、全身の関節が痛んで思わず呻く。
目を開けると、冬耶はソファに寝かされていて、傍らには御薙がいるのがわかった。
「気が付いたのか。…大丈夫か?ベッドに行くか」
御薙は身体の変化が落ち着くまで様子を見ていてくれたようだ。
具合はあまりよくないが、これはいつものことなので冬耶は大丈夫ですと首を振った。
「ごめんなさい…、出掛けるところだったのに」
「お前が謝ることは何もないだろ」
項垂れた冬耶の頭をくしゃっとかきまぜる。
「今日は恐い思いをしただろうし、一人になりたくないよな」
優しい仕草と言葉に、つんと鼻の奥が痛んだ。
失いたくない。
けれどそれ以上に、この誠実な人に本当の気持ちを隠したままでいたくない。
「違うんです…、っ…」
「違う?お、おいどうした。そんなに具合が悪いのか?」
顔を覆った冬耶に、御薙が困惑した声を上げる。
冬耶は未練を払うように、頭を振った。
「…俺は、あなたのことが好きだったから…、接待させてもらったんです。『平坂冬耶』じゃなくて『真冬』なら、もしかしたら一晩くらいはって、思ったから…」
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