TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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「(ま、マスター…!?)」
 思いもよらない人物の登場に、冬耶は目を瞠る。
 同時に、頭突きの衝撃と痛みに呻く三雲の手に刺さったものをちらりと確認すれば、なんとアイスピックだ。あんなものが手に突き刺さるなんて、考えただけでぞっとする。
 晴十郎はといえば、近所に散歩に来たような足取りで、普段とまったく変わらぬ様子に、本当にあれが彼の投げた物なのか疑問に思ってしまうほどだ。

「おいてめージジィ。何しに来たんだよ」
 倉下を蹴り飛ばした国広が不機嫌そうに吠えた。
 蹴ったのはこれ以上抵抗させないためだとは思うが、若干八つ当たりのようにも見えてしまう。
 一般人であれば怯む鋭すぎる眼光を、晴十郎はそよ風のように受け流して鼻を鳴らした。
「私はただ、近所の方の善意の通報で駆けつけたのですが?愚孫。こんな無粋な輩の十人や二十人、適当にあしらえなくてどうしますか」
「はぁ?余計な奴らが来て引ッ掻き回さなきゃ、すぐにぼこぼこにするつもりだったっつーの!」

 …すみません。のこのこやって来て足を引っ張って…。

 下手に口を挟めば藪蛇になりそうで、冬耶は二人からそっと視線を外した。
 国広のことは、晴十郎に任せておこう。

 一方、御薙は財布から一万円札を数枚取り出すと、蹲る三雲に差し出した。
「…三雲、お前倉下連れて病院行って、その手診てもらってこい」
 だが、昏い瞳の青年は、負傷していない方の手で御薙の手を振り払う。
 御薙はため息をつくと、散らばった札を拾い集めた。
「お前な」
「…どうしてだよ…」
「?」
「あんたは誰より強くて、優しくて、かっこよくて憧れの兄貴分だったのに…。どうして、キャバ嬢なんかに…!…そんなあんたを、…見たくなかったから、俺は、…」

 御薙に懐いていたという三雲の造反の理由に、冬耶は衝撃を受けた。
 三雲もまた、幼い頃の冬耶と同じように御薙に憧れていたのか。
 この青年の過去に何があって仁々木組に入ることになったのかはわからないけれど、幼い頃から順風満帆な人生を送っていたならば、ヤクザになろうとは思わないだろう。
 辛い時期に御薙の強さや優しさに救われたのかもしれない。

 三雲にシンパシーを感じた冬耶は、とても複雑な気持ちになった。
 もちろん、憧れを奪われたことは誰かに危害を加えていい理由にはならないが、『真冬』は誰もが手に入れたがるような人気キャストでもないし、最初の頃は御薙を避けるような行動も取っていたし、御薙が振り回されているように感じられて猶更受け入れがたいという気持ちになってしまったかもしれない。

 御薙はしかし、「何言ってんだお前」と、三雲の感傷を一蹴した。
 
「惚れた奴に一途になれない方が、かっこ悪いだろ」

 これを真顔で言いきれるのが、御薙の凄いところだ。
 三雲からうつった感傷は簡単に霧散してしまい、なんだかむずむずと恥ずかしくなる。

 思わず顔を背けると、メノウと月夜が国広と話しているのが見えた。
 強がっている部分はあるかもしれないが、二人の表情に笑顔が見えて少しほっとする。
 視線に気づいた月夜が、ちらりとこちらにもの言いたげな視線を投げたが、同じタイミングで晴十郎が近付いて来たので、冬耶の注意はそちらに移った。
「冬耶君、怪我などはありませんか?」
「マスター、危ないところをありがとうございました」
「いいえ。隙を作るお手伝いをさせていただいただけで、感謝されるようなことは何もしておりませんよ」

 主犯の二人を行動不能にしておきながら、謙遜が過ぎる。

 アイスピック投げの腕前についても賞賛したかったが、ちょっと勇気がでなかった。
 触らぬ神に…というやつかもしれない。
 あの孫にしてこの祖父ありということか。

 なんとなくうすら寒さを感じていると、ピリリ、と電子音が響いた。
「俺だ」
 御薙への着信だったらしい。
 相手からの声は聞こえなかったが、御薙の表情が険しくなったので、よくない報せだとわかった。
「すぐ行く。場所は?」
 短いやり取りで電話を終え、今にも走り出しそうな御薙に向かって、国広が何かを放る。
 咄嗟のことだったというのに、御薙はそれを難なくキャッチした。
「そこの駐輪場に置いてあるんで、お貸ししますよ。有料で」
 にたりと笑う国広に、御薙も笑って応える。
「…助かるが、高くつきそうだな」
 駐輪場ということは、国広が投げたのはオートバイのキーか。

 御薙が行ってしまう。

 思わず、スーツの裾を掴んでいた。
 歩き出しかけていた御薙は、はっとして振り返る。
「…トウマ、…いや、…冬耶」
「そいつも連れてってやったらどうっすか?」
「っつってもな…危ないだろ」

 行けば、更に恐ろしい思いをするかもしれない。
 けれど危険な場所ならなおさら、御薙を一人で行かせたくはなかった。
 まだ…、『真冬』が実は『平坂冬耶』だったことを言えずにいたことも謝罪できていない。

「…駄目ですか?」
 見上げると、御薙はうっと言葉に詰まった。
「そいつ薄いですけど成人男性だし、肉の壁くらいにはなりますよ」
「店長…」

 援護していただけるのは有難いんですが、もう少し他の言い方は出来なかったんですか。

 御薙はわかったと苦笑して、宥めるように裾を掴んだ手をぽんぽんと叩いた。
「行くか」
「はい!」
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