TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

文字の大きさ
上 下
57 / 85

57

しおりを挟む

 焦っていると、下の階のドアが開いた。
 視線を下に向けた倉下は、ハッとして深く頭を下げる。
「っ……お疲れさんですっ……!」
 誰だろう。
 よく見えなかったが、倉下が頭を下げなければいけない相手ならば、『トウマ』にとっても同様だということに思い至り、冬耶も一歩遅れて頭を下げた。

 ゆっくりとした足音をじっと待つ。
 階段を上がってきたのは、杖をついた年配の男だった。
「おう。お疲れさん、えー……」
 杖の男が口ごもると、隣の同じく年配の男がさっと耳打ちする。
「倉下と、新入りのトウマです」
 腰を折ったままこっそり盗み見れば、耳打ちをした男は『JULIET』にみかじめ料をとりに来ていた人だ。

 御薙にも不遜な態度を取っていた倉下がこうして頭を下げているということは、杖の男はもしかして組長なのだろうか。

「おお、新入りか。しっかりやんな」
 考察中にばしんと肩を叩かれ、つんのめって階段を落ちそうになって慌てて手すりに掴まる。
「あ、ありがとうございます」
 危なかったし痛かったが、嫌な感じはしなかった。

「あーそういや日折が新入りが入ったとかそんなこと言ってたな」
「親父、日折は五年前に死んでますよ……」
「そうだったか?あれか、三森か」
「それも七年前に…、御薙です」
 それ以上は特に何を言われることもなく、噛み合わない会話をしながら、二人は階段を上っていく。

 ……………………。
 失礼ながら、あれで現役組長で大丈夫なのだろうか。
 ヤクザの組長というより、普通の高齢者に見えた。
 御薙が、組長の名代として出かける用事の半分以上は見舞いや葬式だと言っていたが、ヤクザの高齢化は深刻なようだ。

「チッ…、耄碌ジジイが…」
 そういえば、倉下に絡まれていたところだったとはっとする。
 だが、詰問が始まる前に、再び階下のドアが開いた。

「トウマ、そこにいたか」

 御薙だ。組長と一緒に帰ってきていたのかもしれない。
 振り返ると、再び三階に戻ったのか、倉下はいなくなっていた。


 御薙はそのまま階段を上がってくると、二階の部屋に入るよう促した。
 ここのところ、二人きりになると緊張してしまっていたが、ヒヤリとすることがあった後なので、事情を知る御薙のそばにいられるのは心強い。
「さっき杖をついた人が上がって行ったんですけど、組長さんですよね?」
「親父に会ったのか」
「あ、はい、恐らく……」
 冬耶の曖昧な返答に、困惑した胸中を察したのだろう。
 御薙は苦笑した。
「シャキッとしてる時もあるんだが、まあ寄る年並みには勝てずってところか。十年前はまだ、泣く子も黙る昔ながらの任侠の親分って感じだったんだが」
「御薙さんも、そういうところに漢気を感じて……?」
 現状を憂う表情に過去への憧憬が混ざったのを見て取って、それが仁々木組に入るきっかけだったのかと思わず聞く。
 御薙は一拍間を置いて、座るか、とソファを示した。

「今はこんなだが、ガキの頃は、俺はこれでも社長令息で、お坊ちゃんだったんだぜ」
 知っている。
 冬耶の両親は常に忙しく、他人に興味のない人達で近所の噂には詳しくなかったため、事業をやっていたことは初めて聞いたが、冬耶が幼い頃住んでいた地区は、ハイクラスの家庭の多い高級住宅街だ。あのあたりに住んでいたということは、御薙家も当然中流家庭以上の暮らしをしていただろう。
 もっとも、それを正直にいうわけにはいかず、冬耶は少し驚いたふりをして、話の先を促した。

「親父は人はよかったが、お坊ちゃん気質で経営に関してもいまいちでな…、じいさんから受け継いだ会社が傾いてくると、ただ借金で延命しようとして、傷を広げた」
 金を返せるあてのない会社が、そう何度も銀行から融資を受けられるはずはない。
 やがて金を貸してくれるところは闇金のような高利貸しだけになり、ついにその生活は破綻することになった。

「ま、俺のいる界隈じゃそう珍しくもない、ありふれた話だけどな」

 当時、御薙家の周りを柄の悪い男達がうろついていたことを思い出し、まだ学生だった御薙がどれほど辛い思いをしていただろうと胸が痛くなったが、語る横顔に悲壮感はない。
 御薙は静かに話を続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!

八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。 補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。 しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。 そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。 「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」  ルーナの旅は始まったばかり!  第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

生意気な弟がいきなりキャラを変えてきて困っています!

あああ
BL
おれはには双子の弟がいる。 かわいいかわいい弟…だが、中学になると不良になってしまった。まぁ、それはいい。(泣き) けれど… 高校になると───もっとキャラが変わってしまった。それは─── 「もう、お兄ちゃん何してるの?死んじゃえ☆」 ブリッコキャラだった!!どういうこと!? 弟「──────ほんと、兄貴は可愛いよな。 ───────誰にも渡さねぇ。」 弟×兄、弟がヤンデレの物語です。 この作品はpixivにも記載されています。

再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。 しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。 中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。 ※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。 ※小説家になろうにて重複投稿しています。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...