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しおりを挟む遅い夕飯を食べて片付けを済ますと、いよいよ寝る時が来てしまった。
昨夜は疲れていたので、あまり深く考えず同じベッドで眠ってしまったが、今夜は少し事情が違っている。
寝室に置かれているのはダブルサイズのベッドで、冬耶一人なら随分余裕があるが、御薙は体が大きいので、並んで寝ると意外と距離が近い。
いざ寝ようと横たわっても、昼間の事務所でのやり取りを思い出すと、隣にいる御薙を意識してしまって目が冴えてしまう。
御薙が何も言わないのだから、余計なことを考えずに寝なければと思うのだが、そう思うほどに先程火のつきかけた欲望などがちらちらと脳裏をよぎって、眠るどころではなくなっていく。
「なあ…、もう寝たか?」
「ね、寝ました!」
「そ、そうか」
「……………………」
「……………………」
寝ている人間が返事をするわけはない。
突然話しかけられたため焦っておかしな返答をしてしまった。
この微妙な空気、一体どう収拾をつけようかと悩んでいると、小刻みな振動が伝わってきて、そっと隣を窺えば、笑いをこらえる御薙と目が合う。
「すみません、変なこと言って…」
「いや…、お前は面白いな」
コントのようなやりとりがツボに入ってしまったらしく、御薙はずっと笑っている。
恥ずかしくなった冬耶は、話題を変えようと話のネタを探した。
「あ!あの、御薙さん、料理得意なんですね。ハルさんから聞きました」
御薙は、何を話してるんだあいつ、と収めた笑いを苦笑に変える。
「得意ってのは盛りすぎだ。下っ端時代、兄貴分に作らないといけないから覚えただけで、お前みたいな本格的なやつはできないぞ」
「俺のは全然本格的じゃないですよ?今日も肉を焼いただけだし…」
「でも、きちんと出汁をとった味噌汁だっただろ」
「ああ、それは晴十郎さんに……」
出汁に関しては、晴十郎の作るうどんを自分も作れるようになりたくて、料理を習ったとき一番に教わった。
同じ材料、同じ手順でやっても、何故か晴十郎と同じ味わいにはならないのだけれど…。
「全体的に丁寧に作った味がして、久しぶりに嬉しかった」
本当だろうか?
食べているとき、なんだか難しそうな顔をしていたので、口に合わなかったのかと思っていたのだが。
真意を知りたくて、思わずじっと御薙の顔を見てしまう。
「…何だ?」
思ったことを伝えると、御薙は狼狽えた。
「あっ、いやあれは、」
「あれは?」
「……………」
言葉が途切れてしまったので、冬耶は「言いにくいことなら、無理には」と引き下がる。
しかし御薙は「違う」と首を振った。
そして、とても言いにくそうに続ける。
「あー、あれは、あれだ。ヤキモチだから気にするな」
「ヤキ…モチ……?」
ヤキモチとは、あのヤキモチだろうか。
……。
誰が、誰に?
「これでもわかんねえのか…、ハルより俺が先に食べたかったってことだよ」
「や、やっぱり極道一家の家父長制的なしきたりが!?」
「それも違う!好きな奴の作ったものを一番に食べたかったとか、皆まで言わせんなよ、さっき事務所で言ったばっかなのに、お前俺に好かれてる自覚ちゃんとあるか!?」
・・・・・・・・・・
「そ、…ええっ!?」
「……驚くところなのか……」
呆然とする御薙に、今後は冬耶が慌てる番だった。
「あっ、いや、違、その…すみません、今までこういうことがなかったので、好かれているという状態がどういうことなのかよくわかっていなくて」
「それはキャバ嬢として…」
「はあ…特に人気のキャストにならなくてもよかったので、経験がなくても『さしすせそ』で何とかなってました…」
『さしすせそ』は、接客や営業の基本と言われる「さすがです」「知らなかったです」「すごいですね」「センスいいですね」「そうなんですか」…というような無敵の相槌だ。
冬耶は特に熱く語るような趣味も特技もないので、相手に気持ちよく語ってもらうようにするテクニックだけは頑張って磨いた。
御薙のように毎晩通って指名をしてくれる奇特な顧客はいなかったので、相手の好意について考えるようなケースは一度もなかったのだ。
…御薙のこの反応を見ていると、本当に一度もなかったのか、稀にはあったのに自分が気付かずにスルーしていただけなのか、ちょっとわからなくなってきてしまったが。
「……お前は手強いな」
己の鈍さについて考え込んでいると、御薙の呟きが耳に入った。
「なん……、」
意味を測りかねて聞き返すよりも早く、ギシッとベッドが鳴って、サイドボードの明かりのみで暗い視界が、より一層暗くなる。
冬耶は、一瞬の早業で己に覆いかぶさる体勢になった御薙を、呆然と見上げた。
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