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しおりを挟む御薙は組長と外出したらしく、再び顔を合わせたのは夜になってからだった。
すぐに顔を合わせたりしたら、ハルたちの前でも動揺が表情に出てしまいそうだったので、助かったというべきなのだろう。
顔を合わせるのが恥ずかしいなんて、今更だろうか。
今まで聞いた御薙の気持ちを忘れていたわけではない。
けれど、それは『真冬』に向けられたものだと思っていたから、真に受けてはいけないと自分に言い聞かせていた。
もちろん『真冬』は別の人格というわけではなく、冬耶自身だ。けれど、意識はしていなくても、どこか他人事としてとらえている部分があったかもしれない。
御薙が『冬耶』を好きになってくれる。
それは「そうなってくれたらいいな」という想像の世界の中の話であって、実際に自分の身にも起こることだとは、想像だにしていなかった。
そんな奇跡が起こりつつあるのかもしれない今、自分はどうしたいのだろうか。
仁々木若彦との一件が無事片付いたら、その時は……、
ハルに連れられて一階に戻り、ジンたちに茶をいれたりみんなで雑談をしたりする合間にも、ついつい御薙とのことを考えてぼんやりしてしまった。
別段それを叱られるでもなくまったりとした時間が過ぎて、何ならジンなどは途中で居眠りまでしていたが、ヤクザとはこういうものなのだろうか。
冬耶にさせられることは少ないだろうし、腕っぷしが必要な仕事をしろと言われても困ってしまうのだが、何もしないで一日が終わるのもどうなのだろう。
ヤクザだから、昼は休んで夜に動くのかな?と自分なりに色々考えを巡らせていたのに、夕方にはハルが「そろそろ戻ろうか」と言ってきた。ジンとキツも「子供は早く寝た方がいい」などと口を揃えて言い出し、冬耶は早々に事務所から追い出されてしまう。
ヤクザとはこういうものなのだろうか。(二回目)
解せないことは多いが、兄貴分の食事の支度は下っ端の仕事らしいので、戻りがてらスーパーで食材を調達することになった。
「別に無理して料理しなくてもいいんだよ。俺は味音痴で料理するなって言われてるから、いつもお弁当だし」
大和さんの方が全然上手でさ、とスーパーのかごを持つハルは笑う。
自分の知らない御薙の情報に、冬耶はつい根掘り葉掘り聞きたくなる衝動を抑えた。
御薙がどんなものを作るのか、とても気になる。
今度聞いてみよう。
これから先、食べさせてもらえる機会もあるだろうか。
一緒に料理が出来たら、楽しいかもしれない。
冬耶自身は、料理をするようになったのが実家を出てからだからまだそう手の込んだものは作れないが、晴十郎に基本やコツなどを教えてもらっているので、料理禁止令が出るほどの危険な腕前ではないと思う。
食材が調達できてキッチンがあるのならと作ることにしたものの、思えば、御薙の好物などは聞いたことがない。
「御薙さん好き嫌いありますかね…?」
「いやー…あんまり聞いたことないな。出されたものはなんでもいただくタイプじゃない?」
確かにそういうタイプだ。
御薙が戻ってきたのは、夜も更けてからだった。
ハルは入れ違いに「んじゃ、俺はこれで~」と帰ってしまい、早々に御薙と二人きりになり、冬耶は焦る。
「おっ…、お帰りなさい」
「あ、ああ……?」
焦って噛んでしまって、御薙に不思議そうな顔をされてしまった。
御薙はあんな告白をしておいて、「ちょっと気まずい」とか思ったりしないのだろうか。
解せない。
食卓を見て、御薙は驚いた顔をした。
「これ、もしかして、お前が作ったのか?」
「ハルさんが、兄貴分の食事の支度は下っ端の仕事、って」
「あ~…、なんか悪いな。お前は別に舎弟でもなんでもないのに」
「どちらにしても、自分の分も用意しないといけなかったので、大丈夫です。お口に合うといいんですけど」
食べようということになり、ダイニングテーブルに向かい合って座った。
いただきますと手を合わせた後、御薙は妙に硬い面持ちで、箸を握ったまま固まっている。
豚の生姜焼きなので、奇抜な味になりようもないものだとは思うが、やはり、初の手料理ということで不安なのだろう。
「ハルさんは美味しいって言ってたから、人の食べるものにはなってるかと…」
ハルも兄貴分の一人であるので必要なのかと思い三人分作ったのだが、彼は「えっ何これ美味ッ」と絶賛しながら食べていた。
味音痴と言っていたから、どれほどあてになるかはわからないが…。
「…別に味は心配してね…、ハルも食べただと?」
「えっ?いけなかったんですか?」
もしかして、偉い人が一番に食べるなどのルールがあったのだろうか。
少しでも御薙の不安が和らげばと思ったのだが、そもそも言わない方が良かったかもしれない。
心配になって聞き返したが、御薙は言葉に詰まると視線をそらした。
「いや……別に、いけなくはないけどよ……」
「???」
では何故、表情が曇ってしまったのか。
御薙の気持ちがわからず、冬耶はただ首を傾げた。
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